白身魚のすり身団子とシエル様
森の中でうっかり大英雄に出会う。
こんなことが人生で起こりうるなど、誰が想像できるのか。
「あ、あの……シエル様は、いったい、なぜここに?」
「見てわからぬのか。すろーらいふをしておる」
ですよね! と、そんな言葉は呑み込んだ。
「――と、いうのは冗談で、この辺から怪しい魔力を感じておったので、調査しにきた」
「え!?」
スローライフは冗談だったらしい。とんでもなくわかりにくい。
シエル様はおもむろに、腰に下げていた革袋を手に取って掲げた。
「この魔石が異常な熱を発しておったから、拳で叩き割ったわ」
「叩き割る……え!?」
革袋の中身を見せてもらうと、粉々に砕けた赤い魔石が入っていた。
これを……素手で!? いや、手甲を装着していただろうけれど、それでもすごい。
って、そうではなくて!! シエル様の腕力に驚いている場合ではなかった。
どうやら、アメリアやステラが感じた強い魔力は、この砕けた魔石から発していたものらしい。触れないほうがいいと注意される。
「隊長!」
「ああ」
隊長がシエル様に今回の異常気象の件を説明する。
「リスリス衛生兵、なんか、言われてみたら猛烈な暑さでしたが、ちょっとだけ涼しくなりましたね」
「あ、本当です!」
ウルガスに言われて私も気付く。茹だるような暑さが和らいでいた。
「しかし……原因が魔石って……」
「明らかに、人為的なものよね」
リーゼロッテがズバリと指摘する。いったい誰が? というのは、騎士隊の調査部が調べることになるのだろうけれど。
「おい、アイスコレッタ様が現場まで案内してくれるらしい」
私達は先陣を切るシエル様のあとをついて行くことにした。
シエル様ったら、腕に薬草の入った籠を持ったままだけど。
全身鎧に買い物に使うような籠を持つというのは、不思議な姿であった。
◇◇◇
「――わっ!!」
魔石があった現場の地面には、真っ黒に焦げた樹の周囲に残った魔法陣が残っている。
「ここの樹に、魔石が埋め込まれていた」
完全に埋まっていたようで、見た目だけでは分からないようになっていたとのこと。
シエル様は魔力を感知し、まず、水晶剣で樹を裂いたようだ。
魔法陣を見たリーゼロッテが、小さな声で囁くように言う。
「あれ……性質の悪い魔法だわ。魔石に触れようとしたら、発動して爆発するようになっているの」
「ええっ!?」
ってことは、私達が知らずに近付き、触れていたら大変なことになっていたと?
しかも、仕掛けに気付かないように、隠蔽系の魔法もかけられていたらしい。
「このクラスの魔法だったら、私は見破れなかった……」
「お、おお……!」
シエル様が処理してくれて良かった。私達だけでは、対処ができないものだったようだ。
話をしていた隊長とシエル様が戻ってくる。
「ここから先は、騎士隊の上部と魔法研究局に任せることにした」
「了解です」
あとは帰るだけだと思ったけれど、シエル様にむんずと肩を掴まれた。
「えっと、シエル様、何か?」
「私は、腹が減ったぞ」
「そ、そうですか」
聞けば、朝、私達が出勤したあとすぐにここの森へ調査に向かったらしい。
「とりあえず調査をと思ったのだが、リスリスに教わった健康草を見つけて……」
その後、数時間ほど夢中になって薬草探しをしていたようだ。
「薬草を探す最中、偶然魔石が埋め込まれた樹を発見し、私は本来の目的を思い出した次第である」
「さ、さようで」
ここで、シエル様は本題に移る。
「何が言いたいかというと、朝から何も食べておらず、腹が減ったのだ」
「な、なるほど!」
シエル様は両手で籠を持ち、ソワソワしている。きっと、採った薬草を使った料理を食べたいのだろう。
「隊長、シエル様に料理を作ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。もてなしてやれ」
「ありがとうございます」
ベルリー副隊長とリーゼロッテ、ザラさんは報告のため、先に帰ることになった。
三人を見送ったあと、少し開けた場所まで移動する。途中で、池を発見した。
「ここにしましょう」
少し狭いけれど、水辺のほうが調理しやすい。
水質検査器で調べたら問題ないとのこと。料理に使わせてもらう。
まずは、かまど作りをウルガスに頼んだ。アメリアも協力している。
『クエ、クエクエ!』
「はい、わかりました!」
アメリアが爪先で石を指して指示を出す。それに対し、ウルガスは従順に従っていた。
私は何を作ろうか、シエル様が採った薬草を見ながら考える。
「お、リスリス。この池には、魚がいるぞ」
「あ、本当ですね!」
綺麗な池のようで、魚がスイスイと泳いていた。
「私は、昔から魚を獲るのが得意なのだ」
「へえ、そうなのですね」
大英雄の趣味が釣りとは。意外だ。
「どれ。ここのも獲ってみようぞ」
シエル様は水晶剣をスラリと抜く。
剣に釣り糸を付けて釣るのか? そう思っていたが、違った。
――轟け、雷鳴よ!
