兎肉団子の雪溶け鍋
猛吹雪が収まるのを待って、山を下っていく。
敷物とガルさんとザラさんの長物武器で作った担架に貴族のお坊ちゃんを乗せて、えっさほいっさと運んで行った。
途中、戦闘になったらどうするんだって話だけれど、指摘をしてみればとんでもないことを言い出す隊長。
「その時はこいつを放って逃げるに決まっている」
「えっ、そんなの酷い!」
隊長はガハハと山賊のような笑い声をあげる。信じられない気分でいたら、ザラさんが「冗談だろうから、大丈夫」と教えてくれた。
顔が凶悪で本気の発言にしか聞こえなかったので、紛らわしい発言は止めてほしいと思う。
外は陽が沈みかけている。早く戻らないと、真っ暗になってしまう。
無駄なことは話さず、真面目にサクサクと降りて行った。
騎士隊の本部に戻れば、貴族のお坊ちゃんはすぐさま医師の治療を受けることになった。
幸い、軽傷で済んだ模様。応急処置が良かったと、看護師のお姉さんに褒めてもらった。
報告を終えたら、貴族のおじさん達もお礼を言いにやって来た。もう、助からない可能性が高いと言われていたらしく、涙を流して喜んでいた。
良かった良かったと思っていたけれど、これで終わりではなかった。
「明日、荷物の回収に行く」
私以外の人達は荷物を放棄していたのだ。貴重品も入っているとのことで、山に取りに行かなければならない。
「あと、雪熊の死骸も確認しておくように言われた」
私とウルガスは同時に「ええ~~……」と叫んだ。
どうやらここに一泊しなければならないらしい。馬車があるので帰れるかと思いきや。
まあ、なんとなくそうだろうなと推測していたけれど。
ウルガスは帰れると信じて疑っていなかったのか、頭を抱え地面に膝を突いていた。
「どうしたんだ? 王都で何かする予定でもあったのか?」
「ないですよ。婚約者もいませんし」
婚約者と聞いて顔を強張らせる隊長。
みんな見ない振りをしていたけれど、朝から頬に真っ赤な手痕が付いていたのだ。今は頬の腫れも引いているけれど。
きっと、「わたくしとお仕事、どちらが大切ですの!?」と言われたに違いない。
是非とも生で見たかった。他人事なので言えることだけど。
ウルガスはまだ、落ち込んだままでいる。
「だったらどうしたんだ?」
「口に合わないんですよ、ここの食事が」
「仕方ないだろう。急ごしらえで整えられた施設だ。料理人なんているわけがない」
確かに、ウルガスの言う通り昼間食べたスープはなかなかパンチがあった。
強いて言えば不味かったのだ。
涙目でウルガスは主張する。美味しい物が食べたいと。
「ウルガス、美味しい物かはわかりませんが、私が何か作りましょうか?」
少なくとも、ここで出される食事よりは美味しい物が作れると思って提案してみた。
「い、いいんですか?」
「ええ、いいですよ」
「ありがとうございます、リスリス衛生兵!!」
ウルガスはポロリと一筋の涙を流していた。そこまで嫌だったのか。
何を作ろうか考えていれば、隊長がいきなり目の前にある物体を出してくる。
「だったら、これを使え」
「ぎゃっ!!」
それは、首のない何かの動物のお肉。多分、大きさからして山兎だろう。
首を刈っただけで、毛皮など剥いでおらず、血抜きだけしていたようだ。
「これ、どうしたんですか?」
「救助の途中、山で狩ったんだよ」
ウルガスと合流できない場合も考えて、食料を確保していたらしい。
私は隊長から山兎を受け取った。
軽々と持っていたが、受け取ったら思いの外重たくてふらついてしまう。
「大丈夫、メルちゃん、疲れているんじゃないの?」
ザラさんが背中を支え、覗き込んできた。大丈夫だと首を横に振る。
まだ、限界ではなかった。
とりあえず、厨房では料理係の騎士さんの邪魔になりそうなので、外で調理する。
一応、隊長には上の方に許可をもらっておくように頼んだ。
ガルさんは薪などを取りに、ウルガスとベルリー副隊長は食材をもらいに行ってくれるらしい。
ザラさんは私のお手伝いをしてくれるとか。
待つ間、兎の解体をする。
まず、後ろ足を縛り、木にぶら下げる。
