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新しい任務へ

 シエル様が去ったあと、部屋に戻る。

 すると、ザラさんが頭を抱えて蹲っていた。


「わっ、ザラさんどうしたんですか?」

「なんでもないの」

「なんでもなくないですよ」


 私はザラさんの正面に回り込み、顔を覗く。


「さっき、何か言いかけていましたよね?」

「そうだけど――なんてことないことだから、いいの」

「私は気になります」


 ザラさんはハッとした表情となる。目が合ったが、気まずそうに逸らされた。

 もしかしたら、大事な話をしたかったのかもしれない。悪いことをしてしまった。


「あの、今じゃなくてもいいです。いつでもいいので、聞かせてください」

「メルちゃん……ありがとう。ごめんなさい、すぐに言う勇気がなくて」

「大丈夫です。これからは、いつでも一緒ですから」


 しかし、ここでの暮らしもいつまでもというわけにはいかないだろう。

 きっと、シエル様が滞在する間だけに違いない。


 さすがに、その期間内の間には言ってくれるだろう。私は待つしかない。


 そんなわけで、ドレスの試着は終始ドタバタとしてしまった。

 脱いだあとリーゼロッテに話をしたら、「見たかったのに!」と怒られてしまった。

 今度、ドレスでお出かけする約束をしたら、機嫌を直してくれる。

 しかし、ドレス着用までを考えたらゾッとしてしまった。

 なんていうか、お嬢様は大変なのだ。


 ◇◇◇


 お嬢様暮らしを堪能している場合ではない。

 出勤したら、騎士としての仕事が待っている。


 まず、先日の酷暑を引き起こした魔石事件についての報告を聞いた。

 隊長は険しい表情で報告書を読み上げる。


「なんでも、良からぬことを企む集団がいるらしい」


 怪しい者を数名、騎士隊がつき止めて拘束したらしい。


「奴らは魔法使いの時代を復活させたいようだ」


 この世界の魔法使いの歴史は、なかなか壮絶だ。

 その昔、この世界は魔法使いが国の多くを統治していた。

 当時は魔力を持つ血と一子相伝の魔法を受け継ぐために、近親結婚を繰り返していたらしい。

 さらに、魔導戦争で世界にある魔力はどんどん消費されていった。

 そんな危ういことを繰り返した結果、魔法使いの血はほとんど途絶え、魔力を作りだす世界樹は枯れかけた。

 均衡が崩れていった魔法文明は瞬く間に衰退し、現代に生きる魔法使いは一握りとなる。


「リヒテンベルガー侯爵家は古い魔法使いの一族ですよね?」

「ええ、そうよ。一子相伝の魔法もあるけれど、わたくしに特性がなかったから、使えないの」

「なるほど」


 リーゼロッテは母方の実家、エヴァハルト伯爵家の炎属性の力を強く受け継いでいるのだとか。


「資料を集めたり、数少ない魔法使いを雇ったりと魔法の習得にはお金がかかるようで、今も昔も、貴族のものという印象が強いですね」

「ええ、そうね」


 そんな状況の中、才ある者を探し出して一人前の魔法使いに育てようという活動をしていた団体があった。


「その人達が、今回の事件を?」


 隊長は重々しい表情で頷いた。


「それで、ガサ入れを行ったわけだが、上層部の者達は逃げて行方不明」


 しかし、魔力痕から追跡魔法を使って、だいたいの潜伏位置を割り出したらしい。


「――それで、俺達の任務は、人探しというわけだ」


 だいたいの位置はわかっても、正確な場所はわからないらしい。そのため、片っ端から探さなければならないと。


「一応、捜索期間は三日とする」


 捜すのは――デイ・ユケルという四十代くらいのおじさんらしい。


「捜索するのは、王都から馬車で三時間ほど走った先にある、ヌル山だ」


 山での捜索らしい。雪山での人探しを思い出してゾッとしたけれど、あれよりはマシだろう。


「ヌル山は霧深く、寒冷地らしい。装備は冬の物を用意しておけ」


 出発は一時間後。

 第二部隊の面々は遠征の用意をするために散り散りとなる。

 私はいつものように食材の準備をしたあと、着替えを更衣室へと取りに行った。


 一時間後――出発となる。

 馬車の御者は隊長が務め、アメリアにはガルさんが跨り、ステラと一緒に走っている。

 他の隊員達は車内で待機。それとなく、第二部隊の面々は神妙な面持ちでいた。

