デイ・ユケルとゆかいな仲間たち
魔石獣とデイ・ユケルは契約していなかった。これで、安心して事情が聞けるだろう。
ニクスの中からメルスラゼリーを取り出し、デイ・ユケルの口元に運ぼうとしたら――。
『キュウ、キュウ!』
魔石獣が騒ぎだす。結界の前まで近づき、見えない壁をカリカリと爪で掻いていた。
「あれ、これって、魔石獣が作り出した結界じゃないんですね」
「そう、みたいね」
リーゼロッテが返事をするが、何か腑に落ちない様子だった。
「リヒテンベルガー魔法兵、どうかしました?」
ウルガスの問いに、リーゼロッテは顔色を青くさせながら答えた。
「魔力がない状態で、高位幻獣を閉じ込めるほどの結界は維持できないと思うの」
「え~っと……」
デイ・ユケルは魔力を引き抜かれ、気を失っている。
魔石獣は結界に閉じ込められているように見えた。
……と、いうことは、高位結界を張った第三者がいるってこと!?
『クエエエエ!!』
アメリアが突然警戒を促す鳴き方をした。
「あ!」
私とガルさんの耳がピクリと動き、同時に反応を示す。
高い魔力を持つ何かが、洞窟の中に入ってきたようだ。
「隊長、何か来ています」
「何かとは何だ!?」
「わ、わかりません! しかし、最大限の警戒を!」
「総員、戦闘配備!」
耳をつんざくような隊長の叫びで、みんな戦闘態勢に移る。
デイ・ユケルは邪魔だったからか、隊長の靴の踵で蹴飛ばされていた。
意識がないからって、酷いことを……。
デイ・ユケルの傍に寄って、壁際に背を預けるような体勢を取らせる。
「隊長、デイ・ユケルに魔力ゼリーを与えておきますね」
「ああ、頼む」
私を守るように、アメリアとステラが立ちはだかる。
手元が暗いと思っていたら、アメリアが羽を光らせてくれる。
そういえば、そんな魔法が使えたね。すっかり忘れていた。これで、作業がしやすくなる。
そんな私達の前には、後衛のウルガスとリーゼロッテが立っていた。
今度こそ、メルスラゼリーを食べさせなければ。そう思っていたが――。
『キュウッ!!』
「うわっ!!」
魔石獣の鳴き声に驚いて、メルスラゼリーの最後の一口を落としてしまった。
「な、なんですか!?」
『キュ、キュウ!』
何やら、怒気のようなものを感じる。アメリアに何を言っているのか通訳してもらった。
『クエ、クエクエ、クエ』
「あ、なるほど」
魔石獣は強制的に捕らわれ、魔石に魔力を集める道具として使われていたらしい。
もっと、詳しい話を聞いてみる。
「あの、彼らの目的は?」
『キュウ、キュウキュウ!』
これも、アメリアに通訳してもらう。
なんでも、ここに新しい世界樹を作ろうとしていたようだ。
「世界樹ですか……」
この世界にも、世界樹はある。しかし、どこにあるかは不明で、世界樹の魔力にも使用制限があるとのこと。
というのも――その昔、魔法使い達が世界樹の魔力を使い果たしてしまい、枯らしてしまったのだ。以降、妖精が世界樹を妖精国に持ち帰ってしまった。
世界樹の喪失が、魔法文化の衰退にも繋がったのだろう。
それから千年後に、奇跡が起こってこの世界に世界樹が復活している。
ただ、その全貌は明らかになっていない。
世界の果てにある、海のように広大な『大森林』にあるのではないかと噂されていたが、探しに行った研究者達は全員行方不明となっている。
そんな事情があるので、自分達に都合がいい世界樹を作ろうとしていたのだろう。
「敵接近! あれは――」
一瞬、人の形をしているかと思ったが、違った。
人型の、樹だった。
おそらく、樹人だろう。
しかし、一般的な樹人とは姿が違う。通常はほぼほぼ木という外見であるが、この個体はより人型に近い姿をしていた。
リーゼロッテの光球が、樹人を照らす。
「――ひっ!」
思わず、悲鳴を飲み込んだ。
身長はガルさんよりも大きい。女性みたいな体形をしていて、肌は木目柄。ドレスのような葉を纏っている。
その手には、杖のような物を握っていた。
葉の髪に、木目の入った優美な脚と、シルエットは完全に女性だ。
『ギギギ、ガガガ……ゴ』
そんな不気味な声で樹人が呟くと、魔法陣が浮かび上がる。
槍のような刺が、いくつも突き出してきた。
この樹人は、魔法が使えるらしい。おそらく、魔石獣を閉じ込めたのも、彼女(?)だろう。
襲いくる刺を、前衛の隊長は大剣で叩き斬る。
ガルさん、ザラさんも刺を上手い具合に回避していた。
敵の周囲にみんながいなくなった隙に、ウルガスが第一射を放った。
鋭く射られた矢は、樹人の心臓部に当たった。だが、表皮が固いからか、鏃は跳ね返される。
「なるほどな。こうなったら、魔法で潰す。リヒテンベルガー!」
「わかったわ」
隊長達が時間稼ぎをしている間に、リーゼロッテはとっておきの大魔法を放つようだ。
「リ、リヒテンベルガー魔法兵、常識の範囲でお願いしますね」
なんとなく巻き込まれることを危惧したウルガスが、恐る恐るといった感じで話しかける。魔法に集中していたリーゼロッテに、ジロリと睨まれていた。
涙目になって、可哀そうに。
と、戦闘を見ている場合ではない。私も役目を果たさなければ。
落ちたメルスラゼリーを拾い上げる。小石と砂まみれになっていたが、水で洗えばなんてことない。
世界共通の決まりで、三秒協定というものがある。
これは、落としたものは三秒以内に拾ったら食べられるというものだ。
秒数は数えていないけれど、きっと三秒くらいしか経っていないだろう。
……たぶん、きっと。私はそう、信じている。
私は一度、魔石獣のほうを見た。
「大丈夫です。こいつは起こして、尋問するだけなので。そのあとは、あなたが煮るなり焼くなり」
『キュウッ……』
魔石獣は「だったらいいわ」と言わんばかりの鳴き声をあげていた。
さっそく、デイ・ユケルに綺麗になったメルスラゼリーを食べさせる。
「うっ、うぐっ、げっほげっほ!!」
隊長同様、デイ・ユケルもゼリーに噎せていた。
頑張って食べたまえと、背中をどんどん叩きながら鼓舞する。
すると、ごくんと飲み込んだようだ。
「うっ……はあ、はあ、はあ」
「デイ・ユケルさん、ですね?」
「こ、ここは?」
「質問に答えてください。デイ・ユケルさんですよね?」
「ああ、そうだが」
デイ・ユケルが返事をした瞬間、リーゼロッテの炎魔法が完成したようだ。
「凍て溶け打ち破るは、熱り立つ炎獄の逬発。罅ぜろ」
――小・大爆発!!
小規模の爆発が、樹人の前で起こる。その体は、一瞬にして燃え尽きた。
そして、炎上する樹人を目の当たりにしたデイ・ユケルが叫んだ。
「うわあああああ!! 二十年の研究の成果が!!」
いや、知らんがな。
ここにいた誰もが、そんな顔をしていた。
23日から新連載を始めております。『遊牧少女を花嫁に』というタイトルです。
食生活と遊牧民をテーマにしたファンタジーものになります。
ご興味がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。