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リスリス衛生兵、頑張る

 今回、回収した魔石は提出するらしい。さすがに、人為的に生まれた巨大烏賊の件と召喚魔法の件は無関係とは思えない。

 幻獣保護局はこの辺の騒動を、魔法研究局や魔物研究局の局員が関与しているのではないかと、疑っているらしい。

 以前、幻獣誘拐騒ぎの時に魔物の中から抜き取った魔石は侯爵様が持っている。調査はその魔石だけでも十分だろう――というのが魔法使いであるリーゼロッテの分析であった。

 よって、今回巨大烏賊から回収した魔石は騎士隊へ提出することにした。


 浜辺で、連絡用の花火を打ち上げる。迎えに来てくれという意味の、黄色い火花が打ち上がった。

 たぶん、夜までに騎士隊の船が迎えに来てくれるはずだ。


 その後、隊長とベルリー副隊長は村長に調査の報告に行ったようだ。

 リーゼロッテの布教の成果か、アメリアやステラを見に来る人が増えた。

 子ども達に「カッコイイ!」とか「強そう!」とか言われて、満更でもないご様子のアメリア。一方、人見知りのステラは耳をペタンと伏せて、身を縮めた状態で居心地悪そうにしていた。


「なんか、ショーとかやったら稼げそうですね」


 ウルガスがポツリと呟いた言葉に、なるほどと思う。

 アメリアとステラは賢い子達なので、何か芸を仕込んだらすぐに覚えそうだ。

 ぼんやりとしながら話を聞いていたら、リーゼロッテが腰に手を当てて、びしっとウルガスを指差す。


「ジュン・ウルガス。あなた、何を言っているの? 幻獣にそんなことをさせたらダメ!」

「ヒッ! リヒテンベルガーさん、す、すみません」


 ウルガスはリーゼロッテに怒られていた。私は同意しなくてよかったと、心の底から思う。

 いや、本気で考えていたわけではないけれど。

 たぶん、疲れているのでこんな楽をして生活したい的な思考になってしまうのだろう。


 幻獣をひと目見に来る人達はだんだん増えていく。

 アメリアが片脚を上げただけで、「おお~!」と歓声が上がっていた。

 この盛り上がりはいったい……。

 と、ここで、ちょっとした騒ぎとなる。


「すみません、すみません!」


 人を手で避け、前に踊り出る男性の姿が見えた。

 転がるようにアメリアの前にやって来て、必死の形相で叫ぶ。


「すんません、幻獣様! どうか、妻の出産が上手くいくように、お力を借りたいのですが!」


 アメリアは私を振り返り、困ったような表情で『クエ~~』っと鳴く。

 私、そういうのやっていないんで、と言いたげであった。

 しかし、奥さんの出産が上手くいくようにとな?

