背脂のカリカリチャーハン
旧エヴァハルト伯爵邸への引っ越しはもう少し先となる。
よって、私はリーゼロッテの家に滞在していた。
アメリアはリヒテンベルガー侯爵家での生活を、しっかり堪能している。
羽や毛並みもツヤツヤになって、嬉しそうだった。
ステラは遠慮しつつも、心優しい侍女さん達に心を開きつつあった。
シエル様は私が教えた料理に挑戦しているらしい。朝、コメルヴと共に、スキップしながら侯爵家の庭にある薬草園へ足を運んでいた。
全身鎧のスキップはなかなかの迫力で……。夜中に見たらビックリして泣く自信がある。
そんなことはさて置いて。
今日はソーセージ作りに挑戦するのだとか。楽しそうで何よりである。
私はリーゼロッテと共に、出勤した。
リーゼロッテはアメリアに跨り、私はステラに跨る。
「ステラ、今更ですが、私って重くないですか?」
『クウ、クウ!』
なんと、私は羽根のように軽いらしい。
「あ、ありがとうございます。だったら、よかったです」
アメリアに跨ったリーゼロッテは言うまでもなく、嬉しそうだ。耳まで真っ赤にさせて喜んでいる。
まあ、なんだ。よかったね。
途中でザラさんと合流し、第二部隊の騎士舎へ到着した。
本日は会議やら、研修やらでみんな散り散りになる。
買い出しに出かけようとしていたら――隊長に呼び止められる。
「おい、リスリス! また武器を忘れてんぞ!」
「あ、そうでした」
隊長より、先端にトゲトゲの鉄球が付いた武器、プロイ・ステラを受け取った。
購入したのはよかったけれど、重たくて持ち運んでいなかったのだ。
「まったく、騎士の癖して手ぶらで行くなんて」
「す、すみません」
「これ、お前には重すぎるんだよ」
「ですね」
もっと軽い武器を探さなければならないのか。今度、武器屋に行ってみよう。
さあ、今度こそ出発! と思っていたら、ザラさんが駆けて来る。
「メルちゃん、ニクスを忘れているわ!」
「そうでした!」
妖精鞄ニクスを受け取り、プロイ・ステラを背負って買い物に出かけた。
◇◇◇
数日街を離れていただけで、王都の景色は変わっていた。
木々は濃い緑に染まり、人々の服装も軽装になっている。
もう、すっかり夏だ。
太陽の光がじわじわと、肌を焼くようだった。それくらい、強い日差しである。
市場は活気があった。今日は大安売りの日である。
小麦粉はまとめ買いをして、第二部隊の騎士舎まで届けてもらうことにした。
今日は肉が高い。安売りの日なのにどうしてなのか。肉屋のおじさんに聞いてみる。
「最近ねえ、ずっと暑いだろ? 家畜の食欲が落ちて、出荷できる重さになっていないんだよ。それに、この暑さですぐに腐ってしまって」
「そうだったんですね」
今日は特に暑い。この環境だったら、食べ物も喉を通らないだろう。
「今年の夏は異常だよ。いつもは、こんなに暑くない」
フォレ・エルフの村はここまで暑くなかった。これが、都会の夏なのかと思っていたが、そうではないらしい。
「氷屋も、売り切れ続出で、今日はもう買えないらしいよ」
「そ、そんな~」
食材は氷室で保管する。ここには、魔法で作った氷が不可欠なんだけど、売り切れとな!?
魔法で作った氷は解けにくく、長持ちする。
この暑い中、大人気を通り過ぎて入手困難になっているようだ。
「氷が買えないって、どうすればいいのか」
『ニクスの中に入れたらいいよん』
「そうでした」
ニクスは耳をピンと立て、尻尾を振りながら話しかけてくる。
すっかり忘れていたが、ニクスには保冷機能があった。騎士舎で調理する時には使っていなかったけれど、これからは使わせていただこう。
「それでお嬢ちゃん、今日はどうするんだい?」
「うっ……」
ここまで話を聞いておいて、何も買わないわけにはいかない。
「でしたら、猪豚の背脂を下さい」
これだったら安い。価格も以前とあまり変わらなかった。
「はいよ! 猪豚の端肉をおまけしておいたから」
「わあ! ありがとうございます」
「いいってことよ。お嬢ちゃん、お使いがんばりなよ」
「あ、はい……」
おじさんには、胸に輝くエノク騎士隊のエンブレムが見えていないのか。まるで、子どものお使いのように言ってくれる。
まあいい。おまけをしてくれたから。お礼を言って、立ち去る。
そのあと、魚屋で大帆立を買った。殻の中の身は私の手のひらよりも大きいらしい。楽しみだ。
あとは、白米が大売り出しだった。もうすぐ新米の時季になるので、去年の物を安くしているようだ。たくさん購入する。
ここで、白米もニクスの中に入れたらいいのではと気付いた。
先ほどまで忘れていて、小麦粉は配達を頼んでしまった。申し訳なく思う。
『武器も、入れたらいいよん』
「ああ、なるほど!」
正直、プロイ・ステラは重た過ぎて、姿勢が前のめりになっていたのだ。
ありがたく、鞄の中に入れさせてもらう。
「お嬢ちゃん、その量の白米は鞄に入らないよ」
「大丈夫です」
おじさんはどうやら、プロイ・ステラを入れるところを見ていなかったらしい。
ニクスを広げ、買った白米を入れるように頼む。
「ええ、無理だと思うけれど……」
