心も温まる猪豚汁
「リスリス衛生兵~~」
木の実採りに行っていたウルガスが戻ってくる。渡した革袋いっぱいに、木の実を詰めてきたようだ。
「見てください。こんなにたくさん採れましたよ」
ウルガスが袋を広げて見せてくれる。
「むむっ!?」
それに反応を示したのは、シエル様であった。
素早く立ち上がって接近し、木の実を覗き込む。コメルヴは振り落とされないよう、シエル様の肩に蔓を巻きつけた状態で立っていた。
革袋の中の木の実を覗き込んだシエル様は、顔だけこちらに向けて話しかけてくる。
「こ、これは……渋い木の実ではないか!」
シエル様がいた山にも、この木の実があったらしい。拾い集めたのはいいものの、渋くて食べられるものではなかったと訴える。
「これ、落下している木の実は不味くて、木に生っている木の実はおいしいんですよ」
ウルガスがそう答えると、革袋を覗き込んでいたシエル様の背筋がピンと伸びる。
「そ、そうなのか!?」
「はい」
返事をした瞬間、ウルガスはシエル様にガシッと肩を掴まれる。
「お主も、すろーらいふに詳しいのだな!?」
「え、すろー……え?」
「すろーらいふだ」
ウルガスはシエル様より、スローライフの説明を受ける。
「わかったか!」
「は、はい!」
ここで、ウルガスは先ほどの木の実の知識は私から聞いたという旨を伝えた。
「なんだ、お主はすろーらいふに詳しいと思っていたのに」
「す、すみません」
私も一応、木の実の知識はアルブムから得たものであるということを自己申告した。
「なるほど、そうであったか」
シエル様にじっと見つめられたアルブムは、サッと私の背後に隠れていた。
「それで、その木の実はどうするのだ?」
「炊き出し用のスープにします」
「炊き出し?」
「村が、このような状況ですので」
「ああ、そういえばそうだな」
なぜ、このような状態になったかを、軽く説明した。
「なるほど。気の毒だったな」
とりあえず、私達ができることは、救援部隊が来るまで村人達を支えることである。
「そんなわけなので、木の実のスープを作ります」
拳を握り、気合いを入れる――が、想定外の方向より返事があった。
「私も手伝うぞ」
申し出をしてくれたのは、シエル様である。
「野生にあった木の実からスープを作る。実に、すろーらいふ的な行動だ。私も学びたい」
大英雄様にお手伝いをさせるなんてとんでもないことだけど、お断りできるような雰囲気ではない。
仕方がないので、作業に協力してもらう。
「で、では、まず、井戸から水を汲んでそこの大鍋を洗います――」
「水など、簡単に出せるが?」
「へ?」
シエル様は水晶剣を引き抜き、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。
すると、空中に魔法陣が浮かび、半メトルほどの水球が浮かび出た。
それは、真っ逆さまに大きな鍋に落下し、くるくる回っている。
シエル様が水晶剣を振ったら、鍋の中の水は蒸発してなくなった。
油がこびりついていた鍋は、綺麗になっている。
「わ、すご……!」
「便利……!」
ウルガスと共に、感嘆の声をあげた。
「リスリスよ。鍋はこれでよいか?」
「よ、よいです」
まずは、木の実の皮を剥かねば。
これも、シエル様はお手伝いする気らしい。
「ここからナイフを入れて、こうです」
「ふむ」
このようにして木の実を剥き、鍋でアク抜きをした。
そうこうしているうちに、隊長達が戻って来る。
避難中、新たな怪我人は出なかったらしい。しかし、村人達は恐慌状態であると。
無理もないだろう。夜に土砂崩れがあり、翌日に巨大魔物に襲われたのだ。
一ヵ所にまとまっている村人達は、身を寄せ合って震えていた。
隊長は拳を握り、悔しそうに呟く。
「こればっかりはどうしようもない」
話を聞いていたらしいシエル様が、一歩前に出る。
「村人を安心させることなど簡単なことだろう」
私達の反応を見ずに、ズンズンと村人のもとへ大股で歩いて行った。
何をするのかと思いきや、水晶剣を引き抜いて天に向かって掲げた。
「村人達よ、安心せい。かの魔物は、アイスコレッタ家のシエルが倒したぞ!」
