黄金蜂蜜を求めて!
うっ……デカい!
全長半メトルほどの巨大な蜜蜂が。数は五、十、十五……くらいか。
巣の前に現れた私達を見て、警戒態勢でいた。隊長が剣を抜くと、襲いかかって来る。
が、ここでアルブムが叫んだ。
『待ッテ、コレ、妖精ダヨ~~!!』
なんと、黄金蜂蜜を作る蜜蜂は妖精族らしい。
蜜蜂妖精は尻に生えた針を突き出して攻撃している。
みんな、なんとか回避しているようだけれど、数が多いので目が回りそうだ。
守備範囲は意外と狭いのか、距離を置いている私達を襲う気配はない。
それを確認した隊長達は、後退する。攻撃はあっさり収まった。
はてさて、どうすればいいのか。
とりあえず、我らが第二部隊の妖精さんになんとかできないか聞いてみた。
「アルブム、あの蜜蜂に交渉できますか?」
『エ、アルブムチャンガ?』
目を細めて、嫌そうな顔をするアルブム。それもそうだろう。妖精とはいえ、虫にしか見えない相手で話が通じる感じはまったくない。
しかし、他に打つ手はなかった。
「アルブムしか、頼りになる人はいません!」
お願いしますと、頭を下げる。
『コメルヴからも、お願い』
私の手のひらに立ったコメルヴも、アルブムにペコリと頭を下げていた。
「私も攻撃が届かないギリギリの範囲まで一緒に行くので」
『コメルヴも!』
「私も行くわ」
なんと、ザラさんまで同行してくれるらしい。
遠くで、蜜蜂妖精が威嚇するようにブブブと羽音を鳴らしている。
羽音にびっくりしたアルブムは数秒悩んだあと、ザラさんの肩に跳び乗っていた。
「……アルブムったら何よ、そのヤレヤレとした妥協感は」
『ダッテ、パンケーキノ娘ノホウガ、イイシ』
一応、コメルヴが一緒なので、アルブムまで乗っかったら負担になると思ってくれたらしい。意外と、優しいところもあるものだ。
それにしても、なぜ私はここまでアルブムに好かれているのか謎である。今更だけど。
蜜蜂妖精はブブブと大きく羽音を鳴らしながら、私達の様子を警戒していた。
「おい、リスリス。気を付けろよ」
「はい」
アメリアやステラも一緒に行きたいと主張したが、蜜蜂妖精を刺激しそうなのでその場で待機を命じた。かなり心配していたけれど、ザラさんがいるからきっと大丈夫!
一歩、一歩と慎重な足取りで近づく。
前方で警戒している蜜蜂妖精はなるべく見ないようにしながら、進んで行った。
ぎこちない足取りで進んでいたが、蜜蜂妖精から二メトルほど離れた位置で待ったがかかる。
「メルちゃん、止まって。ここから先は危険だから」
「は、はい」
ここから、交渉を行うらしい。
「アルブム、お願いします」
『お願い、します』
私の言葉に、コメルヴも続く。
アルブムは気乗りしない様子で、蜜蜂妖精に話しかけた。
『ア、アノ~、チョット、イイデスカ~?』
反応はない。もしかして、離れすぎているというのか?
ザラさんも、もっと近くに寄ったほうがいいかもしれないと言う。
一歩、ザラさんが動いたら、蜜蜂妖精が針を前に突き出した。少しでも、近付いたら刺すという動きだろう。
「仕方がないわね」
そう言って、ザラさんは腕を伸ばした。蜜蜂妖精は大人しくしている。
近づくのはダメだけど、この場で体を動かすのは問題ないらしい。
ここで、ザラさんがアルブムに声をかける。
「さあアルブム、腕の先まで進んで交渉してちょうだい」
『エエ~~!! 怖イカラ、ヤダ!!』
「アルブム、お願いします。あとで、パンケーキを焼くので」
『パンケーキ……! パンケーキノ娘ノ、パンケーキガ、食ベラレル……!』
「どうしますか?」
『ウッ……ワカッタ。頑張ル』
「頼みましたよ」
パンケーキには抗えないのか、アルブムは慎重な足取りでザラさんの腕を歩いて行った。
そして、尻尾と毛をピンと立てた状態で、蜜蜂妖精に話しかける。
『アノ~、チョット、イイ?』
今度は声が届いたのか、ブブブと羽音とは違う音を出していた。アルブムはうんうんと頷いている。
「あの、アルブム、なんて言っているのですか?」
『ア、エット、単純ニ、「帰レ」ッテ、言ッテル』
で、ですよね~~。
しかし、言葉は通じた。大きな一歩だろう。
「えっと、申し訳ないんですけれど、何かと物々交換で蜂蜜を譲ってくれないかと、聞いてくれますか?」
『ウ~ン、言ウダケ、言ッテミルケレド』
アルブムは蜜蜂妖精に向かって、交渉を持ちかける。すると、今までにないくらい、ブブブと大きな羽音を鳴らしてきた。
これは、アルブムの通訳を聞くまでもない。交渉決裂だろう。
アルブムは申し訳なさそうな顔で振り返る。
『パンケーキノ娘ェ』
「えっと、ダメだったんですね?」
『ウン』
ものすごく気が立っているらしい。なんでも、女王蜂が病気らしく、同胞達もバタバタと倒れているのだとか。
「同胞達もって、どういうことですか?」
『ココノ蜂妖精ハ、女王カラ、魔力ヲ受ケテ、活動シテイルンダッテ』
「なるほど……」
女王蜂が倒れたら、種族の存亡にかかわる。魔力の供給が途絶え、生きているのはごく僅かな状態なんだとか。だから、近付かない限り襲って来なかったのだろう。
ちなみに、黄金蜂蜜は女王の魔力を受けて熟成させるらしい。
話を聞いただけで、特別な物だということがわかる。
それにしても、いったいどうすればいいのか。そんな言葉を口にしようとした瞬間、コメルヴがピッと手を挙げた。
『コメルヴの葉っぱ、食べたら元気になる!』
「そ、そうなのですか!?」
なんという驚きの事実!
