猪豚料理尽くし!
大英雄の食事を作る。
私ってば、とんでもないことを引き受けてしまったのでは!?
「も、もしも、私の料理に満足してくれなかったら、国際問題になったりしませんよね!?」
隊長達を助けるためとはいえ、とんでもない交換条件を出してしまったのかもしれない。
『パンケーキノ娘、落チ着イテ!』
『クウクウ!』
「で、ですが」
『今ハ料理ヲ、作ルシカ、ナイデショ! アルブムチャンモ手伝ッテアゲルカラ!』
「そ、そう、ですね」
アルブムの言う通り、今は料理を作るしかない。
「猪豚料理ですか……」
山のように積み上げられた巨大猪豚の肉。
アルブムが状態を見に行った。
『野生種ダカラカ、チョット獣臭イネ』
「そうなんですね」
だったら、何か臭い消しの効果がある薬草がほしいけれど、あるだろうか。
幸い、村は森に囲まれている。
「アルブム、この辺りに花薄荷は生えていますか?」
『チョット、探シテクルネ』
「お願いします。ステラ、森の中は魔物がいるかもしれないので、アルブムについて行ってください」
『クウ』
心配そうに私を見るけれど、大丈夫だと念押しして送り出す。ステラは私を何度も振り返りながら、アルブムのあとを追って森に入って行った。
「よし!!」
腕まくりをして、気合いを入れる。
村の中心部に作った簡易調理場まで戻ったが――悲惨な状況になっていた。
大型魔物の接近で地面が揺れたために、せっかく作ったスープの鍋はひっくり返り、石を積んで作ったかまども崩壊していた。
幸い、誰もいない。熱いスープを被って火傷をする、ということもなかったようだ。
足の悪い老人や子ども達も含めて、ザラさんは避難の誘導をしてくれていた。
何かあった時の避難所は決まっている。
森を横断するように流れる、村の近くの川辺だ。みんな、そこに避難をしているのだろう。
遠くから、ドン! という音が聞こえた。振り向くと、光の柱が天を衝くようにして立ち上っていた。あれは、もしかしてシエル様の魔法なのか。
だとしたら、すごい。
と、他を気にしている場合ではない。私は私の仕事を行わなければ。
まず、その辺にあった予備の石で、簡易かまどを作る。
円を描くように石を積んで、木の枝を中心に入れて火を熾す。
火が安定してきたら、鍋を置いて湯を沸かす。
アルブムを待つ間、私は独自の臭い消しを行ってみた。それは、塩水でひたすら揉むというもの。
猪豚の塊を塩水に浸け、せっせと揉んでいく。すると、血が出てきて塩水が真っ黒になる。
肉の臭みの原因のほとんどは、血なのだ。こうして、血抜きをしっかりしたら、臭みも薄くなる。
続いて、隊長の高級酒に漬けこんでみた。これで、いくらかは臭みも取れるような気がする。
まず、村で採れた木の実と猪豚でスープを作った。スープにも、隊長のお酒を入れて風味を出す。これで、ちょっとは高級な味になるに違いない。
二品目は、アバラ肉の照り焼きを作る。表面に火が通ったら、黄金蜂蜜で作ったソースを塗って炙り、パリパリの飴焼きっぽく仕上げてみた。
『パンケーキノ娘、葉ッパ、採ッテキタヨ』
『クウクウ』
「あ、ありがとうございます」
アルブムが森で薬草を摘んできてくれた。さっそく、臭み消しの効果がある花薄荷を千切ってスープに入れた。
残った物は鍋で炒って粉末にして、アバラ肉の照り焼きに振りかける。
もう一品。
塩水で血抜きした猪豚の肉に、粉末の花薄荷を擦りつける。
硬めに焼いたパンを細かく千切る。それに、迷迭草を混ぜた。
『パンケーキノ娘、ソレ何?』
「特製パン粉です」
猪豚の肩肉を薄く切り分け、肉、チーズ、肉、真ん中に花薄荷、チーズ、肉の順に挟んだ。
チーズの肉挟みにしたものに小麦粉、卵液、パン粉の順に付ける。
「これを、油で揚げます」
