奇跡の料理
スラちゃんは魔力の実をパクンと食べる。
ごくんと飲み込んだあと、腕をにゅっと出して力こぶを作って見せていた。
「よかった。スラちゃん、元気になったんですね」
スラちゃんは大きな丸を作っている。
そして、ちょいちょいと手を振りながら私を指差した。
もしかして、私の具合を聞いているとか?
「あ、そういえば、気持ち悪いの、なくなっています」
どうやら、魔力吸収の魔法の展開が終わったらしい。
ぞわぞわした感じが、まったくなくなっている。
先ほどまで術式展開中だったので、気持ち悪くなっていたようだ。
「私も元気ですよ」
スラちゃんは、「よかった、よかった」と言わんばかりに、頷いている。
で、どうするのか。
スラちゃんとここでにっこにっこしている場合ではない。
元気なのは、私とスラちゃんだけだ。
みんな倒れたまま、びくともしない。
私とスラちゃんで下山して、近くの街に助けを呼びに行くのか?
みんなを、ここに置いたままで?
「せ、聖水、聖水を撒いて、魔物が近寄らないようにして――」
この崖のような角度の渓流を、私は一人で降りきれるのだろうか。
ここに来るまで、ガルさんやザラさん、ウルガス、ベルリー副隊長の手を借りて、なんとかして登ってきたのだ。
スラちゃんの協力があったら……行ける?
でも、怖い。
もしも、川に落ちたり、岩から足を滑らせたりして行動不能になったら、みんなを助ける人がいなくなってしまう。
すぐに行動を起こす勇気が、私にはない。
「ス、スラちゃん、どうしましょう?」
頼りはスラちゃんだけだ。
二人で下山できるか聞いてみたけれど、スラちゃんは想定外の行動に出た。
口をぱっくりと大きく開けて、伸ばした手で指し示している。
「……え?」
な、なんだろう。
何か食べたいとか?
別の木の実を出してみたが、バツを出されてしまった。
お腹が空いているわけではないらしい。
スラちゃんは身振り手振りで私に訴える。
再び、力こぶを作った。それを、一生懸命指し示している。
スラちゃんは口の中に自らの手をツッコミ、モグモグと咀嚼した。口から出した手には、木の実のようなものが握られている。
これは……魔力の実? それを、作りだすような動きに見えた。
「あっ!! わかりました!!」
スラちゃんは、魔力の実を作ろうとしているのだ。
「そうですね! 魔力の実があれば、みんなを目覚めさせることができます!」
さっきの魔力の実は、渡り鳥から魔力を抽出して作った。
今度は、いったい何を素材に作るのか――と、スラちゃんがパクッと口を開いて、ちょいちょいと指示している。
ここで、ハッとなった。
「も、もしかして、私を素材として、魔力の実を作ろうと、思っています?」
スラちゃんは手をにゅっと伸ばし、大きなマルを作ってくれた。
どうやら、大正解のようだ。
「な、なるほど。私だったら、魔力は有り余っていますし、魔力を抜いても倒れることはないです」
え~っと。スラちゃんが私をモグモグしたら、魔力の実が完成するのか?
質問してみる。
「スラちゃんが――例えば、私の手を食べて、咀嚼したら魔力の実ができるという解釈で間違いないですか?」
スラちゃんはマルを作る。
「あの、痛みとかは、ありますか?」
膠工場でのスライム脱出事件の時、スライムに呑み込まれた騎士達はすごく痛がっていた記憶がある。
もちろん、痛いから嫌だと言うわけではない。
みんなのためだ。我慢はしなければ。
しかし、事前にどれくらい痛むのか、聞いておきたかった。
スラちゃんの答えは――バツ印を作る。
「え、痛みはない、ということですか?」
スラちゃんはコクリと頷いた。
だったらと、私はスラちゃんにすぐさま手を差し伸べる。
「スラちゃん、お願いします!」
私の言葉に応えるように、スラちゃんは重々しく頷いた。
そして――私の手を手首辺りまでパクンと食べた。
「うわっ!」
スラちゃんの中は、とっても冷たい。氷水に浸けているようだ。
感じたのは、それだけではない。
スラちゃんがモグモグと咀嚼を始めると――。
「あは、あははは、はははは!」
手のひらをくすぐられているような感覚に、場違いな笑い声を上げてしまう。
こんなにくすぐったいとは、想像もしていなかった。
しまいには我慢できなくて、寝転がって足をジタバタさせる。
しばらく、スラちゃんに手をモグモグされていた。
くすぐったくて、声が枯れるほど笑った。
しだいに、スラちゃんの口の中が温まってくる。
ちょっと熱いと感じた瞬間に、ペッと吐き出された。
