絶望と――
村の中心部に天幕を張って、対策本部を作る。各家庭から布団などを集めて、救急治療所も作った。
水や食料の確保、厠作りなどの指示を出し、動ける人達の力を借りて環境改善を行う。
私にできることを、精一杯行った。
気にすべき者達は怪我人だけではない。
不安がっている子ども達用に木の実のキャラメリゼ絡めを作ったり、寒がっている人達に薬草茶を作って配ったり。
保存の利く食料も作った。
まずはビスケット。保存期間を伸ばすために、バターと卵なしのシンプルなものだ。これはスープにも合うし、蜂蜜や果物の砂糖煮込みを塗ったらお菓子にもなる。
商店から持ちこまれた肉や魚は、フォレ・エルフ直伝のオイル漬けや塩漬けの方法を教えた。これならば、腐らせずに数日保つことが可能だろう。
大きな鍋には、昼食用のスープがぐつぐつ煮込まれている。
匂いにつられて、子ども達が覗きにやって来る。
時間が経つにつれて、みんなずいぶんと表情が明るくなった。
災害という非現実的な状況に悲観していたようだが、いつも通り食事が出されると安心するのだろう。
アルブムも大きな石に登ってスープの鍋を覗き込んでいたが――。
『ウワッ!!』
「アルブム、危ない!!」
アルブムは身を乗り出し過ぎて、鍋の中に落ちそうになっていた。
私がなんとかキャッチできたから良かったものの、危うくスープの具になるところだった。
「アルブム、鍋を覗き込むのは禁止です」
『ワ、ワカッタ……』
アルブムの間抜けな行動を見た子ども達は、鍋に近付いたら危険だということを学んだようだった。
完全なる反面教師である。
そして、先ほどからひっきりなしに怪我人の家族が私に礼を言いにやってくる。
「衛生兵様のおかげで、助かりました」
「いえいえ、私の力ではありません。この精霊の能力ですよ。さらに、すごいのはこの子のご主人様です」
こんな感じで、誤魔化している。
村人に拝まれているコメルヴは「苦しゅうない」と片手を挙げて対応してくれた。
任務開始から、どれだけ時間が経ったかわからない。
ウルガスの持っている時計を見たら、お昼前だった。
「あ、リスリス衛生兵、見てください。隊長達、戻ってきたみたいです」
ウルガスの指さす方向を見ると、泥だらけの隊長の姿が見える。それ以外のみんな――ステラまでも泥だらけだ。
私はウルガスと共に近くまで駆け寄る。
「隊長!」
「おかえりなさい」
隊長は私とウルガスを山賊み溢れる表情で見下ろすばかりだった。
背中には、男性を背負っている。ガルさんは若い女性を横抱きにしていた。
「彼らは?」
「生き埋めになっていた夫婦だ。旦那は骨折している」
奇跡的に空気穴があって、今まで生存していたらしい。
幸い、奥さんは無傷らしい。
「では、こちらへ」
救急治療所へと連れて行った。
旦那さんはうっすら意識があるよう。急いで、蜂蜜万能薬を食べさせた。
すると――。
「うっ……え!?」
骨折は一瞬にして治った模様。
「おい、リスリス、それはなんだ?」
「コメルヴの万能薬の力です」
私の涙からコメルヴが急成長し、万能薬をたくさん採取することができた。その旨を報告すると、隊長は複雑そうな表情になる。
「お前、それ、どう上に報告するつもりだ?」
「そ、それは……」
コメルヴの手柄にするということはできないだろう。
私とコメルヴは仲良く研究所送りにされる。
「お前は、目先のことだけしか考えていない。勝手なことをして、その先がどうなるのか、想像できないのか?」
「隊長」
ザラさんが隊長を止める。
しかし、隊長の言う通りだ。私は、目先のことだけを考えて、自分がどうなるとか、まったく考えていなかった。
ふがいなくて、泣けてくる。
『クウ……』
ステラが心配そうな声で鳴いた。振り返ると、ステラは鼻先まで土で汚れている。
「ああ、ステラ、頑張ってくれたのですね」
ハンカチで拭いてあげた。
この問題はひとまず置いておいて、隊長の報告を聞く。
「ステラの力を借りて、生存者を探したが――」
どうやら、ステラの気配感知の能力で生存者を捜していたとか。
生きていたのはこの夫婦だけだったらしい。あとは、絶望的だとも。
もちろん、この件は村人達には報告できない。この先も、救助活動は続けるとのこと。
その後、昼食の時間となったが、みんな食欲はないようだった。
しかし、騎士は体が資本。無理矢理詰め込んでいる。
「おいリスリス。もしも、誰かが来ても、コメルヴやお前のことは言うなよ。適当に誤魔化しておけ」
「はい……」
隊長はそう言って、立ち去った。他のみんなも続く。これからは、生存者の救援ではない。辛そうだった。
そして、またもや、対策本部をウルガスと守ることになる。
昼食を食べてお腹いっぱいになったからか、子ども達は昼寝をしていた。
アルブムもお腹を上に向けて眠るという、無防備な姿を見せている。
『ン?』
眠っていたアルブムが起き上がった。
「アルブム、どうかしました?」
『ナンカ、変ナ、音ガ……』
「え?」
顔を上げた瞬間、ドン! と大きな地鳴りが起きた。
「頭を守って、伏せてください!!」
ウルガスが村人達に注意を促す。私もハッとなり、アルブムやコメルヴを抱え込んで地面に伏せた。
ドン、ドンと大きな地響きが続いていく。これは、いったい……?
