リヒテンベルガー侯爵邸にて そのニ
「ええ、わたくし、メルと一緒に住んでいいの!?」
一番に驚きの声をあげたのは、リーゼロッテだった。
「お父様、本当? 本当にいいの?」
侯爵様の肩を掴み、ガタガタと揺らしている。
リーゼロッテにもみくちゃにされる侯爵様がちょっと面白い。
侯爵様は眉間に皺を寄せながら、リーゼロッテに話しかける。
「一緒に住むのはメル・リスリスだけではない。シエル・アイスコレッタ様と、ザラ・アート、使用人が数名。それから、幻獣のアメリアとステラも」
「そうだわ! メルと一緒ってことは、アメリアとステラも一緒じゃない!」
リーゼロッテの発言を意外に思う。
てっきり、私と一緒に住む=幻獣と一緒ということで大喜びしていたのかと思っていたら。まさか、私と住むことを純粋に喜んでいたなんて。
ちょっとというか、かなり嬉しいかもしれない。
リーゼロッテの友情に感激しつつも、私も驚きの声をあげることにする。
「あの、私も住んで良いのですか?」
「住処に困っていたのだろう?」
「ええ、まあ」
「あそこ以上に相応しい場所はない」
「ありがとうございます」
しかし、みんなと同居か。
掃除や食事の準備もしてくれるという、なんとも贅沢な環境らしい。
なんといっても、アメリアとステラが毎日お風呂に入れるというのが素晴らしいだろう。
隣に座るザラさんを見る。にっこりと微笑み返してくれた。
『アノ~』
アルブムが挙手をして質問する。
『ソノ家二、アルブムチャンモ、住ンデモイイデスカ?』
「お前は許可なくとも、メル・リスリスについて行くのだろう?」
『マ、ソウダケド。一応、聞イテオコウカナト』
「好きにしろ」
『ワ~イ!』
アルブムはその場で跳び上がり、私のもとへと駆けてくる。
膝の上に座ろうとしたが、その前にザラさんに捕獲されてしまった。
「アルブム、私の膝が空いているわ」
『ウッ、男ノ膝……』
「文句言わないの」
アルブムはザラさんの膝の上で、お腹を上に向けてデロンと横たわっていた。
話は以上となる。
シエル様は、食事の時間まで休むらしい。
「では、リスリスとその仲間達、これから頼むぞ」
「はい、こちらこそよろしくおねがいいたします」
「ふむ」
シエル様は深々と頷き、部屋を出る。うとうとしていたコメルヴはハッと目覚め、テテテと走ってあとに続いていた。
アルブムはこのままザラさんの膝の上で眠るらしい。
「あの、侯爵様、いろいろと骨折りしていただき、ありがとうございました」
私の無茶振りに応じてくれたことは、心から感謝しなければならない。
「気にするな。むしろ、私のもとへ連れてきてくれて、感謝している」
政治的な野心のない侯爵様が、シエル様の滞在に手を貸すことに適しているからだろう。
「今まで大変な苦労をされていたのだろう。社交界での付き合いはうんざりだと話しておられた」
きっと、二人は過ごした環境とか、周囲の扱いとか、共感する点があったのだろう。
「可能な限り、快適に過ごせるよう努力をしよう」
「はい!」
私達が遠征で不在中も、使用人の方々がいるので心配はないだろう。
シエル様の問題はなんとかなりそうでよかった。
私も退室しようかと、ザラさんに目配せしていると、侯爵様より待ったがかかる。
「リスリス、話は終わっていない」
「え!? あ、はい」
物申したいことがあるらしい。姿勢を正して話を聞く。
「ルードティンク隊長より、報告書が届いている」
「はあ」
それは、災害のあった村でコメルヴに私の魔力を提供し、怪我人を治したという一件だった。
「偶然、アイスコレッタ様がいらしたからいいものの、もしも、外部にバレていたら、お前は大変なことになっていたぞ」
「う……はい」
「ルードティンク隊長は言っていた。このままでは、お前を守りきれないと」
隊長はそこまで気にしてくれていたなんて。
山賊みたいな顔だけど、心は温かい人なのだ。
「侯爵様、私はどうすればいいのでしょうか?」