おじさんはそんなことを呟きつつも白米を持ち上げ、ニクスに近付けてくれた。
すると、魔法陣が一瞬浮かびあがり、白米は消えた。
「わっ、本当に、中に入った!」
「魔法の鞄なんです」
「なるほど、そういうわけか」
ニクスは耳をピコピコと動かし、おじさんに話しかけた。
『まだまだ入るのねん』
「うわっ、喋ったし、動いた!」
ニクスは尻尾を振って喜んでいるように見える。おじさんをからかって遊んでいたようだ。妖精らしい行動というか、なんというか。
「ニクス、びっくりさせたらダメですよ」
『わかったよん』
白米屋のおじさんに謝罪し、店を出る。
トボトボ歩きつつ、汗を拭う。今日は本当に暑い。
そんなことを思っていたら、ニクスが冷たくなっていく。
『冷え冷えにしといたよん』
「わあ、ありがとうございます! 冷たくて、すっごく気持が良いです!!」
私はニクスを抱きしめ、頬ずりする。ヒヤリとしていて、体の熱が引いて行く。
ニクスは呪いが解けて、いろいろできるようになったみたいだ。
このまま抱きしめて帰りたかったが、周囲より不審者を見るような視線が集まる。
どうやら、独り言を言う怪しい人物に見えていたようだ。
暑いけれど頭巾を被り、小走りで騎士舎へ戻った。
◇◇◇
久々の保存食作りである。腕まくりをして、調理を開始した。
まず、ニクスの中から猪豚の背脂を取り出し、角切りにしていった。量が多いので、なかなか大変だ。
まず、鍋に水を入れる。沸騰したら、大鍋の中に角切りにした背脂を炒める。
ジュウジュウと炒めているうちに、灰汁が浮かんでくるので掬った。その後、水は蒸発して鍋の中が油でひたひたになる。背脂は揚げているような状態となり、カリカリになる。
背脂が焦げる前に、鍋から取り出した。
ここでできた油は丁寧に濾す。
「リスリス衛生兵、なんかいい匂いがしますね」
肉が揚がる匂いに反応してやって来たのは、ウルガスだ。
「これを作っていたんですよ」
私が指差した大鍋を、ウルガスは覗き込む。
「えっと、こっちの揚がったお肉ではなく、油のほうですか?」
「そうです」
これは、猪豚油という、手作りの油だ。
「肉の旨味が溶け込んでいまして、これを使って料理を作ると、コクが出ておいしいのですよ」
「へえ、そうなんですか」
氷室の中で一晩寝かせると、白い固体となる。持ち運びも便利な油なのだ。
「でも、俺にはこっちの揚げた物のほうがおいしそうに見えます」
「油かすですけれどね。これはみんなの昼食に使おうかなと」
「わあ! 楽しみにしています」
ウルガスと別れ、さっそく昼食作りに取りかかる。
まずは、第二部隊の人数分の白米を炊く。これは、以前遠征用に購入していた物だ。
三ヶ月に一回食材の入れ替えをしなければならないので、昼食用に使う。
白米が炊けるのを待つ間は、パンの仕込みをしたり、大帆立の下ごしらえをしたり。
大帆立は燻製にするのだ。本当に、中の身は私の手のひらよりも大きくて驚いた。
白米が炊けたら、本格的に昼食の準備に取りかかる。
まずは、猪豚油を作った鍋で薄く切った薬草ニンニクとおまけで貰った肉を炒める。ここに、乾燥野菜の残りを投下。
続いて、白米を入れて炒める。最後に、カリカリになるまで揚げた背脂を入れて混ぜたら完成だ。
題して、『背脂炒め飯』の完成である。
ふわふわの卵を入れてもおいしいけれど、今日は残り物で作るという条件があったので入れなかった。
大鍋にいっぱいの炒め飯を見て、ちょっと作り過ぎたかと思う。
まあいいかと思い、休憩所に鍋ごと持って行った。
みんなを呼んで、昼食の時間とする。
「おっ、なんかうまそうな匂いがするな」
さっそく反応を示したのは隊長だ。
「俺、これを励みにさっきまでお仕事していました!」
ウルガスは目を輝かせながら言う。期待しすぎて大変なことになっていた。
研修に行っていたザラさんやガルさんも戻って来る。執務室で仕事をしていたリーゼロッテとベルリー副隊長もやって来た。
全員揃ったので、食前の祈りを捧げたあと、食事の時間とする。
ベルリー副隊長は、不思議そうな表情で鍋を覗き込んでいた。
「これは、初めて見る料理だな」
「焼き飯というらしいです」
実は、先ほど白米屋のおじさんから作り方を聞いたのだ。古くなった白米は独特の風味があるので、焼き飯にしたらおいしいと。
さっそく食べた隊長が、感想を言ってくれる。
「白米はパラパラで、一粒一粒に香ばしい味わいがある。なんといっても、このカリッカリの肉がうまい! 白米に死ぬほど合う!」
隣に座るウルガスが、隊長の言葉にコクコクと頷いていた。
「なんでしょう……これ、どうしてこんなにおいしいのか……」
「さきほど作った猪豚油を作った鍋で炒めたのです」
「なるほど! 肉のおいしさがたっぷり染み込んだ油を使ったからなんですね」
ウルガスは気に入ったようで、何度もおいしい、おいしいと呟いていた。
ちょっと作り過ぎたかも……? と思っていたけれど、あっという間に大鍋の炒め飯はなくなった。気持ちいいくらいの食べっぷりである。
遠征残り物ごはんは大成功だった。