熱した油に、肉を滑らせる。
ジュワジュワと揚がる肉を、アルブムがキラキラした目で覗き込んでいた。
『ワ~~、コレ、ドンナ味ガスルンダロ』
「味見させてあげますから、あまり鍋に近付かないでくださいね」
『ハ~イ』
良い返事はするけれど、怪しいので監視しておく。
揚げアルブムとか、見たくないし。
表面に焼き色がついたら、ソースを作る。
アルブムが採った薬草を乳鉢で擂り潰し、粉末チーズ、オリヴィエ油、薬草ニンニクなどを入れて、最後に塩胡椒で味付けをした。
「薬草ソースの完成です」
隣で涎を垂らしているアルブムに、味見をさせてあげた。
特製のパン粉を振った揚げ豚に、薬草ソースをかけて渡す。
「アルブム、味見をしてみてください」
『エ、イイノ?』
「ええ。薬草採取のお礼です」
『アリガト!』
アルブムは揚げ豚を両手で掴み、ふうふうと冷ましたあと頬張る。
『ン!!』
輝いていた目が、さらにキラキラになった。
『表面ハサクサクデ、薬草ノ香バシイ風味ガアルネ! 肉ハ、チーズガトロ~リ! ソースト絡ンデ、オイシイ!!』
お気に召してもらえたようだ。
「肉の臭みはどうです?」
『ゼンゼンナイヨ!』
「よかったです」
料理は猪豚と木の実のスープと、アバラ肉の照り焼き、揚げ猪肉の三品となった。
それに、パンを添えておく。
ステラが立ち上がる。どうやら、誰かが来たようだ。
『クウクウ』
「ウルガスですか?」
『クウ』
どうやら、戦闘が終了したようだ。わざわざ伝令に来てくれたらしい。
「リスリス衛生兵~~!!」
「ウルガス!!」
ウルガスは薄汚れていたものの、元気そうだった。見たところ、怪我もしていない。
「リスリス衛生兵、避難していなかったのですね」
「はい、ちょっと事情がありまして」
料理を見たウルガスは、首を傾げている。
「この料理は、ちょっと事情がありまして。その前に、隊長達や魔物の状況を教えてもらえますか?」
「あ、はい」
ウルガスはピンと背筋を伸ばし、報告してくれた。
「一時間前に、魔物が村に接近し、その十分後に対峙する形となりました」
なんでも、亀に似た巨大な魔物だったらしい。
「体長は十メトルほど。図体のわりに動きが俊敏で、凶暴な個体でした」
隊長とガルさんが前方で気を引き、ウルガスとリーゼロッテの遠方からの攻撃で倒そうとしていたらしい。
「しかし、魔物が地響きを起こし、隊列が崩れ、魔物の太い前脚で隊長、ガルさんと薙ぎ払い、こちらへ襲いかかってきたのですが」
足元が揺れる中、大ピンチに陥ったとか。
すぐに距離を詰められ、ウルガスの眼前に魔物の鋭い爪が迫り――。
「もうダメだと思ったその時、黒の全身鎧の騎士が現われたのです」
シエル様は、どうやら間に合ったようだ。
「水晶のような剣から、光のようなものを放って、巨大魔物を両断したのです」
その後、放出された巨大魔物の魔力に誘われたのか、突然魔物の群れに襲われた。
だが、ほとんどシエル様が倒してしまったようだ。
「それで、怪我人は?」
「いません。皆、ピンピンしています」
「よかった……」
みんな、元気みたいだ。心から、ホッとする。
「でも、すごいです! あの人は、何者なのでしょうか?」
「私達が捜していた大英雄ですよ」
「え!? ってことは、シエル・アイスコレッタ様、ですか?」
「そうです。偶然なのですが、コメルヴのご主人様だったようで」
「ひや~、すごいですね」
話をしているうちに、隊長達も戻ってきた。シエル様もいる。
「隊長~~!!」
ウルガスと二人、隊長に手を振った。
隊長もガルさんも、リーゼロッテまで泥だらけだ。
「隊長、おかえりなさい!」
「ああ」
「お怪我もないようで、よかったです」
隊長が私の帽子を触ろうとしたので、即座に避けた。