そう宣言した瞬間、水晶剣がキラリと輝く。
同時に、シエル様の肩に乗っていたコメルヴが胸を張っていた。
村人達はあっけに取られていたが、若い男の村人が立ち上がって叫んだ。
「大英雄様、わが村をお助けいただき、ありがとうございます!!」
ここで、村人達はコメルヴの存在に気付いたようだ。
「あれは、私のお父さんの傷を治してくれた精霊さん!」
「大英雄様がご主人様だったんだ!」
村人達は大英雄シエル様を称える。
「助かったな」
「え?」
ポン! と隊長に肩を叩かれる。
「怪我を完治させた件は、すべて大英雄の手柄にしておく」
「あ!」
そうだった。
私の魔力を含んだ涙を摂取したコメルヴのおかげで怪我人の治療ができたことに関して、どう報告しようか悩んでいたのだ。
大英雄様の手柄にしてしまえば、問題は何もない。
「シエル・アイスコレッタの手柄となれば、国の機関も手出しはできまい」
「ですね」
シエル様のおかげで、私まで助かったようだ。
ここで、見回りをしていたザラさんが戻って来る。
村の周囲に異常はないとのこと。
「メルちゃん、大丈夫だった?」
「ええ、この通り」
私はピンピンしている。ザラさんも怪我はなさそうだ。
「あら?」
村人達の様子を見たザラさんは、目を見張る。
「なんか、村人達の目付きが変わっているけれど」
「シエル様が励ましてくれました」
「そう、よかったわ」
続いて、ガルさんが戻って来る。村の見回りをしていたらしい。先ほどの魔物の襲撃で、村の中の危険区域が増えたようだ。
「ガルさん、どうかしましたか?」
なんだか、しょんぼりしている。尻尾がたらんと垂れていた。
話しかけた瞬間、橙色の物体が飛び出してきた。
「うわっ!」
何かと思ったが、スラちゃんだった。私の手のひらに着地する。
「スラちゃん、どうかしました?」
身振り手振りでスラちゃんは何かを伝えようとしている。
耳と尻尾を生やしてガルさんの真似をしたかと思えば、スラちゃんの姿に戻って手を振るという、一人二役をしていた。
スラちゃんはたくさん身動きをするけれど、スラちゃん扮するガルさんは無反応という動きを繰り返す。
「もしかして、ガルさんに忘れられていた?」
スラちゃんはコクコクと頷く。
なんと、数時間ガルさんに放置されていたらしい。スラちゃんもいろいろお手伝いをしたかったらしいが、その思いは届かなかったようだ。
ガルさんは救助活動に一生懸命になっていたので、気付かなかったのだろう。
スラちゃんはすっかり拗ねていた。ガルさんと目が合っても、ぷいっとしている。
「えっとガルさん、しばらくスラちゃんは預かっておきますね」
ガルさんはお願いしますと、頭を下げていた。
隊長とガルさんは村の整備の計画を立てるらしい。
リーゼロッテとザラさんは村人に付き添って励ます。
ウルガスは私の手伝いを命じられた。
「さてと、炊き出しを再開させますか!」
スラちゃんはやる気に満ち溢れているようで、拳を突き出していた。
「頑張りましょう」
調理を再開させる。
ありがたいことに、シエル様が狩った巨大猪豚をすべて村人達に分けてくれるという。
食材不足になりそうだったので、非常に助かる。
スラちゃんは肉の表面をドコドコ叩き、柔らかくしてくれた。アルブムはステラと共に、追加の薬草探しに出かけてくれる。
木の実と猪豚、周辺に生えていた薬草を使って猪豚汁を作った。
大鍋でぐつぐつ煮込んだものを、列を作った村人達に配る。
「はい、ど~ぞ」
「エルフのおねーちゃん、ありがと」
「いえいえ。次の方、は~い、どうぞ」
次々と配っていたが、途中で噴き出しそうになった。
シエル様が村人と共に列に並んでいたからだ。
変装のつもりなのか、兜の上から手巾を被っている。逆に目立っていたが、みんな気付かない振りをしているようだ。
「私にも、猪豚汁とやらを分けてくれ」
「あ……はい」
私も気付かない振りをしながら、猪豚汁を装って渡そうと手を伸ばす。
しかし――。
「うはっ!!」
シエル様に気付いたウルガスが笑ってしまった。
口元を押さえていたが、すでに遅し。
三人で、気まずい時間を共有することになった。