 何かあったのか。訊ねてみる。


「あの、奥さんがどうかしたのですか?」

「あ、あの、すげえ痛がっていて……医者が昨日来る筈だったんですが、海が時化て来れなかったもんで」


 どうやら、村に医者はいないらしい。本島から船でやってきているのだとか。

 今日の夕方に来る予定だったけれど、巨大烏賊のせいで船の行き来が中止になったらしい。

 しかも、ここの村では女性達が出産の手伝いをする習慣がないんだとか。

 よって、知識がある者は皆無となる。


「陣痛の間隔はどれくらいですか?」

「へ?」

「陣痛――奥さんが痛がる間隔です」


 陣痛とは、子どもが産まれる前に波状的に起こる子宮の収縮のことである。

 ちなみに、かなり痛いらしい。


「えっと、十分に一回くらいの頻度、だと」

「破水は?」

「わ、わからな……ううっ」


 ダメだ。旦那さん、完全に動転している。泣き始めちゃったし。まったく話にならなかった。


「家はどこですか?」

「へ?」

「奥さんの具合を見せてください」

「あ、あなたは?」

「衛生兵です」


 出産の手伝いは、村で何度かしたことがある。

 何か手伝えることがあるかもしれない。

 私は旦那さんの誘導で、奥さんの待つ家に走って向かった。


「こっちです!」


 寝室に上がらせてもらう。

 そこには、うめき声をあげる奥さんが横たわっていた。中年の女性は母親なのか。

 どうしていいのかわからないようで、オロオロとしていた。

 旦那さんの顔を見るや否や、今までどこに行っていたのかと怒鳴っている。


「え、衛生兵様をお連れしました」

「え!?」


 驚きの表情を浮かべたあと、お母さんは私にすがるように手を握ってきた。


「衛生兵様、む、娘を、娘を助けてください!」


 涙を流しながら懇願される。

 しかし、困った。私は医者ではない。出産の手伝いだって、三回くらいした程度だ。


「お願いいたします!」

「えっと、あの、はい。可能な限り」


 出産の記憶を、甦らせる。…………たぶん、大丈夫。


「あの、娘さんは破水はしていますか?」


 お母さんはコクコクと頷いていた。


「早期破水というわけではないですよね?」

「ええ、予定通りです」


 だったら、いろいろ準備しなければならない。


「まず、お湯……それから、へその緒を切る道具の煮沸消毒に、ひ、紐も用意して、あと……産湯!」


 だんだんと頭の中が混乱してくる。どうするんだっけと自らに問いかけるが、頭の中は真っ白になりかけていた。


「メルちゃん!」


 ここで、ザラさんがやって来た。隊長とかに報告してくれたらしい。


「ザ、ザザ、ザラさん!」

「しっかりして」

「す、すみません」

「私も、姉の出産の手伝いをしたことがあるから。二人でなんとかしましょう!」


 ザラさんに活を入れてもらい、なんとか落ち着きを取り戻すことができた。


「メルちゃん、頑張るわよ!」

「お、おお!」


 気合いを入れた五時間後――赤子が産まれました。

 元気に泣く姿を見て、ホッとする。

 母子共に健康で、出産は大成功だった。

 ここに至るまで、本当に大変だったけれど。

 改めて、出産は命がけなんだなと思う。

 幸いなことに、途中から私達を迎えに来ていた船にいた隊医が駆けつけてくれたので、へその緒を切る大役を担わずに済んだ。

 とりあえずホッとする。


「衛生兵様、ありがとうございました」

「本当に、助かりました」


 ご家族一同に感謝された。くたくたに疲れたけれど、清々しい気分だった。

 誰かの力になれたということが、とても嬉しい。


「あの!」


 帰ろうとしていたら、旦那さんに引き留められる。


「衛生兵様の、お名前をお聞きしても?」

「私の名前、ですか?」

「はい」


 名乗るほどの者ではないのだが、お願いされたので自己紹介する。


「エノク第二部隊所属の衛生兵、メル・リスリスです」

「メル・リスリスさん、ですね。あの、お願いがあるのですが」

「なんでしょう?」

「子どもは娘でして、衛生兵様のお名前をいただけたらなと」

「そ、そんな」


 もっと良い名前があるだろうと言っても、旦那さんはブンブンと首を振っている。


「衛生兵様が駆けつけてくれて、妻も私も、義母もどれだけ勇気づけられたことか!」

「いやいや、そんなにすごいことはしていません」


 あまりにも奥さんが痛がるので大丈夫なのかと心配したけれど、慄く私をザラさんが「私の姉なんか、断末魔の叫びをあげていたわ」と言って励ましてくれた。

 私一人だったら、途中で心が折れていただろう。


「娘も、あなたみたいに、困っている人に手を差し伸べられる人になってほしいなと」


 ここまで言われてしまったら、お断りもできない。


「そうですか。でしたら、どうぞ」

「ありがとうございます。娘リスリスを、大事に育てたいと思います!」

「へ?」


 旦那さんは会釈して、奥さんのもとへと戻ったようだ。大きな声で、名前が決まったぞと叫んでいる。


「あ、あの……」


 困惑していたら、背後で会話を聞いていたザラさんが意外な事実を教えてくれた。


「ここの村人達、姓が前で、名前が後らしいの」

「ああ、だから、リスリスが名前だと」


 教えに行ったほうがいいのか。しかし――。


「リスリス、良い名前ね!」

「とっても可愛いわ」

「リスリスちゃん、美人になりそうね」


 ご家族さんはリスリスという名を気に入っている様子だった。


「いいじゃない。リスリスって可愛いし」

「ですかね」


 こうして大変な騒ぎのあと、私達は船に乗り込み、家路に就いたのでした。


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