挿話 メルの誕生会を開こう!
「大変、大変なの!!」
リーゼロッテが休憩所の扉を蹴破らん勢いで開ける。
中にはウルガスとガル、ザラがいた。
「どうしたんですか? リヒテンベルガー魔法兵?」
「とにかく、大変なの!」
「それはわかりましたが?」
「リーゼロッテ、あなた、一回息を整えてからにしたら?」
ザラの指摘にリーゼロッテは胸に手を当てて、息を吸って吐くを繰り返した。
瓶詰めスライムのスラが、茶の入ったカップを差し出す。
リーゼロッテは受け取って、上品に飲み干してから慌てていた理由を話し出す。
「あの、あのね、わたくし、知らなかったのだけれど、メルが、一週間後、誕生日なのですって。ご存じ?」
「そうなんですね。俺、知らなかったです」
「私もよ」
ザラやウルガスは言ってくれたらよかったのにと口々に言っていたが、言わなかったのは理由があったようだ。
「あのね、メルの家は大家族だから、誕生日を祝わないのですって」
誕生日のケーキはもちろんのこと、贈り物や豪華な食事も出ることはなかったらしい。
「わたくし、知らないで、去年の誕生日パーティーの話をしてしまったの」
「誕生日パーティーですか」
「さすが、侯爵令嬢ね」
リーゼロッテは姿勢を正しながら言う。
「それで、みんなに提案があるの。よかったらなんだけれど、メルの誕生会をしたくて」
「いい考えね!」
「俺も、リスリス衛生兵には世話になっているので、お礼の気持ちを込めてパーティーしたいです」
ガルやスラも同意した。やる気を見せている。
「だったら、私の家でやりましょう! 使用人に手伝ってもらって、たくさんの料理と見上げるほどに大きなケーキを――」
リーゼロッテの提案に、ザラが待ったをかけた。
「待って。そんな大がかりなパーティーを開いたら、メルちゃんは困ると思うの」
その意見に対し、ウルガスが同意を示す。
「たしかに庶民派のリスリス衛生兵は、大がかりなパーティーよりも、ここの休憩所でするみたいなささやかな誕生会のほうが喜ぶかなと」
「え、そうなの?」
ザラやウルガスだけでなく、ガルやスラまで頷いていた。
「誕生日パーティーって言ったら、大広間で大きなケーキとお父様と使用人に祝ってもらうものだと思っていたけれど」
「それは、リヒテンベルガー魔法兵のお家だけかと」
「だったら、ここの休憩所で、メルのサプライズパーティーを開きたいわ! いい?」
皆が頷くと、リーゼロッテは立ち上がる。すぐに、ルードティンク隊長とベルリー副隊長に許可を取りに行った。
数分後、戻ってくる。
「ルードティンク隊長と、ベルリー副隊長も参加してくれることになったわ! あと、ここも使っていいって!」
「だったら、料理は私に任せて」
「俺、ここの部屋の飾りつけをします」
ガルとスラも、部屋の飾りつけ係をすることになった。
「私は、ケーキを作るわ。使用人と!」
なるべく自分で作れるように頑張ると、リーゼロッテは気合とやる気を見せていた。
「じゃあ、私はパーティーの日は半休を取って、午後から料理するわ」
「俺もそうします」
「だったら、メルが休憩所に入れないようにしなきゃね」
「でも、それって難しいですよね~。休憩所で休むなとか、気の毒すぎます」
ここで、ルードティンク隊長とベルリー副隊長が部屋に入って来る。
「リスリスには、午後から研修会に行くように言っておく。その間に準備すればいい」
「隊長、さすがです!」
「ま、偶然だけどな」
「私は研修から戻ってきたリスリス衛生兵を、引き受ける役目をしよう」
「そうだわ! メルの妹も呼びましょう。きっと喜ぶわ」
話はまとまった――と、ここで休憩所の扉が開く。
「お疲れ様です」
入ってきたのはメルだった。