コメルヴの頭部から生えている葉は、さまざまな病気を回復させる万能薬らしい。
『メルゥ、コメルヴの葉っぱ、千切って?』
「え!? で、でも……」
『お願い』
手が届かないので、葉を引っ張ってくれと乞われた。いや、そんな、葉を抜くなんて痛そうだと思ったが、蜜蜂妖精も早く女王を治したいだろう。
心を鬼にして、三枚生えているうちの一枚をえいや! っと抜いた。
コメルヴは特に痛みは感じなかったようで、無表情だった。
「アルブム、お願いします」
『エ、アルブムチャンガ、渡スノ?』
「蔓とか使ったらどうですか?」
『ア!』
アルブムは森の妖精で、蔓などを生やす魔法ができる。アルブムは忘れていたようだけど、私はその蔓で宙吊りにされたので、覚えているのだ。
その能力を使ってコメルヴの葉っぱを渡すように助言した。
アルブムは魔法で蔓を作り出し、葉っぱを巻きつけると素早く蜜蜂妖精に差し出した。
蜜蜂妖精はブブブ、ブブブと、仲間内で話し合っているように見えたが、最終的に葉を受け取った。
すぐさま巣に入り――五分後。
ブブブと、軽やかな羽音を鳴らしながら蜜蜂妖精が戻って来る。
先ほどの警戒する態度とは打って変わって、軽やかに舞うように跳び回っていた。
どうやら、女王様の病気はコメルヴの葉で治ったようだ。
「ああ、よかったです」
蜜蜂妖精の手には、直径三十センチほどの琥珀色に輝く玉があった。
『あ、あれ、黄金蜂蜜!!』
『パンケーキノ娘ェ! 受ケ取ッテ!』
「えっ!?」
蜜蜂妖精が近付いて来て、なぜか私に蜂蜜玉を差し出した。受け取ると、ずっしりと重い。
ふらついてしまったら、ザラさんが肩を支えてくれる。
「こ、これが、黄金蜂蜜……!?」
表面はつるりとしていて、澄んだ色合いで宝石のようだ。これはどうやって使うのか?
「あの、こちらは――!」
私の問いに答えるように、蜜蜂妖精はブブブと羽音を鳴らす。
「アルブム、彼女かな……? えっと、蜜蜂妖精は、なんと?」
『ア、ウン。鋭利ナ物デ裂イタラ、液体ニナルンダッテ』
「へえ、便利ですね!」
ありがたいと思いながら、妖精鞄ニクスの中に蜂蜜玉を入れる。
帰ろうとしたら、想定外の事態となる。
先ほどの十五匹の蜜蜂妖精のすべてが、蜂蜜玉を持って来ていたのだ。
「あ、いや、そんなにいらないというか……」
『アルブムチャン、一個ホシイ』
「でしたら、もう一個だけいただきましょう」
アルブムは交渉を頑張った。だから、もう一個だけ貰うことにした。
「コメルヴ、黄金蜂蜜、手に入れましたよ」
『メルゥ、ありがとう』
「いえいえ」
頑張ったのはアルブムだ。そう言うと、コメルヴはアルブムのところにもお礼を言いに行っていた。
アルブムが、みんなで黄金蜂蜜を味見しようと言う。
葉っぱの上に置いて、各々食べてみることにした。
「コメルヴは食べられますか?」
『うん、食べる』
蜂蜜玉にナイフを入れてみる。宝石のような見た目に反し、刃を滑らせると熟した果物のように柔らかかった。
「わっと!」
初めは固体だったが、どんどん溶けていった。急いで、コメルヴに手渡す。
湖の水を掬うような手つきで、コメルヴは黄金蜂蜜を飲んでいた。
「コメルヴ、どうですか?」
『うん、おいし!』
「よかったです」
今度はアルブムの分を削ぎ、葉っぱの上に置いた。
ペロリと舐めたあと、キラリと目が輝く。
『パンケーキノ娘ェ、コレ、スッゴクオイシイイ~~』
「そうですか」
私達もいただくことにする。一口大に削いで、溶ける前にパクリと食べた。
「――わっ!!」
舌の上でとろけた!
濃厚で品のある甘さが口の中に広がる。舌触りはまろやかで、後味は残らずあっさりとしていた。
いくらでも舐められるような、絶品蜂蜜である。
みんな、味わっていたが、ただ一人、甘い物が苦手な隊長だけ顰め面でいた。
『山賊サン、食ベナイノ?』
アルブムが勧めていたが、隊長は首を横に振って遠慮をしていた。
それよりも、山賊呼ばわりが気になる。呼び名を受け入れている隊長も。
いやいや、そんなことはさて置いて。
『ア、パンケーキノ娘、コノ蜂蜜、料理ニモ使ッテイイカラネ』
「あ、ありがとうございます」
なんと、アルブムは黄金蜂蜜を料理用に分けてくれるらしい。
こうなったら、隊長がおいしく食べられる黄金蜂蜜料理を作ろうと思う。