野鳥の槍串焼き
眠れない云々言っていたけれど、結局星空の下、爆睡していた。疲れていたので、眠れたのだろう。
朝、ベルリー副隊長と共に、湖に行って顔を洗う。
妖精の祝福のある湖はとても澄んでいて美しい。手で掬って飲んだ水も美味しかった。
朝食用に、兜に水を注いで帰る。
「あ、迷迭香!」
森の中で、香草を発見する。淡いブルーの花を咲かせる迷迭香はすっきりとした風味があり、スープや肉料理の臭み消しに使われる。たくさん生えていたので、遠慮なく摘ませてもらった。
そんな私に、ベルリー副隊長はしみじみと話しかけてくる。
「リスリス衛生兵は、凄いな。私にはただの野草にしか見えなかった」
「日々の暮らしが掛かっていましたからね」
摘む動きも速過ぎると言われてしまった。十八年の間に染みついた貧乏技術はなかなか侮れないのだ。
戻ったあと、スープ作りを開始する。
硬いパンや干し肉はガルさんがナイフで切り分けてくれた。寡黙だけど、とっても紳士な狼さんなのだ。
材料は昨日とほとんど変わらないけれど、臭み消しの迷迭香があったので、風味がすっきりとなった。
干し肉の脂身ぷるぷるは美味しいけれど、どうしても癖が出てしまう。
いや、普通干し肉を作る時は脂身を取るけれど。いったい、誰が作っているのか。パンもだけど、こんなに硬い物しかないなんて、信じられない。
うちの村で食べる保存食はもっと美味しいのに。
これが騎士団の配給であれば、是非とも改善してほしいと思った。
「そういえば、山賊……じゃなくて、隊長遅いですね」
その辺を散歩してくると言ってから、随分と経っていた。
そんな話をしていれば、遠くで足音が聞こえる。ガルさんもピクリと反応していた。
「あ、戻って来たみたいですね」
私の発言を聞き、目を丸くするウルガス。
「へえ、リスリス衛生兵、随分と耳がいいんですね~」
「まあ、人族に比べたら、ですが」
ほどなくして、ルードティンク隊長は戻って来る。
「ほら、朝飯だ!」
「ぎゃあああ!」
突然、目の前に茶色い野鳥を差し出され、びっくりしてしまう。
血抜きをしたのか、首なしだ。隊長は隊の人数分、鳥を仕留めてきていたようだ。
「うわ、もう、驚かせないでくださいよ」
バクバクと鼓動を打つ心臓を抑えながら抗議する。楽しそうに笑っていて、反省する素振りは見せない。
髭もじゃもじゃな人だけど、もしかしたら意外と若いのかもしれない。見た目は三十半ばくらいに見えるけれど。やっていることは近所の悪ガキと変わらないのだ。私がお姉さんにならなければ。そう思って、ぐっと我慢する。
「もう食ったのか?」
「はい」
荷物の中から紐を取り出し、野鳥の両足にぐるぐると巻いて馬の鞍に吊るした。
「なんだ、野ウサギ、慣れているな」
「うちの村でのお肉はすべて狩猟で賄っていましたので」
「驚いたから、慣れていないのかと思っていた」
「いや、突然目の前に首なしの野鳥を出されたら誰だってびっくりしますよ」
しようもないことは止めてくださいと、重ねて釘を刺しておいた。
各々朝食を終え、準備が整えば、本日も魔物退治をする。今日は場所を変えて行うらしい。
ガルさんが魔物の気配を探る。
数回の戦闘を終えれば、あっという間にお昼になった。
昼食の食材はもちろん朝隊長が仕留めた野鳥である。
私は楽しみにしていたけれど、他の人はそうでもないみたいだ。
「隊長、またその鳥狩って来たのか……」
「あれ、あんまり美味しくないんですよね」
ベルリー副隊長の言葉に同意を示すウルガスに、頷くガルさん。
私はそのやりとりを目の当たりにして、瞠目する。
「な、何言っているのですか、この鳥、とっても美味しいんですよ!」
「だが、結構臭かったような」
「ですよね」
もしかしたら人や狼獣人と味覚が違うのかもしれない。
念のため、ベルリー副隊長に食べ方を聞いてみる。
「隊長が仕留めてすぐに血抜きをして、羽根を毟って丸焼き、だったはず」
「羽根は焼いてますか?」
「いや、毟り取るだけ」
「では、内臓は?」
「そのまま焼いていたな」
「だったら臭いはずです!」
鳥の羽根や内臓など、きちんと取って洗わないと臭いに決まっている。
せっかく美味しい鳥なのに、食べ方を間違っていたのだ。
「私の言う通りに捌いてください。丸焼きは確かに美味しいですが、きちんと調理しないと不味くなってしまいますからね!」
捲し立ててはっとなる。
目の前にいるのは騎士隊の上司と先輩達。うっかり偉そうな振る舞いをしてしまった。
けれど、ルードティンク隊長を始めとする、ベルリー副隊長、ウルガス、ガルさんは素直にコクリと頷いてくれた。
まず、お湯を沸かす。そこに鳥を潜らせて、毛穴を開かせるのだ。そうすれば、羽根はあっという間に抜けていく。
「お、凄い、サクサク抜ける」
「羽根毟り、結構力いる作業だと思っていたのですが、こんなに簡単だったんですね」
毟った羽根は持ち帰る。綺麗に洗えば、釣りの疑似餌にしたり、針山とかを作ったりと、いろんな物に利用できるのだ。
抜けなかった羽根は火で炙ったナイフで焼いていく。綺麗に取らないと、食べる時に臭みを感じてしまうのだ。
羽根を毟り終えたら、お尻からナイフで裂いていき、内臓を取り出す。
内臓をすべて空っぽにすれば、水で綺麗に洗い、お腹の中に硬いパンと迷迭香、薬草ニンニク、胡椒茸を詰めていく。
表面にも、迷迭香の茎をザクザクと刺す。何か鉄の棒に刺して焼きたいけれどと呟けば、ガルさんが予備の槍を貸してくれた。まだ、一回も使っていないらしい。
湖で綺麗に洗い、野鳥を刺していく。
あとは、左右に槍を支える置き場を作り、中心に火を熾して焼くばかり。
槍をくるくると回しながら、全体に焼き目を付けるのだ。
こんがりと、綺麗に焼けたら完成!
