リヒテンベルガー風・薬草ソーセージ
まず、摘んだばかりの薬草の保存方法をシエル様に説明した。
「健康草はまず、乾燥させなければなりません」
「うむ」
室内に移動しても、シエル様の金ぴか甲冑は眩しい。直視しないようにしながら、話をする。
「摘んだものはこうやって、束にしてですね」
健康草は一つにまとめ、風通しのいい場所で乾燥させる。
「注意すべきは湿気です」
湿気が多いところだと茎部分が乾燥せずに、カビがきたり変色したりするのだ。
「カビたものを食べたら、お腹を壊します。注意です」
「な、なるほど」
ちょっとした不注意で健康を害したりするのは馬鹿らしいだろう。その辺もしっかり教えておいた。
「この薬草は、他にどのような料理に使えるのだ?」
「主に肉料理ですね。油っぽさを抑える効果があるので」
「ふうむ」
「変わった食べ方だと、バターを塗ったパンに生の健康草を乗せて、かまどでカリッと焼いて食べるとか」
「生のままでもうまいのか?」
「ちょっと火が通りますけれど、味は……意識高い感じがします」
「よくわからぬ」
「すみません」
私も健康草トーストは、街の喫茶店で初めて食べたのだ。なんか、オシャレな女性が食べてそうな味がしたのだが、それを表す言葉が見つからない。
「実家にいる時は、美容液を作っていましたよ」
摘みたての健康草を、酒精に漬け込んで作るのだ。肌がしっとりなって、翌日はツルツルになっていた。
「美容液か……今度試してみよう」
シエル様は、教えたことをどんどん吸収している。しかし、美容液を塗っている様子を想像して、笑ってしまった。
肌に塗っているのではなく、鎧に塗っている姿を思い浮かべたからだ。
「どうしたのだ?」
「いえ、なんでもないです。え~っと、他には歯磨き粉とかも作れますよ」
材料は健康草に薄荷草、重曹と塩。
「これらの材料を健康草多めに入れて、乳鉢で擂るだけです」
健康草には殺菌力があるので、虫歯の予防になるのだ。
「あとは、石鹸を作ったり、うがい薬を作ったり」
「一つの薬草で、さまざまな活用法があると」
「そうですね」
「素晴らしい。素晴らしいぞ、リスリス!」
「あ、ありがとうございます」
こう、手放しに褒められてしまうと、照れてしまう。フォレ・エルフの村で習った知識は、無駄ではなかったのだ。
「さて、そろそろソーセージを作りましょう」
「そうだったな」
今回は腸を使わないソーセージを作ることにした。
「ふむ、自然志向だな」
「はい」
肉を使っている時点で自然志向でもなんでもないけれど、気にせずに作る。
「材料は猪豚肉、玉葱、薬草ニンニク、牛乳、塩、砂糖、酒、柑橘汁、香辛料に薬草が数種」
まず、玉葱と薬草ニンニクを擂り下ろす。
「どれ、私がやろう」
「え、でも、キツイですよ?」
「いいから貸せ」
「では、お願いいたします」
シエル様が玉葱を擂ってくれるようなので、私は猪豚を挽き肉状にする。
が、数秒後――。
「ウッ、なんだこれは!!」
玉葱が目に染みたようで、シエル様は悶絶していた。
「ぐう、耐えきれん! 結界を張る!」
途中でシエル様は水晶剣を取り出し、玉葱の周囲に結界を張ったようだ。
「ふっ、これで大丈夫だろう。…………ふはは、染みなくなったぞ!」
なんだろう、この、魔法の無駄遣いは。本人がいいようなので、いいのか。
「次に、材料をすべてボウルに入れて、粘り気が出るまで練ります」
完成した生地は細長く伸ばし、煮沸消毒した布に包んで両端を結ぶ。
「この状態で、一度茹でます」
グラグラと茹った鍋に、ソーセージの生地を入れてしばし煮込む。
二十分ほどで、茹で上がるのだ。