どうやら、魔力の抽出は終わったよう。
私の手がなくなっても、スラちゃんのモグモグは終わらない。しばらく正座待機していたら、スラちゃんに手を出すように身振り手振りされた。
手を差し出すと、手のひらに赤い実が吐き出される。
「スラちゃん、これが、魔力の実ですか!?」
スラちゃんはコクリと頷いてくれた。
完成したのは、人差し指と親指を丸めたくらいの実だ。
「あれ、でも、魔力の実、一個だけなんですね」
もしかして、さっきのスラちゃんモグモグを全員分しなければならないのか。
そう思っていたが、スラちゃんは首を横に振る。
「えっと、どういうことですか?」
スラちゃんは身振り手振りで教えてくれた。
鍋のようなものに体を変化させ、魔力の実を入れる動作をする。続いて、何やら材料を入れ、鍋から出したら――ゼリーみたいなものが完成した。
「あ、もしかして、魔力の実は一個でも良くて、ゼリーを作って全員に行き渡らせるようにすればいいってことですか?」
スラちゃんは大きなマルを作る。どうやら、大正解のようだ。
「しかし、ゼリーの材料である、膠を持っていません」
すると、スラちゃんがすっと挙手する。
目が合うと、スラちゃんはキリッとした表情で頷いた。
「え、スラちゃん、もしや――スラちゃん自身を材料にするってことですか?」
スラちゃんは丸を作る。
「そ、そんな、スラちゃんを材料に使ってゼリーを作るなんて、できません!」
スラちゃんは違う、違うと首を振る。
スラちゃんに、鞄から鍋を出すように急かされる。
鍋を出すと、スラちゃんはぴょこんと中へと入った。そして、タオルを頭に乗せるような仕草をする。
いい湯だ~~、みたいな。
「え、え~っと、もしかして、お湯にスラちゃん成分を溶かしてゼリーを作るってことですか?」
またしても、スラちゃんは大きなマルを作った。
「それって、スラちゃんが消費されるわけではないですよね?」
……大丈夫らしい。
なんという、驚きの調理法なのか。
しかし、やるしかない。私とスラちゃんは、決意を固める。
まず、その辺に落ちている石を積み、かまどを作った。
火を熾し、鍋を置いた。
中に水を注ぐと、すぐにスラちゃんが入る。
鍋の中を、スイスイと泳いでいた。
沸騰する前に、スラちゃんは出てくる。
「わわっ! スラちゃん、大丈夫ですか?」
スラちゃんは大丈夫だと言わんばかりに、腰に手を当てて胸を張っていた。
とりあえず、小さくなったりしていないようだ。
ゼリー作りを再開させる。
ふつふつと沸騰している鍋に黄金蜂蜜と砂糖を入れて混ぜ、最後に私の魔力で作った実を入れる。すると、鮮やかな赤に染まった。
ゼリーの型などないので、カップに入れる。
その辺に薄っすらと積もっていた雪を集め、カップを冷やす。
「か、完成しました」
スラちゃんの成分と、私の魔力で作った『メルスラゼリー』。
自分で名付けておいて、なんかヤダと思ってしまった。
「まずは、隊長から」
うつ伏せに倒れていた隊長をひっくり返す作業から。
「ぐぬぬ、ぐぬぬぬ!」
この筋肉の塊、すっごく重い!!
一人ではとても裏返すことなどできないので、顔だけ横に向ける。
「隊長、魔力を回復するゼリーですよ」
声をかけたが、意識はない。
「ど、どうしましょう……」
意識のない相手に、食べさせることなど不可能だ。そう思っていたが――スラちゃんがにゅっと手を伸ばし、匙の形を作ってゼリーを掬った。
それを、隊長の口の中に突っ込んだのだ。
「うぐっ!!」
隊長は噎せていた。大丈夫なのか……。
しかし、ごくんと喉が動いたので、ホッとした。
「隊長、隊長!」
何度か声をかけると、隊長は瞼を開く。
「た、隊長!!」
「リスリス、か?」
「はい!!」
隊長が目覚めた。
嬉しくて、私はスラちゃんと手と手を掴んで喜ぶ。
隊長は突然ガバリと起き上がり、怒りを露わにしていた。
「なんだ、さっきの変な感覚は?」
「魔法で魔力を奪われたようです」
「なんだと!?」
「それで、この、魔力を含んだゼリーを食べていただきました」
「それは、スライムが作製した実から作ったゼリーか?」
「え、あ、まあ……」
スラちゃんが作った実に間違いはない。
なんとなく、私の魔力で作ったゼリーであると言えなかった。
乙女心は複雑なのだ。
「リスリス、助かった」
「いえいえ」
「すまないが、他の者にも食べさせてやってくれ」
「了解しました」
全員、スラちゃんと一緒にゼリーを食べさせる。
なんとか、全員の意識が回復した。