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シエル様とスローライフ

 それから、私達第二部隊は村人達を支える任務に心血を注いだ。

 隊長とガルさんは救助任務を続け――とは言っても生きている人が見つかることもなかったけれど。

 ザラさんは憔悴しきった村人達を励まし続けた。

 リーゼロッテは瓦礫を焼いたり、村に火を灯して回ったりと忙しそう。

 ウルガスは木の上に上り、長時間の見張り番を務めていた。

 ステラは子ども達を癒す役割を担った。

 人見知りをするステラだったけれど、幼い子ども達が尻尾を引っ張っても怒らないでいてくれる。とてもありがたい。

 私は炊き出しを頑張っている。食材の調達は近くの森だ。

 今日はシエル様と共に向かった。

 全身鎧姿だけど、村人にもらった麦わら帽子を兜の上から被っていて面白おかしい姿になっている。

 突っ込んだら負けだと思っていた。


「ここに、食料があるのか?」

「たくさんありますよ」


 すぐに、食材を発見した。


「これ! 食べられます」


 それは、茎が太く、葉が手のひらほどの大きさの植物。高さは私の膝丈くらい。春が旬で、苦味もなく美味。


石蕗ツパパといいます。茎を炒め物やスープ、煮物に入れたらおいしいんですよ」

「なるほど、ツパパか。覚えておこう」


 シエル様はしゃがみ込み、真剣な眼差しで石蕗を見ている。

 どうやら本気で、スローライフとやらをする気らしい。

 シエル様と二人、石蕗を摘む。


『パンケーキノ娘ェ、向コウニ、食材見ツケタヨ』


 それを聞いたシエル様はさっと立ち上がり、アルブムのもとへと向かった。

 アルブムが見つけたのは、黄色い春苺フラウラだった。


「黄色い苺なんかあるのだな」

「苺は赤だけではないんですよ」


 お店で売っているのは赤い苺だけだけど、森や野山には紫色や、白い苺もある。


「黄色い苺はすごく甘くて、そのままでもおいしいです」

「なるほど」


 アルブムは両手で春苺をぷちんと摘んで、シエル様に差し出す。


『鎧ノオ爺チャン、ドウゾ!』

「うむ。かたじけない」


 シエル様はアルブムから受け取った春苺を、兜の口部分を外してから食べる。


 もぐもぐと立派な髭を生やした口元を動かし、一瞬動きを止めてから叫んだ。


「甘い! そしてうまい! 素晴らしい!」


 ただただ大絶賛である。


「アルブム、さすが、私のはーれむの一員だ! すばらしい、すろーらいふ的な食材よ!」


 褒められたアルブムは、でへへと笑い満更ではないような様子でいる。


 その後、私達は山菜や薬草などを集め、村に帰った。

 それらの食材でスープを作っていると――。


「騎士様だ! 騎士様の一団がやって来た!」


 ついに、騎士隊の救助がやって来たようだ。


「いや、俺達も騎士ですけどね」


 となりで石蕗の皮を剥いていたウルガスが、ボソリと呟く。

 私達は、ちらりと隊長を見る。


「オラァ、そこのガキ! 危ないから瓦礫に近づくんじゃねえぞ!」


 巻き舌で子どもに注意を促す隊長は、紛うことなく――。


「すごく……山賊」

「はい……山賊です」


 たぶん、口は悪いけれど親切な山賊の一味と思われている可能性がある。切ない。


 シエル様は炊き出しに参加し、兜の上から三角巾を被り、エプロンをかけてスープを配っていた。

 もう、あの不思議な扮装にも慣れつつある。


「わあ、白くて大きな鳥さんがいる!」

「本当だ! すご~い」

「あれ、なんだろ?」


 子ども達が木に登って村まで来ている騎士隊を覗き込みながら叫ぶ。

 白くて大きな鳥さんだと? もしかして――!?