「お前……」
「だって隊長、泥だらけじゃないですか」
一応、シエル様について報告しておく。
「やはり、あの御方が、そうだったのだな」
「はい」
魔法を使い、剣で魔物を屠るその姿は、圧倒的な強さだったらしい。大英雄に相応しい、圧倒的な強さであったと。
「村の危機を察して、駆けつけてくれたのか?」
「いえ、コメルヴが召喚してくれたんです」
そして、私が料理を作ることと引き換えに、魔物討伐を頼み込んだ。
「それはまた、とんでもない幸運だったんだな」
「ですね」
問題は交換条件として作った猪豚料理だろう。
「料理が、お口に合えばいいのですが」
「そうだな」
続いて、リーゼロッテやガルさんも、怪我がないか確認した。
最後にやってきたのは、コメルヴを肩に乗せたシエル様だ。
「エルフの娘よ、帰ったぞ」
「お待ちしておりました」
机はないので、騎士隊のマントの上に料理を広げた。
シエル様は、じっと料理を凝視している。
「あ、温かいうちにどうぞ」
「そうだな」
シエル様は食事の前に胡坐をかく。
兜を脱いで食べるのかと思いきや、口元の部分をずらしただけで動きは止まった。
どうやら、兜を脱いで素顔を晒す気はないらしい。
口元には深い皺が刻まれており、立派な髭も見えた。
やはり、お年を召した御方のようだ。
匙とナイフを手渡す。
「野外で料理をしたのか?」
「はい」
美食の限りを尽くしているであろうシエル様には、物足りない料理なのかもしれない。
しかし、私の精一杯の料理を、食べてもらうしかなかった。
シエル様は食前の祈りを捧げている。それは、どこか貴人めいた品のある姿だ。
祈りが終わると、アバラ肉の照り焼きに手を伸ばしたが、途中でピタリと止めた。
「いかがなさいましたか?」
「いや、これはどう食べたらいいのか」
食卓があるわけではないので、困っているようだ。
「アバラ肉は、そのまま手に持ってかぶりついたほうがいいかと」
「むう」
礼儀がなっていない食べ方だけれど、食卓がない状態では食べにくいだろう。
『オ爺チャン、アルブムチャンガ、食ベ方見セテアゲヨウカ?』
アルブムがひょっこり顔を出し、シエル様に話しかける。
見本を見せてあげる的な言い方だけれど、アルブムが食べたいだけだろう。
捕獲してニクスの中に入れておこうかと思ったが、シエル様は想定外の返事をする。
「森の妖精よ、見せてみよ」
『ワ~イ、ジャナクテ、ハ~イ』
アルブムはアバラ肉の照り焼きを両手で掴み、大きな口を開けて頬張る。
『ウワ~~、オイシイ!! スッゴク、オイシイヨ~』
それを見たシエル様は、アバラ肉の照り焼きを手で掴んだ。
一瞬の躊躇いのような間を見せたあと、ガブリと肉にかぶりつく。
頬張った瞬間、ピシャリと背筋が伸びた。
「う、うまい!!」
大きな声だったので、びっくりした。アルブムはアバラ肉を落としそうになり、おっとっとと曲芸師のような動きをしている。
「表面に付いたソースが香ばしく焼かれ、肉は驚くほど柔らかく、ソースは濃厚。うまいぞ!!」
それから、シエル様は無言でアバラ肉の照り焼きを五本すべて平らげた。
「スープもうまい。この揚げたのも、食感、味と申し分ない。中にチーズの入った肉など、初めて食べた」
シエル様はあっという間に、完食してしまった。
「エルフの娘よ」
「は、はい!」
「よくぞ、野外という環境の中で、これだけの料理を作ったな。称賛に値するぞ」
戦場で、これだけおいしい料理は食べたことがなかったと、絶賛してくれた。
「うまかった。久々に、腹が満たされた」
どうやら、満足いただけたようだ。
肩の荷が下りて、その場に座り込んでしまった。
『パンケーキノ娘ェ、大丈夫?』
「ええ、平気です」
役目を果たすことができて、本当に良かった。