「完成しました。『健康草のソーセージ』です!」
カッコよく、リヒテンベルガー風とでも言っておこうか。単に、侯爵家の庭で採れた健康草を使っただけだけど。料理名が長くなると、高級感が増す。
「これは焼いても、燻製にしてもおいしいのですが、一番おいしいのは茹でたてです」
布を取り、ほかほかのソーセージをシエル様に差し出した。
「おお……これが、手作りのソーセージ!」
ソーセージが載った皿を持ったシエル様はきょろきょろと辺りを見回す。
椅子を見つけ、駆けて行った。どうやら、立ったままで飲食はできないらしい。お行儀が良くて、感心した。
「リスリス、こちらへ参れ。食べるぞ!」
「はい!」
私もできたてのソーセージを皿に置いて、シエル様の隣まで駆けて行った。
「いざ!」
「どうぞ!」
シエル様はフォークをソーセージで刺す。すると、ジワリと肉汁が溢れてくる。
「おお……!」
何やら期待が高まっているようだけど、庶民の味だ。果たして、口に合うのか。
シエル様は兜の口部分を開けて、パクリとソーセージを食べる。
「むうっ!!」
表情が見えないので、おいしいのかまずいのかわからない。
ドキドキしながら見守る。
シエル様はそのまま、無言でソーセージを食べ進めていった。
「えっと、どう、でしたか?」
「想像のはるか上を越えるうまさだ!!」
「お、おお!」
その感想を聞いて、私も食べてみる。
「――わっ!!」
おいしい! 今まで食べたどのソーセージよりもおいしかった。
なんというか、侯爵家にある食材の大勝利というのか。
しかし、ここまでアツアツ茹でたてのソーセージは食べたことがなかった気がする。料理をしながらだったので、どうしても、食べる時には時間が経っていたのだろう。
茹でたてのソーセージは肉の歯ごたえが良く、薬草の風味も濃く感じた。これは、ぜひともお酒と一緒に食べたい。
「シエル様、こっちも食べてみてください」
「む、なんだ、それは?」
「食べてからのお楽しみです」
こっそりと作っていた特別なソーセージを、シエル様に勧めてみた。
「では、いただこう」
ソーセージにフォークを刺して食べる。シエル様が一瞬ピタリと止まったが、すぐにモグモグと動き始めた。食べ終わったあと、叫ぶ。
「なんだこれは!! うますぎる!!」
「よかったです!!」
つられて私も叫んでしまう。
「なんだ、この、この旨味は!!」
「チーズです!!」
「なるほど!!」
一度試してみたかったチーズ入りのソーセージ!
私も食べてみる。
「んんっ!!」
ソーセージの粗びき肉がブツンと弾け、その中からとろ~り蕩けるチーズが。香辛料の辛さがまろやかになって、味わい豊かになっている。こちらはパンに挟んだほうがいい。絶対においしいだろう。
食べ終えたあと、お茶を淹れてひと息つく。
「リスリスよ、お主は天才だ」
「ありがとうございます」
それにしても、貴族であるシエル様は今までどのような食生活をしていたのか。
庶民の食事に感激するなんて。
それとなく、話を聞いてみる。
「私は……そうだな。長年、食事は酷いものだったように思える」
まず、毒味役がついていたらしい。食べるのは、食事が冷え切ったあとだったと。
そんな日々を過ごすうちに馬鹿らしくなり、食事は単なる栄養補給の時間になってしまったのだとか。
「料理が温かいだけで、これだけおいしいとは。感動した」
「そうですね。温かい料理は、おいしいです」
だから、私は遠征で食事を作るようになったのだ。
「リスリスよ。感謝する。本当に、うまかった」
「はい」
こんなに喜んでもらえるなんて、とっても嬉しい。
改めて、料理ってすごいなと、思ってしまった。