魔力の問題もあるし、アメリアやステラという高位幻獣と契約している一件もある。
「お前はどうなりたい?」
隊長からの報告書に書いてあったらしいけれど、私を近衛騎士隊に引き抜くという話はいくつもきているらしい。
現状として、アメリアやステラが、戦闘に特化していないと言って断っているらしいけれど。
もしも、国に魔力のことが露見すれば、そうも言っていられなくなるだろう。
どうなりたいのかと聞かれて考える。
「私は――このまま第二部隊で頑張りたいです」
でもこのままでは、隊長は私のことを守れないと言った。
「どうすれば――」
「簡単だ。リヒテンベルガー侯爵家に養子に来ればいい。私と幻獣保護局が、お前を守ってやる」
「ええっ!?」
確かに、私みたいな面倒な問題を持っている者を守れる人なんて、世界中を探しても侯爵様しかいないだろう。
「で、でも、迷惑なのでは!?」
「もう、さんざん迷惑をかけているだろう。問題をなんでもかんでも、私に丸投げして」
「そ、そうでした」
「むしろ、私の娘になったほうが、楽になる」
「そ、そう、ですか」
思わず、ザラさんの顔を見る。
眉尻を下げながら、私の背中を撫でてくれた。
「メルちゃん、このままのんびり暮らしたかったら、侯爵様の庇護下にいたほうがいいわ」
「で、ですよね」
続いて、リーゼロッテを見る。目をキラキラと輝かせながら言った。
「約束通り、わたくしは妹でいいわ!」
やはり、リーゼロッテは妹でいいらしい。
もう一度、侯爵様を見る。いつもの眉間に皺を寄せた怖い顔で、頷いてくれた。
「あの、一つ質問が」
「なんだ?」
「奥様は、大丈夫なのですか?」
「気にするな。そもそも、名義だけの養子ならば、百名ほどいる」
「ひゃく……!?」
「一度も顔を合わせたこともないがな」
リヒテンベルガー夫人は慈善事業で世界中を回る中で、才能ある恵まれない子ども達を養子にして支援しているらしい。
慈善事業マニアであることは知っていたけれど、そこまでしていたなんて。
「だから、気にするな」
「あ、はい」
最初に侯爵様から養子の申し出があった時は、絶対に嫌だと思った。でも、付き合いが長くなって、侯爵様への印象は大きく変わった。
今では公私共に、頼りにしている。
養子になることによって、ご恩も返せるだろう。
アメリアとステラのことを考えたら、絶対に養子縁組をしていたほうがいい。
だから私は、決意する。
「養子の件ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「わかった。では、そのように、手配をしよう」
侯爵様が手を掲げると、執事が銀盆に載せた書類を持ってくる。
「ここに書かれてあることを読んだあと、署名を」
「はい」
一回自分で読んで、そのあとザラさんにも確認してもらった。
「メルちゃん、大丈夫よ。変なことは書かれていないわ」
「ありがとうございます」
なんと、嬉しいことに今まで通り、名前は『メル・リスリス』でいいらしい。
王族との挨拶とか、そういう正式な場でのみ、『メル・リスリス・リヒテンベルガー』と名乗るようにとはあったけれど。基本的にはそのままで問題ないようだ。
ペンの先をインクに浸し、署名した。
「今、この瞬間から、お前は私の娘とする」
「お、お義父さん!」
思わず叫んでしまった。
義父となった侯爵様は珍しく笑った。
ただし、悪役が浮かべるみたいなニヤリ、という笑い方だったけれど。
別に、何か企んでいるわけじゃないですよね?
かなり怖いんですけれど!
……まあ、なんだ。強面の人は大変だなと思った。
◇◇◇
私やザラさんも食事に誘われたが、高貴な方々との晩餐は料理の味がわからなくなりそうだったので、辞退を申し出た。
その代わり、好きな食材で料理をしてほしいと言ってくれた。
ザラさんと、夕食を作ることにする。
「実は私、憧れの料理があったんです」
私はある食材を手に持ちながら、話をする。
その食材とは――。