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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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203/412

貧血改善! プルーンの赤ワイン煮

 突然の転倒及び鼻血を噴きだす侯爵様の様子に、驚いてしまう。

 私だけではない。部屋にいたアメリア、ステラ、エスメラルダもだ。

 一番動転していたのは、娘のリーゼロッテである。


「お父様! お父様が死んでしまったわ!」

「死んでいないです!」


 大事なことなので、早めにツッコんでおく。


 動転しているのは、リーゼロッテだけではなかった。

 ザラさんは血まみれの絨毯を見て、顔を真っ青にしている。


「やだ、これ、遊牧民の絨毯キリムじゃない! 貴重な品なのにこんなに血がついちゃって、もったいない」

「大丈夫です。血は水と石鹸水で取れます」


 とりあえず、ザラさんに絨毯の染み抜きを頼む。


「じゃあ、水と石鹸水とブラシを借りてくるわ」

「お願いします」


 ザラさんは素早く部屋を出て行った。


 それにしても、まさか侯爵様が一番に鼻血を噴いて失神するとは。

 魔石獣カーバンクルは、刺激が強すぎたのだろう。

 おろおろしている若い男性秘書が、人を呼んできたほうがいいのかリーゼロッテに聞く。だが、リーゼロッテの耳には届いていないようだ。

 無理もない。突然、目の前で父親が血を噴いて倒れたのだから。


「あ、あの、だ、誰か、人を呼んで……」

「大丈夫です!」


 私の言葉に、秘書は目を見開く。いったいどうして? という言葉は、聞かずとも表情をみてわかった。だから、答える。


「私はエノク第二遠征部隊の、衛生兵ですから」


 それを聞いて安心したのか、落ち着きを取り戻したようだ。何か、お手伝いできることはないかと聞いてくれる。


「でしたら、冷たい水を浸して絞ったタオルを数枚準備してください。あと、この件は口外禁止です」

「し、承知いたしました」


 稀少幻獣を見て興奮し、鼻血を噴いて気を失ったとか、幻獣保護局局長の沽券に関わる問題だろう。

 この件は、誰にも話してはいけない。

 そんなことはさておいて。さっそく、応急処置を行う。

 まず、胸元に結んであるスカーフを外し、シャツのボタンを寛がす。

 続いて、リーゼロッテと二人で侯爵様を起き上がらせようとしたが、成人男性は重たくてびくともしない。


『クエクエ!』


 アメリアが手伝ってくれるらしい。

 侯爵様の頭部を嘴で挟み、起き上がらせてくれた。

 ちょっと面白い光景だったけれど、笑ってはいけない。奥歯を噛みしめ、ぐっと堪えた。


 アメリアの協力を得て、侯爵様を私の胸にもたれかかるような体勢を取る。


「リーゼロッテ、エスメラルダを籠の中に入れて、布を被せておいてください」

「わ、わかったわ」


 鼻血を噴いて倒れた侯爵様に「この人、突然なんなの?」とドン引きの視線を向けていたエスメラルダは、リーゼロッテの手によって籠の中に納められる。

 侯爵様が目を覚ました時に、驚かせないためだ。

 エスメラルダは大人しく籠の中に入ってくれたので、ホッとする。

 応急処置を続けた。

 頭を下に向かせて、喉に流れ込んでいた血を吐かせる。

 その後は、丸めたガーゼを鼻腔に詰めて、出血の勢いを止めた。


「リーゼロッテ、侯爵様の鼻を摘まんで止血してください」

「全力で、鼻を持つの?」

「いえ、そこまで強くなくてもいいですので」


 秘書が持ってきたタオルで、額と鼻を冷やす。

 と、そんなことをしていたら、侯爵様の意識が戻った。


「──うっ」

「お父様!」


 リーゼロッテが駆け寄って抱き着こうとしたので、手で制す。


「私は、いったい?」

「鼻血を噴いて、倒れたのですよ」

「!?」


 侯爵様は私にもたれかかっている状況に気づき、慌てて離れる。

 しかし、貧血状態なのか、額を指先で押さえていた。


 血を失ってしまったので、鉄分不足に陥っているのだろう。


「何か、鉄分補給できるものを準備してきますね」

「ああ、すまない」


 私は秘書に、案内を頼んだ。

 魔石獣の入った籠は忘れないように手に持って、局長室を出る。