呪文と共に、ドン! という大きな音が鳴った。その刹那、魚がプカプカと浮かんでくる。
シエル様がどうだ!? という顔で私を見るので、拍手をしながら言葉を返した。
「た、大漁ですね」
「だろう!」
そんなわけで、シエル様の食事は魚料理に決まった。今、この瞬間に。
「すろーらいふ中は、魚、肉、魚、肉と順番に食べていたぞ」
「さすがです。偉いですね」
褒めると、シエル様は胸を張る。きっと、兜の下ではしたり顔に違いない。
ステラは前脚を伸ばし、魚を地上に上げる手伝いをしてくれた。
「偉いぞ、ワン公」
『クウ!』
シエル様に褒められたステラは、恐縮ですと言わんばかりであった。
ワン公呼ばわりは欠片も気にしていない。
池の魚は、一メトルほどの大物が一匹。あとは、半メトルほどの魚が三十くらいか。
一度では食べきれない。
「ふむ、困ったな」
「アイスコレッタ様、こういうのは、ギルドに持って行ったら、買い取ってくれますよ」
ウルガスが教えてくれる。
「ウルガス、ギルドってなんでも屋なんですか?」
「違います。冒険者の仕事を斡旋する場所で、魔物の骨から木の実まで、なんでも買いとってくれるのですよ」
「なるほど!」
ギルドの話に、シエル様は食いつく。
「すろーらいふで得た物が、金になるのだな!」
「登録が必要になりますが」
なんでも魔力を測り、職業を登録しなければならないようだ。
「異国の貴族であり、大英雄たるアイスコレッタ様が登録するのは難しいだろう」
隊長の言葉を聞いたシエル様は、しょんぼりと肩を落とす。
なんだろうか……全身鎧で表情など見えないのに、喜怒哀楽がわかる不思議。
「なんだったら、俺が代わりに登録しますよ」
「よいのか?」
「はい」
シエル様は再びピンと背筋を伸ばし、ウルガスの手を握ってぶんぶんと手を振る。
「さすが、私のはーれむの一員だ。偉いぞ!」
「あ、ありがとうございます。光栄です」
シエル様、良かったね! と、やりとりを見てほのぼのしている場合ではない。調理に取りかからなければ。
まず、一番大きな魚を捌く。
「シエル様は今まで、どんなふうにして食べていたのですか?」
「そのまま、魔法で炙っていた。生臭くて、食べられたものではなかったが、これこそがすろーらいふだと、実感していた」
「な、なるほど」
とりあえず、私のやり方を教えることにした。
「まず、お腹を裂いて、内臓などを抜きます。そのあとは、綺麗に血を落として、三枚におろすのです」
獣も魚も、血が臭いんですよと、教えておく。
「そうだったのか……!」
シエル様は地面の上に正座して、じっと魚を捌く様子を見ていた。
ニクスの中から大きなすり鉢を取り出す。これに、白身の切り身と健康草、薬草ニンニク、塩胡椒、千切ったパンを入れて擂る。
「けっこう、力が、いるのですが……」
「リスリス、私が代わろうぞ」
「ありがとうございます」
シエル様が数回擂っただけで、材料は潰れていい感じになった。
続いて、ウルガスとアメリアが用意してくれたかまどに鍋を置く。
そこに、先日作った猪豚油をポトンと落とした。
「なんだ、この白い塊は? バターではないな?」
「猪豚の背脂から作った油ですよ」
「ぬう! 手作りの油とな。猛烈に気になる!」
「今度、作り方お教えしますね」
「頼んだぞ」
「お任せください」
だんだんと、猪豚油は液体になっていく。
そこに、擂った魚の白身を丸めて落とす。
ジュワジュワと音を立てながら、揚がっていく。
沈んでいた白身がプカプカ浮かぶようになったら、油から上げる。
油を切って、ガルさんが採取してくれた葉っぱの上に盛り付けた。
「巨大魚のすり身団子です!」
祖父や父の酒のつまみによく作っていたものだ。酒に合うと言っていたので、料理用に買っていた赤葡萄酒を添えておく。
「シエル様、どうぞ」
「うむ。ありがとう」
シエル様はきょろきょろと何かを探しているようだった。
「あの、何か?」
「いや、フォークがないと思って」
「あ! すみません。父や祖父は手掴みだったもので」
一口大の大きさだったので、すっかり失念していた。シエル様は、大貴族なのだ。手掴みで食事なんかしない。
ニクスを探りフォークを探していたら、手で制される。
「手で摘まんで食べるのが、礼儀なのだろう? だったら、それに従おうぞ」
「えっと、そういうわけではないのですが……」
「よいよい、気にするな」
そう言って、シエル様はすり身団子を摘まんで、口まで運んだ。
「あ、熱っ……!」
揚げたてなので、仕方がない。
はふはふと、舌の上で冷やしながら食べているようだ。
熱い口の中は、赤葡萄酒で冷やす。喉が渇いていたようで、一気飲みをしていた。
「な、なんだこれは! うまいぞ!」
シエル様は私のほうを見て、感想を言ってくれる。
「表面はカリカリで、中は噛んだら白身の旨味が弾ける。健康草を入れているからか、臭みはまったくなく、あふれ出る汁は上等なスープを飲んでいるようだった。それに、なんと言っても、この酒に合う!」
おいしかったようで、ホッとした。
隊長が羨ましい表情でお酒を見ているけれど、任務中なのでいけません。
シエル様にお代わりを注いだあと、死角となる場所に隠しておいた。
その後、シエル様はすり身団子を食べ、お酒を飲む。ひたすら、それを繰り返していた。
「最高だ……! リスリス、すろーらいふは素晴らしい」
「はい!」
喜んでもらえたようで、何よりである。
「おい、ガル。今日は、飲みに行くぞ」
隊長はそんなことを言っていたが、騎士隊へ報告してから行ってくださいねと釘を刺しておいた。