コメルヴと幻の食材
不思議生物を発見できたので、リーゼロッテとアメリアに合流するように合図を出す。
アメリアが着地できる開けた場所まで、ベルリー副隊長が迎えに行くことになった。
リーゼロッテを待つ間、私達はコメルヴを囲んで観察する。
地面に置いたアルブムに、コメルヴはしがみついていた。
「なんだあ、コレは?」
隊長がコメルヴを覗き込む。すると、『コメルヴ……』と小さな声で自己紹介していた。隊長を怖がる様子はない。
「コメルヴ、か。お前は何者だ?」
二つ目の質問に関しては、体を傾ける。バサリと、頭部から生えていた葉っぱがアルブムに当たった。
『ウッ、チクチクスル!』
『ごめん』
そう言って、コメルヴは体の角度を逆方向へと傾ける。
隊長はゴホンと咳払いをして、改めて話しかけていた。
「質問を変えよう。なぜ、魔物に追い駆けられていた?」
この質問の意味は伝わったようでアルブムから離れると、下がっていた葉がピンと張る。身振り手振りを加えて説明していた。
『魔物、オイシイモノ、探していたら、会った』
「おいしいものだあ?」
どうやら、コメルヴは森の中で食材探しをしていたらしい。
『ここ、黄金蜂蜜、匂い、した』
「お、黄金蜂蜜ですか!!」
思わず反応してしまったら、みんなの視線が集まる。
「おいリスリス、黄金蜂蜜ってなんだ?」
「伝説とも言われている、至高の蜂蜜です!」
なんでも花蜜蜂という世界的に稀少だと言われている蜜蜂が伝説の花から採取した蜂蜜のことで、夢のようにおいしいらしい。
「コメルヴ、あなたは、蜂蜜が好きなのですか?」
うんと、元気よく頷いたが、そのあと違うと体を左右に振っていた。
「えっと、どういうことです?」
『……』
聞いてはいけないことを聞いてしまったのか、コメルヴはソワソワと焦ったような身動きを取っている。
「コメルヴ、ご説明はゆっくりでいいですよ」
『メ、メルゥ……。コメルヴ、蜂蜜……ほしい』
どうやら、黄金蜂蜜が欲しいらしい。
私は隊長を見る。
「そもそもだ。こいつはなんなんだ?」
「あ、そうですね。ステラ、分かります?」
ステラは分からないと首を横に振った。幻獣の種類は多岐に渡るので、アルブムのように魔力の質で妖精か違うかと探ることはできないようだ。
スラちゃんも分からないと、手をブンブンと振っていた。
「幻獣か精霊か。どちらにせよ、保護したほうが良さそうですね」
「まあ……そう、だな」
リーゼロッテが見たら幻獣か否かであるかは判明するだろう。
戦闘能力があるようには見えない。このまま放したら、魔物の餌食となってしまうだろう。
「黄金蜂蜜はどうします?」
隊長は顔を顰め、山賊のように怖い顔となる。
任務を遅らせてまですることではない。そう言いたいのだろう。
ここで、アルブムがコメルヴへ話しかける。
『ネエ、ナンデ、黄金蜂蜜ガ、欲シイノ?』
『マスタ、オイシイモノ、食べたいって言った』
私もしゃがみ込み、詳しい話を聞く。
「コメルヴはマスタ、さん? のために、黄金蜂蜜が欲しいのですね」
『うん、そう』
こっくりと頷きながら言葉を返してくれた。
「その、マスタさんは今どこに?」
コメルヴは体を傾けたあと、ゆっくりと空を指した。
「えっ……マスタさんは、もしかして……」
もう、この世にいない?
