魔石獣と身体検査
魔石獣とは初めて聞いた。アメリアと契約した時に幻獣図鑑的なものを貰ったけれど、額に赤い石がついている兎っぽい幻獣はなかったはずだ。
なんていうか、今までの幻獣は愛嬌がある姿だったり、精悍な姿だったりしたけれど、魔石獣は――とってもかわいい。
長い耳は垂れていて、エメラルドの毛並みもピカピカだ。ちょっと撫でてみたいと思う。
しかし、背中の毛は逆立っていて、警戒心を露わにしていた。
『キュウ……!』
目が合ったら、ジロリと睨まれてしまう。
なんだろうか。獣的な野性味溢れる牽制ではなくて、高慢なお嬢様渾身のひと睨みみたいな。
「おい、リヒテンベルガー、あれはどういう幻獣なんだ?」
それは、私も気になる。今現在、結界の中に籠りっきりで、襲ってくる気配はないようだけれど。
リーゼロッテは伝説の幻獣を前に、言葉を失っていたようだ。
ベルリー副隊長が「大丈夫か?」と声をかけ、背中を優しくなでるとハッとなる。
「あ、ごめんなさい。信じられなくて、つい……」
「いや、いい。それで、リヒテンベルガー魔法兵、あの魔石獣とは、どういう生き物なのか?」
「それは――」
リーゼロッテより、驚くべき情報がもたらされる。
「千年以上も前、魔石獣は、珍しい幻獣ではなかったの」
魔石獣は魔力が豊富な世界樹の近くで、よく目撃されていたらしい。
「というのも、魔石獣は魔力を糧としていて、額の魔石に魔力を溜める習性があるんだけれど」
それに気づいた魔法使いは、魔石獣の運用を思いついた。
「酷い話なんだけど、魔法使いは魔石獣を、魔法を発動させる魔法具のように使っていたらしいの」
魔石獣の魔力を使ったら、高位魔法が一日に何発も撃てる。そんな噂話が広がって、魔石獣の乱獲が始まった。
たくさんいた野生の魔石獣はあっという間に姿を消し、そのほとんどは魔法使いと契約して使い魔となったのだ。
魔石獣を欲する魔法使いが増え、繁殖を行おうとするもの、転売をしようとするものと、悪どい商売が広がる。
けれど、繁殖は失敗し、契約も解除できないので、転売も叶わなかった。
そうだとわかると、ますます野生の魔石獣の需要は高まり、魔法使いでない者すら血眼で探した。
「そして、魔石獣は滅んだ――というふうにはならなかったの」
滅ぶ前に、予想外の事件が起きたようだ。
魔石獣は、魔法使いに牙を剥く形になる。
「魔力を食料とする魔石獣は、じわじわと契約者の魔力を奪い――最終的に魔力不足状態にしてしまって、主人を殺してしまったのよ」
契約者が死ぬと、契約を結んだ幻獣も死ぬ。
このような事件が次々と発生し、悪だくみをしようとした魔法使い共々、魔石獣も姿を消したのだ。
「なんでしょう……因果応報と言いますか」
「本当に」
この魔石獣も、きっとデイ・ユケルに利用されていたのだろう。
「ということは、渡り鳥や私達の魔力を奪ったのは?」
「この子だと思うわ」
「ですよね……」
事情は把握した。続いて、デイ・ユケルが魔石獣と契約しているか調べなければならない。
「おい、ウルガス」
「ええっ!?」
「まだ何も言っていないだろうが」
「い、一応聞きますが、なんですか?」
「デイ・ユケルの体に幻獣との契約印がないか調べろ」
「やっぱり!」
隊長の命令は絶対だ。
ウルガスは涙目で、デイ・ユケルの前にしゃがみ込む。
服に触れる前に、ガルさんのほうを見た。すると、スラちゃんが瓶の蓋をドコドコ叩く。
どうやら、スラちゃんが手伝ってくれるようだ。
ガルさんが蓋を開けると、スラちゃんがウルガスのほうへと飛び出してくる。
「スラちゃんさん、頑張りましょう」
スラちゃんは任せろと言わんばかりに、胸をドン! と叩いていた。
一方で、隊長は眉間に皺を寄せ、魔石獣をじっと見張っている。アメリアとステラもだ。
みんな、そんな怖い顔で見なくても……。
心なしか、魔石獣も怖がっているような気がする。先ほどよりも、三歩ほど後ろに下がっていた。
デイ・ユケルの身体検査が始まる。
リーゼロッテはさすが貴族令嬢というべきか、デイ・ユケルに背を向けていた。
私は、契約印の有無があるのか普通に気になって見てしまう。
手の甲や首などにはないようだ。
「うっ……。今度は、服の下……ですね」
スラちゃんがデイ・ユケルの服を豪快に剥ぐ。
「胸部……腹部、なし。腿……膝、足……足の裏、なし」
身体検査がよほど嫌なのか、ウルガスはやる気のない声で確認していく。
表面の確認が終わったら裏だ。
スラちゃんがデイ・ユケルの背中に手を差し込み、一気にひっくり返した。
「スラちゃんさん、力持ちですね!」
褒められたスラちゃんは、自慢げに前髪を掻き上げるような仕草を取っていた。
……髪、ないけどね。
デイ・ユケルの裏側にも、契約印はない。
「隊長、魔力刻印ないです!」
「それで全部じゃないだろ。口の中と股間も調べろ」
「うわあああ!!」
衝撃的な命令に、ウルガスは頭を抱えて倒れこむ。
「嫌すぎる!」
「バカ言え。警邏部隊なんか、不審者捕まえて、毎日身体検査しているんだぞ」
「え、遠征部隊でよかった……!」
ここで、ザラさんとガルさんが身体検査役の交代を提案していた。すぐに、隊長が許可する。
「アートさん、ガルさん……!」
ウルガスは手と手を合わせ、二人に感謝していた。
ガルさんとザラさんは、すぐに口と股間の身体検査を始める。
まず、ガルさんが頬を左右から押した。すると、口がパカっと開く。
続いて、革手袋を付けたザラさんが口の中を調べた。
「舌の裏表、頬、上顎に下顎――異常なしよ」
最後に、股間を調べる。じっと眺めていたら、ベルリー副隊長に肩を叩かれた。
「リスリス衛生兵、そこは見なくてもいい」
「あ、そうでした」
ベルリー副隊長と二人して、デイ・ユケルに背を向けた。なぜか、ウルガスも私の隣に並んで背けている。
ウルガスの手の平には、両手で目を隠すスラちゃんの姿が。彼女も乙女なのだ。
「下半身も、問題ないわ」
「わかった」
どうやら、デイ・ユケルは魔石獣と契約していないらしい。