リーゼロッテは驚いて、ビクリと肩を震わせる。
「リーゼロッテ、どうしたのです? 驚きすぎですよ」
「え、ええ。そ、そうね」
リーゼロッテは明らかに挙動不振であった。どうやら彼女は、隠し事ができないタイプらしい。
「すみません、扉を叩いてから入ったらよかったですね」
しかし、リーゼロッテ以上にメルは鈍感であった。まったく不審がっていない。
皆、ホッと胸を撫で下ろす。
この日はこのまま解散となった。
◇◇◇
夜。リヒテンベルガー侯爵家の厨房は、焦げ臭い煙で包まれていた。
「けほっ、けほっ! ど、どうして……?」
リーゼロッテは料理の本を読み、自分でケーキを作りたいと言い出したのだ。
その結果がこれである。
ケーキとおぼしき物体は、真っ黒だった。
頭を抱える彼女に、侯爵家の料理人が恐る恐る話しかける。
「お、お嬢様、作り方をお教えするので」
「え、ええ。そうね」
リーゼロッテのケーキ修業が始まった。
◇◇◇
終業後、ザラとルードティンク隊長は宝飾店にいた。
「よかった! 仕事終わりだと、このお店閉店しているのよね!」
「お前は、人使いが荒いな」
「この前、付き合ってあげたでしょう?」
「まあ、そうだが」
閉店した店を、ルードティンク隊長が交渉を持ちかけ、開けてもらったのだ。
どうやらここで婚約指輪を買ったようで、大歓迎された。
「ふふ、どれも綺麗……。どれにしようかしら?」
「おい、あんまり高価な物は止めておけよ。引かれるから」
「わかっているわよ」
時間をかけて選んだのは、小粒のガーネットが付いた指輪である。
「いや、ザラ。指輪じゃなくて、他の物にしたほうがよくないか?」
「え、どうして? これ、そこまで高くないけれど」
「婚約者でもない男からの指輪は、正直重たい」
「そうなの?」
「常識だ」
ルードティンク隊長は明後日の方向を向き、ザラは険しい表情となる。
「あの……お前さ、女と付き合ったことあるのか?」
「なんで?」
「いや、なんつーか、遊び慣れているようには見えないっていうか」
第二部隊に入る前は、ものすごく遊んでいると思っていたらしい。しかし、いざ一緒の部隊に入ってみると、それらしい形跡がない。
「案外、真面目なんだな~っと」
「私は身持ちが固いの」
「なるほどな」
ザラは重たくない贈り物を選んだ結果――サファイアの粒が付いた万年筆に決めた。
「メルちゃん、幻獣の飼育日記書いているって言っていたし、これだったら重たくないわよね?」
「少々値段が高いが、これだったらリスリスも気付かないだろう」
こうして、ザラの贈り物は無事に決まった。
◇◇◇
ベルリー副隊長はメルの妹、ミルを誕生会に招待することにした。
見習い騎士の宿舎では、女性騎士がやって来たとちょっとした騒ぎになっている。
「お話ってなんですか? と、聞きたいところだけど、ここじゃちょっと……」
皆、窓からベルリー副隊長を覗いている。一人や二人ではない。ざっと、三十名ほどの騎士見習いが、憧れと尊敬の眼差しを向けていたのだ。
「よかったら、街に食事に行かないか?」
「え!?」
「門限は十時だったな?」
スマートな誘い文句に、ミルは頬を赤く染めながらコクリと頷いた。
移動した食堂で、事情を語る。
「お姉ちゃんの誕生日ですか!」
「ああ。よかったら、来てくれないかと思って」
ベルリー副隊長の誘いに、嬉しそうに頷く。
「私も、お姉ちゃんに贈り物買って、渡します」
「ありがとう。リスリス衛生兵も、きっと喜ぶ」
「はい!」
翌日。人気の女性騎士であるベルリー副隊長と食事に行ったミルは、見習い騎士達の中で時の人になったりしたとか。
◇◇◇
ウルガスは雑貨屋で、真剣に贈り物選びをしていた。そこを、知り合いの騎士に発見される。