「美味そうだな」
野鳥の丸焼きを目の前に、ぽつりと呟くルードティンク隊長。
そうなのです。これは間違いなく、美味しいのです。
槍から野鳥を外し、大きな葉っぱの上に置く。
食べる前に、祈りを捧げた。自然と生命に感謝を。
瞼を開けば、あとから食前の祈りを始めた騎士隊のメンバーの姿が。
こうしていると、騎士様に見えてしまうから不思議だ。いや、正真正銘の騎士様だけど。
各々ナイフを取り出し、焼きたての鳥を切り分ける。
皮はパリッと弾けた。じわりと脂が溢れてくる。凄く、美味しそうだ。
隊長は内腿にナイフを入れ、骨付きの腿肉に豪快に齧りついていた。
見た目だけだと凄く山賊っぽい。
「隊長、どうですか?」
「いや、美味い。びっくりした」
お口に合ったようで何よりです。
他の人もナイフを器用に使って丸焼きを食べている。
「なんだこれは、凄く美味い! このお肉、こんなに柔らかくて美味しかったんだな!」
「今まで食べ方を間違っていたんですねえ~いやあ、本当に美味しい!」
ベルリー副隊長とウルガスも気に入ってくれたようだ。
ガルさんは目がキラキラと輝いている。良かった。野鳥が美味しいって気付いてくれて。
私もいただくことにする。
腿肉を外し、背中にザクザクとナイフを入れていく。脂がじわ~っと滲み出てくる。
小さく切り分けて、お腹の中に入れていたふやけたパンと胡椒茸とお肉を一緒に食べる。
「美味っ!」
パンに鳥の旨みが染み込んでいて、舌がとろけそうなほど美味しい。
迷迭香のさわやかな風味と、胡椒茸の濃い味が鳥肉と合うのだ。
あまり大きな肉ではなかったが、パンも入っているのでお腹いっぱいになった。
他の人は腹八分といったところだろう。
今回の任務はこれで終了らしい。やっと都に帰れる。
思わずヤッター! と喜んでしまった。
「あ、隊長、帰る前にちょっといいですか?」
今日の朝から気になっていたので、質問してみた。
「なんだ、野ウサギ」
「足の裏、マメか何か潰れていませんか?」
「……なぜ、そう思う?」
「勘違いかもしれませんが、体の軸が微妙にぶれている気がして。もしかして、足の裏が痛いのかな~と」
勘違いだったら、また耳を弾かれるかもしれないと思って、素早く頭巾を被る。
けれど、隊長はポカンとしたままだった。
「違い、ました?」
「いや、合っている。さっきの戦闘中にマメを潰してしまったんだ」
「なるほど」
だったら私のお仕事だ。腕まくりをする。
「じゃあ、ブーツを脱いでください。薬草湿布を塗りますので」
「は? ここでか?」
「はい。楽になりますよ」
またしても、目を丸くして私を見下ろす隊長。急かせば、座ってブーツを脱いでくれた。
「風呂に入っていないから……」
「そういうのを気にする繊細さがあったのですね」
「……」
やはり、隊長は山賊ではなく、騎士様だったのだ。心の中で山賊の頭と呼んでしまって申し訳なかったと謝る。
足をこちらに向けようとしない隊長に言う。
「こういうの、父や祖父の治療で慣れていますので」
大物の狩猟は数日と山に泊まり込みで仕留める。帰ってきた男衆の足の裏はたいていマメが潰れて酷い状態なのだ。
フォレ・エルフの村に伝わる薬草湿布は、マメの完治に役立つ。
家から持って来ていた粉末薬草を水で溶いて練った。
隊長の痛々しい足の裏はざばーと洗い流し、綺麗に拭き取って、薬草湿布を塗っていく。
「痛っ!」
「治療ですからね~~」
あ~楽しい。
今まで野ウサギと呼んでからかった仕返しだと思って、どんどん薬草湿布を塗っていく。
このままの状態でしばらく放置。
数分後、綺麗に湿布を剥した。
「どうですか?」
「さっぱりした。痛みも引いたように思える。疲れも取れたような」
「足の裏は体のいろんなツボが集まっていまして、そこを刺激すれば全身の疲れが改善されると言われています」
「なるほど。フォレ・エルフの知恵袋か」
「そうなんですよ!」
隊長に効果があったので、ベルリー副隊長とウルガスにも薬草湿布を施した。
ガルさんは効果があるかわからなかったし、薬草の匂いが苦手みたいだったので、止めておいた。