『……魔物の、気配がする』
コメルヴの呟いた言葉に、全身鳥肌が立った。
周囲より、悲鳴が聞こえた。
「ギャアアアアア!!」
「魔物だ!!」
「山から、下りて来る!!」
土砂崩れがあった山肌から、煙が上がっている。その先に見えるのは――巨大な黒い何か。
滑るようにして、こちらへ接近していた。
大きさは、遠目で見ても十メトル以上あるように思われる。
「あ、あれは、いったい……!?」
村人達は散り散りに逃げる。ウルガスが、一ヵ所に集まってくださいと指示するも、誰も聞かない。
『モシカシテ、山ニ、魔物ガ、埋マッテイタ?』
「ええ!?」
昨日の土砂崩れは、魔物が原因だったのか。
「リスリス、ウルガス!!」
隊長達が戻ってきた。
ホッとしたけれど、しかしあれはいくら隊長達でも相手にできないだろう。
「ザラ、村人達を一カ所に集めて、安全な場所に案内しろ」
「了解」
安全な場所なんてどこにもないけれど、ザラさんは隊長の命令通りに動く。
「リスリス、ステラは救急治療所で待機。あ、あと、アルブムとコメルヴもだ」
「は、はい」
アルブムはびしっと敬礼していた。私もしなければいけないのだけれど、混乱していてそれどころではない。
隊長は次々と指示を出す。
「ガル、ウルガス、リヒテンベルガーは俺に続け」
その命令を聞いた瞬間、背筋がゾクッとした。魔物と戦うつもりのようだ。
いくら隊長でも、十メトル以上もある巨大魔物と戦うことは無理だろう。
「隊長!!」
私は思わず走って隊長の背中に縋りつく。
「行かないでください!! お願いします!!」
こんなことをしてはいけない。わかっている。けれど、言わないわけにはいられなかった。
どうせ怒鳴られて終わりだ。そう思っていた。けれど、違った。
隊長は私を振り返り、頭を撫でる。
「大丈夫、心配するな」
そう言って、マントを翻しながら走って魔物のいるほうへと向かう。
他のみんなも、私に微笑みかけたあと、隊長のあとを追い駆けていた。
「そんな、そんなのって……!」
ぺたりと、その場に座り込む。
私にできることは――何もない。無力だ。
ズン、ズンと村が揺れる。
確実に、魔物が近付いてきているのだ。
「ああ、ああ……」
ポロポロと、涙が零れていく。
ベルリー副隊長はアメリアと共に救援を求めに行ったが、近くの街まで鷹獅子の翼でも一日かかる。だとしたら、私達のもとに救援部隊がやって来るのは、もっと先の話になるだろう。
絶望的な状況であった。
『メルゥ……』
『パンケーキノ娘……』
コメルヴとアルブムが、私に優しく声をかける。
ステラは、静かに寄り添ってくれた。
「私は、どうすれば……」
『メルゥ』
コメルヴが、私の服の袖をくいくいと引いた。
「なんですか?」
『マスタ、呼ぶ?』
「え?」
まさかの提案に、目が点となった。
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