脚に切り込みを入れ、ぐいぐいと皮を剥いでいった。
「あら、お上手ね」
「うちの父が、兎狩りが得意で」
「そうだったの」
村では、小型動物の解体は女性の仕事なのだ。なので、十歳くらいになればしっかりと仕込まれる。子どもの頃は泣きながら解体していた。
内臓を抜き取り、肉と骨を分けて、雪で揉んで綺麗にしていく。
「ザラさんも慣れていますね」
先ほどからサクサクと、兎を捌いていた。食堂で覚えたのかと思えば、そうではなかった。
「私も、兎ばかり食べていたの」
「そうだったんですね」
どんな料理を食べていたのかと質問すれば、意外な調理法があがる。
「血で煮込むスープとか」
「ええ~!」
なんでも、雪国暮らしは食材の確保が大変で、狩猟で得た獲物の血すら無駄にすることなく食べていたらしい。
「うちの村でも血のソーセージとかは作っていましたが」
「定番よね。血のプティングは?」
「いいえ、聞いたことありません」
血のプティングは家畜の血と香辛料と小麦で作られた物で、当然ながら鉄分が豊富。
木苺のソースを付けて食べるらしい。
「味がまったく想像できないですね」
「う~~ん。失敗したパンケーキって感じ?」
失敗したパンケーキとはいったい……。不思議な食べ物みたいだ。
「パンケーキみたいって、血の味はしないのですか?」
「しないわねえ」
「なるほど」
若干の興味が湧いてしまった。鉄分は不足になりがちなので、ちょっといいかもと思ってしまう。
「こういう話、他の女の子にすると、気持ち悪いって言われるの」
「そうなんですね。まあ、独特な文化はどこにでもありますから」
うちの村だって、豆を腐らせて作る料理がある。それを話せば、ザラさんは驚いていた。
どこででも食べる物だと思っていたら、ある日旅商人に振る舞ったら顔を顰め、「こんな臭い食べ物初めて見た!」と言っているのを聞いて、村の伝統食品だったと発覚したのだ。
「なるほど、豆を発酵させるのね」
「ええ、匂いが酷くて、私は苦手です」
食べてみたいというザラさん。勇気があるなと思った。
解体が終わったところで隊長とベルリー副隊長達が戻って来る。
野外料理の許可が下りたようだ。
私は肉の加工をするので、他の人は野菜を切ったり、火を熾したりとお手伝いを頼む。
まず、鍋に雪を入れ、山兎の骨を入れて出汁を取る。
雪溶けを待つ間、肉を叩いて挽肉にする。今回、柔らかい背骨も一緒に砕いていくのだ。
肉の臭い消しに、香辛料をしっかりと利かせた。
雪が溶けて沸騰した鍋の灰汁抜きをして、骨を取って蒸留酒を入れる。
ベルリー副隊長達が切ってくれた野菜を入れて、しばし煮込んだ。
ごとごとと沸騰してきたら、兎の骨入り肉団子を投入。
再び、灰汁抜きをする。
最後に香辛料で味を調えれば、『兎肉団子の雪溶け鍋』の完成だ。
薄暗い中、角灯の灯りだけを頼りに器に装う。
見回りをしている騎士のお兄さん達の視線がグサグサと突き刺さっていた。
けれど今、私達は空腹>恥じらいになっていたのだ。
食事の準備は整った。
隊長は私の鞄から森林檎酒を取り出す。
「ちょっと隊長、ダメですって!」
「心配するな。お偉いさんがこんなとこまで見に来るわけもないし」
森林檎酒をカップに全員分注いでいく。どうやら共犯者に仕立てる気だ。
食前のお祈りをしたあと、隊長は一人一人、酒の満たされたカップを押し付けていく。
皆、酒の入ったカップを手に苦笑していた。
「今日はよくやった。遠慮せずに飲め」
無許可の素人酒ですが。もういいやと思い、開き直って乾杯した。
疲れた体に、お酒が染み入るようだった。
お酒が弱いウルガスと私は、二杯目に鍋で煮た森林檎酒を飲む。
これも堪らない。
兎鍋もいただくことにする。
スープを一口飲んだ。甘い出汁が出ていてびっくり。隊長の雑な血抜きでも、十分美味しかった。やっぱり、冬の兎は美味なのだ。
お肉は鳥に似ている。肉団子はホクホクで、香辛料もしっかり利いているので臭みもない。骨もコリコリしていて良い食感だ。
皆、無言で食べていた。
どうだったかは、表情を見ればわかる。
お口に合って何よりだと思った。