魔石獣の危機!
樹人が塵となり、魔石獣を囲んでいた結界がなくなる。
『キュウ~~!!』
魔石獣は勢いよく飛び出し、デイ・ユケルの顔面を執拗に引っ掻いた。
『キュキュキュキュキュキュ~ウ!!』
「イテテ、イテテテテ!!」
なんというか、不満がかなり溜まっていたようだ。
デイ・ユケルの顔面は、瞬くまに引っ搔き傷だらけに。
「クソ、こいつ……! 吸収!」
デイ・ユケルが呪文を唱えると、魔石獣の額の魔石が赤く発光する。
そして――。
『キュウッ!!』
悲鳴のような鳴き声を上げてバタリと倒れた。
同時に、隊長がデイ・ユケルの頬を左右から潰すように押して口を塞いだ。
「おい、お前、魔石獣に何をした!?」
「ウオ、ウオオッ!」
「なんだって!?」
デイ・ユケルの頬を押さえたまま詰め寄り顔で尋問する隊長に、ウルガスが突っ込んだ。
「あ、あの、隊長。左右の頬を押していたら、喋ることはできないのでは?」
「そうだったな」
隊長はベルリー副隊長に目配せする。二人で何をするのか。
ベルリー副隊長がデイ・ユケルの隣に座り込み、耳元で質問した。
「今の呪文は、魔石獣へ害を成す呪文か?」
「答えないと、お前の左頬と右頬が今以上にくっつくことになるぞ」
「ふ、ふひぃ!!」
デイ・ユケルはコクコクと頷く。
「リヒテンベルガー魔法兵、今の魔法の予想はつくか?」
「たぶん、魔石獣自身の魔力を、魔石へ移動するものだと思うわ」
「……そうなのか?」
ベルリー副隊長が囁くような低い声で聞くと、デイ・ユケルはコクコクと頷いた。
そんな尋問の様子を見ていたウルガスが、ぼそりと頷く。
「不謹慎かもしれませんが、ちょっと羨ましいです」
「え、デイ・ユケルの、あの扱いがですか?」
「はい」
私にはよくわからないけれど、ウルガスもああいうことをされたいようだ。
じっと、羨望の眼差しを向けている。
「あの、隊長」
「なんだ?」
「ウルガスもほっぺをぎゅうっとしてほしいそうです」
「は?」
「え!? あ、あの、違いますよ、リスリス衛生兵! 羨ましいのはほっぺ圧死刑のほうではなく!」
「あ……」
私は大変な勘違いをしていたことに気づく。
ウルガスが羨ましいと思ったのは、隊長に頬を潰されるほうではなく、耳元でベルリー副隊長に色っぽく言葉を囁かれるほうだったのだ。
「ウルガス、ちょっと待ってろ。俺は今、こいつの頬を掴んでいなければならん」
「違います! 誤解です!」
「遠慮するな」
「ええ~~!」
なんというか、その……ごめん、ウルガス。
「メル、魔石獣が大変!」
魔石獣とある程度距離を取って観察していたらしいリーゼロッテが、声をかけてくる。
「だんだんと、息が荒くなってきたの!」
「これは……」
ゼエハアと、苦しそうに息をしていた。
深刻な魔力切れだろう。一刻も早く、魔力を与えなければ。
私はナイフを取り出し、手のひらへと近づける。
自分で自分を傷つけるのは怖いけれど、目の前で苦しそうにしている魔石獣を救うためだ。
血には魔力が多く含まれている。だから、私の血を与えたら、元気になるはずだ。
「えーい!!」
気合の掛け声と共にナイフで切りつけようとしたが、背後よりスラちゃんのドコドコが聞こえた。
「スラちゃん?」
ガルさんがスラちゃんの瓶の蓋を開くと、ぴょこんと飛び出してくる。
スラちゃんは手の先にナイフを作りだし、片方の手を切りつけるような動作をする。そのあと、すぐに両手を重ねてバツを作った。
「えっと、自分で自分を切りつけるな、ということですか?」
スラちゃんは丸を作る。そして、口を大きく広げて指さした。
「そ、それは、もしや」
先ほどの、魔力の実をもう一回作ろうと誘ってくれているのだろう。
「リスリス、スライムは何をするつもりなんだ?」
「スラちゃんの能力で、私の魔力を結晶化しようと言っているようです」
「ああ、スライムの能力は、そんなことにも使えるんだな」
「はい」
というか、もう既に実証済ですが。
「メル、できるんだったら、早く!」
「はい、そうですね」
私は意を決し、スラちゃんの口の中に手を突っ込んだ。
「……」
眉間に皺を寄せ、来る衝撃に備える。
「メ、メルちゃん、大丈夫? 痛いの?」
「いえ、痛くはないのですが――」
ついに、始まった。この、悶絶するようなくすぐったさが。
「あ、あは、あははははは! あははは!」
洞窟の中に、私の笑い声が空しく響き渡る。
くすぐったさに我慢できなくて、転がってしまった。
すると、いたたまれない表情のベルリー副隊長や、ザラさんと目が合ってしまった。
二人とも、申し訳なさそうな顔をして私を見つめている。
「ははは、あはは、あはははは……はあはあはあ」
スラちゃんは私の手をぺっと吐き出す。やっと、終わったようだ。
「リスリス衛生兵、その、お疲れ様です」
「はい」
ウルガスが労ってくれた。
スラちゃんは口をもぐもぐさせたあと、私を手招く。
手を差し出すと、真っ赤な木の実を出してくれた。
「スラちゃん、ありがとうございます」
スラちゃんは軽く手を振って、「なんてことないのよ」という仕草を取った。
魔力の実をありがたくちょうだいし、息が荒い魔石獣の口元へと持っていく。
「どうぞ、これを食べたら楽になれるので」
魔石獣は魔力の実に疑いの目を向けていた。
私のほうも、ジロリと見る。
「私は、あなたに害を成す存在ではありません。あなたを、助けたいのです」
どうかと、必死になってお願いしてみる。
「信じてください!」
すると、魔石獣はくんくんと魔力の実の匂いを嗅いだあと、ペロリと舐めた。
それが魔力の結晶体であるとわかったからか、カッと目を見開く。
そしてすぐに、パクリと木の実を食べた。
ごくんと飲み込んだあと、額の赤い魔石が赤く光る。
「おお……」
魔石獣の耳がぴくんと動き、尻尾もぶんぶんと動く。一度、ぐっと伸びるような動作をしたあと、魔石獣は起き上がった。
『キュウ!』
どうやら、元気になったようだ。
私はみんなと目配せし、ここから立ち去ることにする。
リーゼロッテは保護したいと主張するかと思ったけれど、何も言わなかった。
魔石獣はきっと、ここで静かに暮らしていたほうがいいのだ。
隊長はデイ・ユケルを蓑虫状に縛り、肩に担ぐ。
私達は洞窟をあとにした――が。
『キュウッ!!』
魔石獣が呼び止めるように鳴く。
『キュウ、キュウ!!』
「あれ、なんて言っているんですかね?」
ウルガスの質問に、私が答える。
「あの、「なんでわたしを置いていくのよ!」って言っています」
「あれ、リスリス衛生兵、なんで、魔石獣の言っていることがわかるのですか?」
「あれ?」
ウルガスに言われて自覚した瞬間、パチンという音と右腕に痛みが走る。
嫌な予感がして袖を捲ってみたら、菱形の契約印らしきものができていた。
な、なんてこった!