「ジュンじゃねえか! どうした、彼女の贈りもん選びか?」
「いや、彼女じゃないし」
「恥ずかしがるなって」
雑貨屋で贈り物を買うのは、モテない男のすることだと言われてしまった。
「ここは童貞の来る店だ」
「うるさ~い!」
「いいだろ? 今、彼女いるんだから」
「だから、違うってば!!」
結局ウルガスは、女性に人気の小物屋でメルへの贈り物を買うことになった。
◇◇◇
ガルは昼休み、スラと共に中庭の除草作業を買って出た。
そこで、木に絡まっている蔓や、小花の苗を集める。もちろん、責任者に許可は得ている。
除草作業ついでに集めた物は、メルの誕生日の飾りに使うのだ。
集まった素材を眺めるガルとスラは、達成感に満たされていた。
◇◇◇
リーゼロッテは突然、アメリアとステラに呼び出される。
いったい何事かと思えば、アメリアが石を銜えていた。
「――え? 何、これ?」
石の隙間から光る物を発見し、リーゼロッテは驚く。
「もしかしてこれ、宝石の原石?」
『クエ!』
『クウ』
どうやら、アメリアとステラが探しに行った物らしい。
『クエ、クエクエ』
『クウ、クウ』
「もしかして、メルの誕生日にこれで何か作りたいの?」
正解だとばかりに、アメリアは翼をバサァと広げた。
「わかったわ。知り合いの魔技巧師に頼んで、何か作ってもらうから」
『クエ!』
『クウ!』
アメリアとステラは、リーゼロッテへ頭を深く下げたのだった。
数日後、宝石の原石はアクアマリンだということが発覚する。
小粒ではあるものの、メルの瞳の色に似た綺麗な品だった。
魔技巧師はそれで、アクアマリンを嵌め込んだティアラを作る。
その出来栄えに、アメリアとステラも大満足していた。
◇◇◇
別の日。リーゼロッテはアルブムに呼び出された。
『ア、アノ~、誕生会、アルブムチャンモ、誕生日オ祝イシタイナッテ』
贈り物も用意していると言う。
『イイ?』
「ええ、もちろんよ。賑やかなほうが、メルは喜ぶから」
『ヤッタ!』
アルブムまで、誕生会に参加することになった。
◇◇◇
そして、メルの誕生日当日を迎える。
「ベ、ベルリー副隊長、どうしたのですか?」
「いいから、ちょっとこっちに来てくれ」
研修から戻ってきたメルは、ベルリー副隊長に手を引かれて休憩所へと向かっていた。
「リスリス衛生兵、休憩所に入ってくれないか?」
「え?」
「早く」
「あ、はい」
メルはベルリー副隊長の言葉に従い、休憩所に入った。
「リスリス衛生兵、おめでとうございま~す!」
「え~~!?」
そこは、いつもの休憩所と思えない場所となっていた。
カーテンや天井は蔓や花で飾られ、机の上には大きな二段のケーキと、ごちそうが並んである。
それから、第二部隊の隊員達と、アメリアにステラ。それから、アルブムまでいる。
妖精鞄のニクスも、きちんと椅子に座るように置かれていた。
瞳が零れそうなほど目を見開いて驚くメルに、リーゼロッテは近づく。
「メル、お誕生日おめでとう。これは、アメリアとステラから。二人で、綺麗な石の原石を探したみたい」
「わっ……綺麗。こんなの、いつの間に」
「すごいでしょう?」
そう言いながら、リーゼロッテはメルの頭にティアラを挿し込む。
「とっても似合っているわ」
メルはアメリアとステラに抱きつきに行った。二体の大型幻獣の陰より、一人の少女が跳び出す。
「じゃ~ん! お姉ちゃん、私もいるよ!」
「ミルまで!?」
ミルは手にしていた、赤いベルベット生地のマントをメルに着せた。黒いリボンを、胸の前で結ぶ。
「これは?」
「私が作ったの。今日はお姉ちゃんが主役だから」
「ミル……」