 ◇◇◇


 まずは、貧血改善に良い食べ物の調達から。


「あの、幻獣用の果物ってありますか?」

「はい、ございます」


 保管庫まで案内してもらう。

 第二部隊の騎士舎と同じくらい大きな保管庫には、大量の果物が入っていた。

 これらは、午後から王都に住む幻獣と契約している家に届けられるらしい。


「はあ~、すごいですね」

「ええ。国中の新鮮な果物が、ここに集結しております」


 その中で、貧血に効く果物を見つけ出す。以前、アメリアが食べていたので、あるだろうと確信していたのだ。

 ここには生の果物だけでなく、加工した果物も置いてある。


 ついでに、エスメラルダの好物がないか聞いてみるも、ここでもツーーーーンだった。

 いったい、彼女は何を食べるのか。

 しかし、今はとにかく、侯爵様の貧血対策を急ぐことにした。

 保管庫の中を探ること数十秒。すぐに、目的の乾燥果物を発見した。


「あ、ありました」


 楕円形の紫色の皮の果物。名前は紫李プルーンだ。

 これは、フォレ・エルフの森にも自生していて、貧血に良いと聞いたことがあった。

 幻獣保護局では、主に干して食べる保存食として選ばれているらしい。


 もう一つ、赤葡萄酒と檸檬リモンを拝借する。

 それにしても、お酒まであるなんて。

 どうやら、お酒を嗜む幻獣もいるらしい。う~ん、渋い。


「では、これらをいただきますね」

「はい、どうぞ」


 材料が揃ったので、給湯室に移動した。

 まずは魔石で火を熾こしてもらう。

 次に、鍋に乾燥紫李と砂糖、檸檬汁を入れて、たっぷり赤葡萄酒を入れる。

 それを火にかけ、ぐつぐつ煮込むのだ。

 乾燥紫李がふっくらと炊きあがったら、『紫李の赤葡萄煮』の完成だ。


 ここは主にお茶を淹れるところなので、赤葡萄酒煮を入れる深皿はない。

 仕方がないので、鍋ごと持って行く。


 局長室に戻ると、先ほどの情けない様子は見事に感じられず。

 威厳たっぷりな様子で執務に就いていた。

 そんなことはいいとして、紫李の赤葡萄煮を差し出す。


 鍋ごとだったので驚いた顔をしていたが、すぐに事情を察したのか無表情になった。


「侯爵様、こちらで鉄分補給をしてください」

「ああ、すまない」


 侯爵様は優雅な所作で、紫李を匙で掬って食べた。


「…………」

「どうですか?」


 眉間にぎゅっと皺を寄せながら、侯爵様は言った。


「甘酸っぱく、品のある味わいだ。思いのほか、うまかった」


 鍋ごと出てきた料理に、まったく味の期待は寄せていなかったようだ。

 しかし、おいしいと言ってくれてよかった。

 ものの数分で、完食してくれた。

 効果が出たからかわからないけれど、侯爵様の顔色もよくなった。

 リーゼロッテもホッとした表情を見せている。


 落ち着いたところで、魔石獣について話す。


「魔石獣がいたのは私の夢の中かと思ったが、現実だったか」

「はい」


 侯爵様は遠い目をしながら話す。

 私は魔石獣と出会い、うっかり契約してしまった経緯を話した。


「お前の周りには、どうして稀少な幻獣が集まるのだ」

「世界の七不思議の一つかと」

「まったくだ」


 出されたクッキーを齧りながら、しみじみと話をしてしまった。


「それはそうと、魔石獣が果物を食べないのです。何が好きなのか、ご存じですか?」


 それを聞いた途端、侯爵様の眉間に皺がぐっと寄った。


「魔石獣については、竜の生態以上に謎とされている」

「つまり、侯爵様にもわからないと」

「まあ、そういうことだ」

「そうですか」


 膝の上の籠に入れてある魔石獣を、ぎゅっと抱きしめる。

 せっかく契約を結んだのに、何も食べられないなんて可哀想だ。


「しかし、人と契約している以上、幻獣は飢えることはない」


 侯爵様は茶菓子のクッキーを摘まみ、私に示しながら言った。


「契約している幻獣にとって、果物は茶菓子のようなものだ」

「あったら嬉しいけれど、なくても平気、ということですね?」

「そうだ」


 私はこの世にお菓子がなくなってしまったら、とても悲しい。


 だから、エスメラルダの好物を、なんとしても見つけたいと思った。


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