コメルヴの奇跡
突然発光したコメルヴに変化が起こる。
三枚葉っぱが生えている頭部から、新しい芽が伸びてきた。だんだんと芽吹き、枝分かれする。そこから、たくさんの葉が生えてきた。
小さな体にだんだんと葉が生い茂るのだ、私の手のひらでは持ちきれなくなった。
ぐらりと体が傾いて後ろに倒れそうになると、ザラさんが私の体を支えてくれる。
「その子を、地面に下ろしましょう」
「は、はい」
コメルヴを地面に下ろすと、自ら土の中に根を張って自立していた。
最終的には、私の背丈と同じくらいの大きな木(?)となった。
「これは、いったい……?」
「すみません、私の涙をコメルヴが食べたら、このように」
「なるほど。メルちゃんの魔力を取り込んだわけね」
まさか、こんなことになるなんて。
私はしゃがみ込んで、コメルヴに話しかける。
「コメルヴ、大丈夫ですか?」
『メルゥ、平気』
「よかった」
『あのね、メルゥ』
「はい?」
コメルヴはピッと、怪我人を指差しながら言った。
『あの人達、痛い、痛い、言ってる』
「はい……」
コメルヴの万能薬草を食べたら、治るかもしれない。そう伝える。
『だったら、怪我人に、コメルヴの、葉っぱ、あげて』
「い、いいのですか?」
『いいよ』
「ありがとうございます!」
これで、怪我に苦しんでいる人達も助かる!
私は急いで村人と作戦会議をしている隊長に報告に行った。
「隊長!」
「どうした?」
まだ、万能薬草の効果は定かではない。よって、耳打ちして事の次第を報告した。
「……と、いうわけでして」
「わかった」
ただちに、行動に移るように言われた。
「怪我人は?」
「重症者は二十名、軽傷が四十名ほどです」
「だったら、ウルガスを付ける」
「了解です」
こういう時、衛生兵の資格を持っているウルガスの存在がありがたい。
「あと、アルブムにも手伝わせろ。手先は器用だろうから」
「わかりました」
隊長、ガルさん、ザラさん、リーゼロッテは今から救助任務に当たるらしい。ステラの手も借りると言っていた。
一人で大丈夫かと心配になったけれど、騎士隊専属の幻獣として頑張ると、やる気を見せている。頼もしい限りだ。
「では、行ってまいります」
「頼んだぞ」
「はい」
敬礼をしてから隊長と別れ、さっそく治療に取りかかる。
「それではウルガス、任務を開始します」
「了解であります」
まず、万能薬草はこのまま与えるのは難しいだろう。
「乳鉢で擂って、黄金蜂蜜と混ぜて与えます」
栄養豊富な黄金蜂蜜と一緒だったら、きっと飲みやすくなるだろう。
ここで、アルブムが自分の黄金蜂蜜を取り出し、私に差し出してくる。
『パンケーキノ娘ェ。アルブムチャンノ、黄金蜂蜜モ、使ッテイイヨ』
「アルブム、ありがとうございます」
アルブム、食いしん坊なのに、大切な黄金蜂蜜をくれるなんて!
ありがたくいただくことにした。
作業を開始する。
アルブムがコメルヴの万能薬草を摘む。
『コレ、痛クナイヨネエ?』
『平気、たぶん』
『ヒエエ……』
アルブムは勇気を出して『エイヤ!』と、コメルヴの葉っぱを摘んでいた。
どうやら痛みはないようで、コメルヴは無表情に加え無言であった。
アルブムが運んで来た万能薬草を乳鉢に入れて擂って、仕上げに蜂蜜を入れる。
名付けて、『蜂蜜万能薬』の完成だ。
ここで、村の人から重傷者リストが届いた。
怪我の具合が酷い人から、薬を与えに行く。
まず、一人目。二十代前後の若い青年だ。
血塗れで、正直、目も当てられないような怪我を負っている。先ほどまで叫んでいたが、急に大人しくなった。息も浅い。
「大丈夫ですか?」
意識はない。可哀想に……。
「衛生兵です。治療に来ました」
耳元で話しかける。すると、ピクリと動いた。
「……と、を」
「え?」
「とうと、を、先に」
ここで、村人の女性が耳打ちする。彼には弟がいて、軽傷らしい。
私はコクリと頷いて、話しかける。
「大丈夫ですよ、無事です」
ホッとしたのか、口元が僅かに緩む。
そこに、蜂蜜万能薬を含ませた。ごくりと、喉が動いているのを確認する。
薬を嚥下した青年の体はほのかに光り――瞬く間に傷が塞がっていった。
傷が塞がり、内出血のあとは綺麗な肌色になる。
奇跡だ、と私に付き添っていた村人の一人は叫んだ。