 沈黙に耐えきれなくなったウルガスが、ポツリと漏らす。


「……なんか、最近妙な事件ばかりですね」

「ジュン、それは仕方がないことなのよ。暖かくなると、変な人がでるのよ。去年も、食堂に来ていた騎士達がぐちぐち話をしていたもの」


 どうやらザラさんの勤めていた食堂には、お疲れ状態の常連騎士が多くいたらしい。


「うわ、それって規律違反ですね」


 基本的に、仕事で見知ったことは守秘義務があり口外してはいけない。しかし、お酒が入るとどうしても口が軽くなってしまうようだ。


「まあ、あそこはほとんどの客が騎士だし、みんな大声だから互いの会話は耳に入っていないと思うけれど」

「そうですけれど、規律は守るためにあるものですし」

「ジュンって、とってもいい子ね」


 ウルガスはザラさんに頭を撫でられて一瞬嬉しそうにしていたが、相手が男だからかそっと目を伏せる。


「あら、私では不服なの?」

「いや、以前の髪の長いアートさんならまだしも、最近のアートさんは髪も短くなって男みたいになっていますし」

「だったら、ジュンのために髪を伸ばしてあげるわ」

「いや、いいです」

「遠慮しないで」


 二人のやりとりを見たベルリー副隊長は、ふっと微笑む。私やリーゼロッテも、笑ってしまった。

 ザラさん、馬車の中の雰囲気が暗かったので気を遣ってくれたのだろうか。

 おかげで、気まずい空気は消えてなくなった。

 ここで、ベルリー副隊長が思いがけない提案をする。


「ウルガス、私が撫でてやろうか?」

「ええっ!?」


 ウルガスはキョロキョロと視線を泳がせ、挙動不振な動きをしている。どうしようか迷っているようだ。

 一方、ベルリー副隊長はどっしりと構えている。

 まさか、ベルリー副隊長までこんなことを言ってくるとは。

 ウルガスは撫でてほしいけれど、ベルリー副隊長は上司だし、みたいな葛藤があるようだ。

 だったらと、私は挙手する。


「ベルリー副隊長、ウルガスがいいと言ったら、代わりに私を撫でてください!」

「ええ~~!!」


 今後、ベルリー副隊長に撫でてもらう機会などないだろう。

 ウルガスは撫で撫で権を逃すまいと、挙手した。


「あの、ベルリー副隊長、よろしくお願いいたします!」

「わかった」


 どうやら、本当にしてくれるらしい。羨ましい奴め。

 手招きされたウルガスは、ベルリー副隊長の前にしゃがみ込んだ。


「ウルガスはいつも頑張っている。偉い」


 そう言って、ベルリー副隊長はウルガスの頭を撫でる。

 ザラさんのように優しい手つきではなく、ガシガシみたいな、大型犬を撫でるような手つきだった。

 それでも、ウルガスは嬉しそうだった。

 良かったね!


 と、ホッコリしていたのも束の間。

 ドドドン! と、馬車の車体に何かが連続してぶつかった。軽い衝撃が伝わる。

 馬車はすぐに停車した。


 すぐに、馬車の扉は開かれる。ぬっと顔を出したのは隊長である。

 慣れていなければ山賊に襲われたと勘違いしただろうが、紛う事なき我らが山賊……ではなく隊長であった。


「どうやら、渡り鳥が車体にぶつかったらしい」


 隊長の手には、灰色の羽を持つ小型の鳥が握られている。

 それを覗き込んだのは、リーゼロッテだ。


「この鳥、魔力酔いをしているわ」


 魔力を過剰摂取したので、通常の飛行を行うことができなかったのではと推測する。


 全部で八羽、馬車にぶつかったらしい。すでに、息絶えているとか。


「一羽持って帰って、魔法研究局に提出しましょう」


 渡り鳥の亡骸は革袋に入れられ、私に差し出される。


「おい、リスリス、持っていけ」

「え!?」

「ニクスの中に入れていたら、腐らないだろう?」

「そ、そうですが……」


 なんとなく、魔力酔い状態だったと聞いて怖くなってしまったのだ。

 命じられたからには仕方がないが、一応ニクスにいいかと聞いてみる。


『いいよん』


 いいらしい。

 許可が出たので、渡り鳥をニクスの中に入れた。


「よし、昼食にするぞ」


 停まったついでに、休憩時間にするようだ。


 隊長はぶつかってきた渡り鳥を指差し、私に命じた。


「リスリス、これで何か作れ」

「えっ!?」


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