コメルヴは私の服の袖に手を添えて、懇願してきた。
『メルゥ、黄金蜂蜜、一緒に、お願い』
目がウルウルしているコメルヴを見ていると、胸がぎゅっと掴まれる。
亡くなったマスタさんのために、危険を冒してまで頑張るコメルヴ。なんて健気な生き物なのか。
どうにか、願いは叶えてあげたいけれど……。
もう一度、隊長の顔を見る。眉間の皺はさらに深く険しくなっていた。
ここで、ベルリー副隊長、リーゼロッテ、アメリアが戻って来る。
「ただいま戻りました」
「おう」
私は早速、コメルヴを持ち上げて、リーゼロッテに見せてみた。
「あの、リーゼロッテ、不思議生物を保護したのですが、これは幻獣ですか?」
「きゃあ!」
急に目の前に出したので、リーゼロッテは驚いたようだ。申し訳ないと謝る。
「すみません」
「いえ、いいけれど」
リーゼロッテはズレた眼鏡の位置を正しながら、コメルヴをじっと見つめる。
またしても恥ずかしくなったようで、顔を葉っぱで隠していた。
「わかります?」
「ええ……。恋茄子に似ているけれど、体は紫色ではないし……」
ブツブツと何やら呟いている。葉っぱの質感や、根に触れて調べ始めた。
コメルヴは嫌がる様子はなく、大人しくしていた。
五分ほど調べた結果を述べる。
「メル、これは幻獣ではないわ」
「なるほど。ありがとうございます」
妖精ではなく、幻獣でもない。邪悪な感じはしないので、魔物でもないだろう。
「ということは、精霊ですか?」
「妖精でないというのならば、そうでしょうね」
というわけで、コメルヴは精霊(?)ということになった。
現状をベルリー副隊長にも報告する。
コメルヴは亡くなった主人のもとから離れて、単独でここまで来たということ。
マスタさんという名の主人は今、空の上にいて、供養のために黄金蜂蜜を欲しているということ。
「ベルリー、お前はどう思う?」
「これ以上、任務外の行動を起こすべきではないかと」
たしかに、それは正しい。私達は遠征部隊の一員として、この地に派遣された。私情で動くわけにはいかないのだ。
ご主人様がいないというのならば、このまま保護しなければならない。しかし、黄金蜂蜜を採取しないと言ったら、ここに残るというのだろうか。
私はぎゅっとコメルヴを抱きしめる。
ベルリー副隊長が懐中時計を取り出した。蓋を開き、時間を調べているようだ。
ちょうど、時間を示す針が動く。静かな森の中で、大きく聞こえた。
「あの、コメルヴ、私達、実は……」
ベルリー副隊長はパチンと懐中時計の蓋を閉じ、こちらの事情を説明しようとしている私を手で制す。
「隊長、たった今、勤務時間は終了しました」
「そうか」
どういう意味なのか、わからずにベルリー副隊長と返事をした隊長の顔を見比べる。
「だったら、自由に行動できるわね!」
ポン! と、ザラさんが私の肩を叩いた。
もしかして、コメルヴのために黄金蜂蜜探しを手伝ってくれるというのだろうか?
「黄金蜂蜜って、うまそうですよね」
続けて、ウルガスが笑顔で話しかけてくる。
「勤務時時間外だから、何をしようがわたくしの勝手だわ」
リーゼロッテまで。ガルさんも私の頭をぽんぽんとしてくれた。
隊長とベルリー副隊長を見ると、二人共頷いていた。
やはり、黄金蜂蜜探しを手伝ってくれるようだ。
「あの、ありがとうございます」
「暗くなるまでだからな」
「はい!」
こうして、私達は黄金蜂蜜探しをすることになった。
「コメルヴ、黄金蜂蜜の場所はわかるのですか?」
私の質問に対し、コメルヴは頭を傾ける。どうやら、詳しい場所はわからないらしい。
なんとなく、この森のどこかから黄金蜂蜜の匂いがするということだけ把握していて、さまようように探していたようだ。
どうすればいいのか。途方に暮れていたが――。
『アノ、アルブムチャン、ワカルヨ』
「本当ですか!?」
『ウン』
さすが、食いしん坊妖精!
黄金蜂蜜を食べたことはないらしいけれど、濃い蜂蜜の匂いが漂っているらしい。
「アルブム、案内をお願いします」
『ワカッタ!』
アルブムはスラちゃんの真似をするように、胸をドン! と叩いた。
「コメルヴ、今から、黄金蜂蜜を探しに行きますからね」
そう伝えると、コメルヴは私に身を寄せて礼を言ってきた。
『メルゥ、ありがと』
「いえいえ」
アルブムはどんどん森の道を歩く。あとから、第二部隊の面々が続いた。
そうこうしているうちに、陽が傾いてきた。
そろそろ引き返さないと、夜になってしまいそうだ。
隊長に声をかけようとした瞬間に、アルブムが振り返った。
『パンケーキノ娘ェ、黄金蜂蜜、アッタヨ!』
やったー! と喜びたかったが、想定外の物体に目を剥く。
黄金蜂蜜の巣は、全長五メトルほどと、大きかったのだ。
当然ながら、私達は蜂蜜を狙う侵入者であるわけで、巣穴から、巨大な蜂が出てきた。
『メルゥ、蜂、大きい』
「で、ですね」
その会話が戦闘開始の合図となった。