コメルヴの万能薬草は、素晴らしい効果をもたらしてくれた。
それから、次々と治療を施す。
薬を飲めない火傷をしていた患者には、直接蜂蜜万能薬を塗って治した。
怪我人よりも、火傷をしている人が多い。
巨大な岩が落石してきたことによって、村全体が地震のように揺れたのだ。
それで、寝室に置いていた火鉢が倒れ、小火となり火傷をしてしまったらしい。二次災害というやつだ。
途中からウルガスも治療に加わる。
蜂蜜万能薬を作る作業は、アルブムがせっせとしているらしい。
こうして、みんなの協力により、素早く重傷者の治療をすることができた。
アルブムとコメルヴのいる場所まで戻る。
『アア、ツカレタ』
『コメルヴは、別に』
アルブムはお腹を向けて、地面の上に寝転がっていた。なんて無防備な。
コメルヴは元の姿に戻っていた。なんでも、茂っていた万能薬草を採ったら、落角のようにポロリと木が取れたようだ。
「リスリス衛生兵、軽症者はどうします?」
「さすがに、全員に配れるほど余っていないので……」
コメルヴの万能薬草は残り十五枚ほど。軽症者は四十名ほどなので、圧倒的に足りない。
軽傷の内容のほとんどは、切り傷に擦り傷。放っておいても、二、三日で治るものだという。
コメルヴの葉は、これから来るかもしれない重傷者のために取っておいたほうがいいだろう。
「なんか、葉っぱの成分を薄めただけでも軽傷者なら効果はありそうですが」
『ダッタラパンケーキノ娘、ソレ、スープに一、二枚入レタラドウ?』
「それだ!!」
アルブム偉い、賢いと、褒めたたえる。すると、満更でもない様子を見せていた。
「スープですか。いいですね。リスリス衛生兵の料理はうまいので、きっとみんな喜びますよ」
「はい、頑張ります!」
みんなが元気になるスープを作ろう。
私達は次なる目標を定める。
まずは、村の女性達に相談した。炊き出しをしたいので、大きな鍋を借りたいと。
一年に一度、収穫祭で使う大鍋があるというので、貸してもらえることになった。
それから、村の商店が食材を提供してくれることになった。
「ウルガス、鍋運びのお手伝いをお願いします」
「了解です」
私は動ける村人達に指示を出し、かまどを組み立てる。
食材を待っていたら、アルブムがグイグイと私の服の袖を引いた。
「どうしました?」
『パンケーキノ娘、アノ木ノ実、食ベラレルヨ』
アルブムが指を差したのは、広場の木の実だ。丸々とした実を生らしている。
大きさは人差し指と親指を丸めたくらいか。結構大きい。
「見たことない木の実ですね」
『甘クテ、オイシイヨ』
村人にも話を聞いてみる。
「あの木の実ですかい? 昔からあるやつで、渋みがあるので誰も食べませんが」
少し、山栗に似ている。渋みがあるとな。
「アルブム、これ、本当に食べられるのですか?」
『地面ニ、落チテイルノハ、渋クテ食ベラレナイヨ。生ッテイルヤツガ、オイシイヤツ』
「なるほど」
通常、木の実は地面に落下したら熟れている状態となる。しかし、この木の実は違うようだ。
『アルブムチャンガ、採ッテキテアゲル!』
「ありがとうございます」
アルブムは木に登り、木の実を千切る。私に投げてくるので、帽子で受け取った。
あっという間に、百個くらい集まった。
私はこの木の実の皮を、村の女性達に剥くようにお願いした。
食材と鍋が届いたので、さっそく調理に取りかかる。
大鍋に水を張り、コメルヴの万能薬草を一枚入れた。ぐつぐつと沸騰させ、野菜や肉を投下する。
「衛生兵様、木の実を剥きましたが」
「一度、煮込んでアク抜きをしましょう」
「わかりました」
食べやすいように切った木の実は灰汁抜きする。
スープに入れる前に、味見をしてみた。ホクホクしていて、ほんのり甘い。おいしい木の実だ。きっと、スープとの相性も抜群だろう。
安心して、木の実もスープに入れた。
じっくり煮込み、塩胡椒、香草などで濃い目に味付けする。
さらにコトコト煮込んで、材料がしんなりなったら『(※その辺にあった)木の実スープ』の完成だ。
商店から提供してもらったビスケットやパンと一緒に、スープを配った。
地面に座り込み、スープを食べた少女の頬がほころんでいく。
周りの人達も、ホッとしたような表情を見せていた。
おいしい、という言葉も聞こえる。
ああ、良かったと、心から思った。