妹ミルが贈ったのは、女王陛下が戴冠式で被るようなマントである。メルは胸がいっぱいになったようで、震える声で礼を言っていた。
「みなさん、ありがとうございます。私のために……こんなに。部屋の飾りも、とっても綺麗で……!」
「いいから座れよ」
「隊長……!」
感激しきっているメルに、贈り物を手渡す。
「メルちゃん、これ、気にいってくれるといいんだけれど」
「ザラさん、ありがとうございます」
メルは包装紙を開けて、箱を開ける。中から出てきたのは、小粒の青い石が散りばめられた万年筆であった。
「わ、綺麗です! 嬉しい……。ありがとうございます」
「気に入ってくれて、嬉しいわ」
続いて、ウルガスがもじもじしながらメルに贈り物を手渡す。中身は、石鹸であった。
「ウルガス、ありがとうございます!」
「いえいえ~」
次に、ガルとスラが贈ったのは、チョコレートの詰め合わせだった。
箱にリボンを巻いたのはスラの仕事だったらしい。
「包装もすごくかわいいです! チョコレートも大好物です。ガルさん、スラちゃんさん、ありがとうございます!」
ルードティンク隊長が差し出したのは、ウサギのぬいぐるみであった。
「お前にぴったりだろう?」
「ありがとうございます。かわいいです。しかし、これを隊長が買いに行ったのですか?」
どんな顔をして買いに行ったのか。メルは気になって仕方がないようだった。
「いや、うちに出入りしている商人から買ったんだよ」
「なるほど。さすが、貴族の息子!」
うさぎのぬいぐるみを椅子に置いた途端に、リーゼロッテが細長い木箱を差し出す。
「これ、わたくしとお揃いで買ったの」
なめらかな生地が内張りされた木箱の中身は、真珠の首飾りだった。
「これ……綺麗です」
「きちんと、騎士隊で働いた給料で買ったのよ?」
「そうだったのですね……。とても、嬉しいです!」
リーゼロッテは騎士隊の制服の下に真珠の首飾りを付けていたようで、メルに見せる。
メルも、木箱から取り出して首からかけてみた。
「メル、似合っているわ」
「リーゼロッテも。ありがとうございます」
次に贈り物を差し出したのは、アルブムだった。
「コレ、アルブムチャンガ拾ッタ、木ノ実!」
葉っぱに包まれ、蔓で綺麗に結んである。
「わっ、これ、おいしい木の実です。アルブム、ありがとうございます!」
礼を言われたアルブムは、満更でもないといった感じでいた。
最後に、ベルリー副隊長が贈り物を差し出す。
なんと、メルの年齢分――十九本の薔薇の花束であった。
「ベルリー副隊長! こ、これは!」
「リスリス衛生兵に相応しいと思って」
「あ、ありがとうございます。綺麗で……いい香りです」
部屋で楽しんだら、花びらは砂糖煮込みにして楽しむと言っていた。実にメルらしい、薔薇の花の楽しみ方であった。
「みなさん、本当に、ありがとうございます。初めての誕生会が、こんなに素敵だなんて、私は幸せ者です!」
メルは深々と頭を下げ、感謝の気持ちを口にしていた。
「メルちゃん、このケーキ、リーゼロッテが作ったの」
「二段のケーキ、初めて見ました」
「わたくしがメルのために、頑張ったの。大きい一段目を作ったのはうちの料理人だけれど、二段目の小さいほうはわたくしが作ったのよ」
「素晴らしいです。あと、おいしそう」
「ごちそうは、ザラ・アートが作ったのよ」
「すっごく、おいしそうです!」
ザラが作ったのは、鳥の丸焼きと猪豚挽き肉のパイ、キノコと燻製肉のスープに、魚の煮込み、二枚貝のオリヴィエ油ソースがけ、串焼き肉と一人で作ったとは思えない量であった。
「昨日から、下ごしらえをしていたの。午後からは半休だったし」
「さすがです」
葡萄酒で乾杯し、料理に舌鼓を打つ。
どれもおいしく、笑顔が絶えない誕生会となった。