「それは、鷹獅子グリフォンよ!」


 子ども達の疑問にいち早く応答を返したのは、幻獣愛好家のリーゼロッテであった。さすがである。


 どうやら、アメリアも戻ってきたようだ。すぐに会いに行きたいけれど、仕事があるのでぐっと我慢した。ステラも早く会いたいのか、ソワソワしている。

 迎えに行かせてあげたいけれど、大きな黒銀狼フェンリルが走って来たら騎士達も驚くだろう。


「ステラ、もう少しの辛抱ですよ」

『クウ』


 一方、スラちゃんは炊き出し班で大活躍だった。

 食材を切ったり、皮剥きしたり、灰汁抜きをしたりと、下ごしらえの化身と化している。

 ここで、仕事がいち段落したらしいガルさんがやって来る。スラちゃんを迎えにきたのだろう。手にはツルリとした、青い石を持っている。どこかで発見したのか。

 ガルさんはスラちゃんにその石を手渡し、謝罪していた。

 どうなるのか、ドキドキしながら見守る。

 スラちゃんは――喜んで石を受け取っていた。それからぴょこんと飛び跳ね、ガルさんの手のひらに収まる。どうやら、仲直りできたようだ。

 ガルさんはホッとしているように見えた。


 それから一時間後、災害救助のために派遣された騎士隊が村に到着する。

 私とステラは、アメリアと再会した。


「アメリア~~!」

『クエエエエエ!!』


 アメリアは駆け寄り、私に全力で頬ずりする。

 力が強すぎて、のけ反りそうになったけれど、背後からザラさんが私の体を支えてくれた。


「アメリア、ありがとうございます。よく頑張りました」

『クエ~~』


 今度は、ステラのほうを向き、労う。


「ステラも、いろいろ協力してくれて、助かりました。ありがとうございます」


 頭を撫でながら言った。お礼を言われると思っていなかったからか、目を丸くしていた。

 恐縮しているようにも見えたが、控えめに尻尾を振る様子は実に慎み深い彼女らしい。


 肩からかけていた妖精鞄ニクスにもお礼を言う。


「ニクスも、食材の運搬を手伝ってくれて、ありがとうございました」

『お役に立てて、何よりだよん』


 突然の災害だったけれど、みんなの力を合わせて活動してきた。

 第二部隊の隊員だけでは、こうもいかなかっただろう。


 炊き出しの鍋の周囲をウロウロしていたアルブムも、テテテと走ってくる。


「アルブム、どうかしました?」

『アルブムチャンモ、頑張ッタヨ!』


 どうやら、私達の会話が聞こえていたようだ。

 相変わらずの耳の良さである。そのおかげで、ここの村の危機に気付けたんだけどね。


「アルブムも、偉かったです」

『フフ~』


 それだけ聞いて、満足げな表情で鍋のほうへと戻って行った。わざわざ、褒められにやってきたらしい。


 炊き出しを終え、後片付けをしていると隊長とベルリー副隊長がやって来る。


「ベルリー副隊長!」


 数日別れていただけなのに、ベルリー副隊長との再会が嬉しくなる。

 アメリアみたいにすり寄りに行きたかったが、相手は上司なのでぐっと我慢した。


「皆、ご苦労だった。たった今、帰還命令が下った」

「シエル様については、どうなったのですか?」

「騎士隊の上層部がかけ合うらしい」

「そうなのですね」


 ちょうど、交渉をしようとしているところらしい。

 シエル様は得意の水魔法で、食器を洗っていた。そこへ、騎士隊の上官が声をかけようとしている。


 しかし、それを察したシエル様は、後頭部のほうに結んでいた三角巾を解き、素早く顎の下に結んでいた。もしや、変装をしているつもりなのか。全身鎧姿では、無理がある。

 そして大きな鍋を盾のように構え、身を隠している。

 上官は拒絶されていると気付いているからか、話しかけることができないようだ。

 それを見ていた隊長より、私に命令が下る。


「リスリス、行け」

「え?」

「取り持ってやったほうがいいだろう」

「まあ……はい」


 私はシエル様のもとに向かった。


「あの、シエル様?」

「私はシエルではない。ただの、皿洗いの老人だ」


 それは無理がある主張だろう。しかし、無視することもできない。

 この国にいるのはスローライフを営むためであり、国の上層部と話をするつもりはないようだ。


「シエル様……じゃなくて、お皿洗いのお爺さんは、これからも、スローライフを続けるつもりですか?」

「それは、そうだな。私の夢だ」


 今まで剣を握り続けていた者の、儚い儚い望みだと言う。


「でも、一人でスローライフは無理ですよね?」

「だから、はーれむを集めている」


 現在、私とアルブムがシエル様のハーレム要員だ。


「だったら、一緒に王都に来ませんか?」

「王都? そのような都会で、すろーらいふができるわけないだろう」

「王都は森に囲まれた場所にあるんです。街中に入らなければ、都会的だとは思わないですよ」


 そのおかげで、森暮らしの私もすぐに王都に馴染むことができたのだ。

 郊外で暮らしたら、スローライフ的な生活も満喫できるだろう。


「本格的なスローライフをしたいならば、まずは王都の郊外で生活して、慣れたら好きな場所で暮らすのも、いいかもしれないですよ」

「むう」

「私とアルブムは仕事があるので、山奥の暮らしについて行くことはできませんが、王都の近くでしたら、頻繁に会いに行けます」


 国の接触が嫌ならば、後見人も紹介できる。


「リヒテンベルガー侯爵といって、社交界嫌いのおじさんがいるのですが、その方が間に入って守ってくれるでしょう」

「なるほどな」

「いかがですか?」


 シエル様はしばし躊躇うような時間を置き――コクリと頷いてくれた。


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