光る不思議
怪我をした手はウルガスが傷薬を塗って、包帯を巻いてくれた。
衛生兵なのに、情けない。
「ウルガス、ありがとうございます」
「いいですよ~。いいですけれど」
「けれど?」
「いや、アートさんの視線が突き刺さるといいますか」
「え?」
「あ、いいえ、なんでもないです」
早口だったので、聞き取れなかった。
うちの隊ではウルガスも衛生兵の資格を持っているので、非常に助かる。
「他の方で怪我をされている方は?」
「負傷者はリスリス、お前だけだ」
「う……はい」
隊長から怒られるかと思ったけれど、デコピンされただけだった。
いや、デコピン、けっこう痛かったけれど。
安全を確認したあとは、来た道を戻っていく。
スラちゃん灯に照らされた神殿内はどこか不気味だ。召喚で建物全体が揺れたからか、壁が落ちたり、床が抜けていたりする。
「わわっ!」
今も、ウルガスの足元が半分ほどなくなっていた。
ガルさんの尻尾に掴まって、難を逃れたようだ。
気味が悪いのはそれだけではない。壁に真っ赤な呪文が浮かんでいたのだ。よくわからない文字である。
「これ、なんて書いてあるんですかねえ」
その疑問にはリーゼロッテが答えてくれた。
「あれは古代文字よ」
「そうなのですね」
「たぶん、神殿全体が、一つの術式として構成されているんだと思うの」
よくわからないけれど、術者がいなくても魔法が成立するような仕組みになっているようだ。恐ろしい話である。
「それにしても、あの大きな角狼はいったい……?」
召喚の触媒は神殿にあった魔力と、逃走した三体の角狼の血肉だったらしい。
リーゼロッテが召喚陣の傍らにあった骨と皮だけになった骸を見たと報告する。
「あれ、不気味でしたね」
「ええ。術者がいない特殊召喚陣なんだけど……」
ちなみに、召喚術というのは魔界や妖精界、精霊界などから特別な存在を呼び出す魔法で、禁術とされている。
尚、契約している幻獣や妖精を呼び出すことはこれに該当しないらしい。
つまり、無理矢理呼び出すことが禁じられているのだ。
「違反すると金貨三千枚の罰金に、禁固千年と言われているわ」
「ひえええ……。しかし、禁固千年って、死刑と同じようなものですよね」
「対象が長命種のエルフとかいるから、千年と定めているのだと思うの」
「なるほど」
たしかに、ハイ・エルフとかは千年位生きる。
ここで、ウルガスが挙手する。
「あの、リスリス衛生兵も長生きなんですか?」
「いいえ。フォレ・エルフは人と寿命は変わらないですよ」
平均寿命は六十後半から七十くらいだ。ほとんどの村人が回復魔法を使えるので、もしかしたら王都の人より長いかもしれない。
まあしかし、ハイ・エルフのように何百年と生きられるわけではないのだ。
「古の時代とか、エルフの血を飲むと長寿になれるって迷信がありましたよね。リスリス衛生兵も知っていますか?」
「ええ。噂話の影響で短命種のエルフまで狩りの対象になったって話を聞いたことがありますから」
そのせいでエルフは人前に出て来ず、引きこもりになってしまったのかもしれない。
近所のおじいちゃんとか、私が王都に行くと言ったら、喰われるぞと脅すくらいだ。
まあしかし、エルフの血を啜っていた人達が生きる時代は確実にあったわけで。
魔法使いがたくさんいた時代はいろいろと物騒なのだ。
「だからエルフって、人嫌いが多いんですね~」
私は友好的なエルフでよかったと、ウルガスは呑気な様子で言っている。
その辺は、ハイ・エルフが短命の人の存在を嘆いてとか、エルフ喰いの魔法使いとか、いろんな話がまぜこぜになって広まったのだろう。
先のほうに、ぼんやりと明るくなっている壁を発見する。
「あ、幻灯の実!」
蔓や葉は神殿全体に生えているが、実が生っているのはこの辺りだけなのだ。
「隊長、なんか役に立ちそうなので、もっと採っておきます?」
「……まあ、そうだな」
ここで、リーゼロッテがまさかの行動に出る。
幻灯の実を摘んで、パクリと食べたのだ。
「おい、馬鹿!!」
リーゼロッテは隊長に怒られていた。しかし、それどころではない。魔法使いであるリーゼロッテが幻灯の実を食べたのだ。ものすごく光るに違いない。
慌てて目を閉じる――が、先ほどのようにそこまで視界が真っ白になった感じはしなかった。
そっと瞼を開けると、リーゼロッテの髪がほのかに発光していた。とても綺麗だ。
「光るって、これだけなの?」
リーゼロッテは自身の髪を手で握りながら、不思議そうな表情で呟いている。
「えっと……、個人差があるようで」
「それは、先ほどスライムに食べさせたから知っているけれど」
大魔法を操るリーゼロッテでさえ、この程度なのか。
「他の人も食べてみてちょうだい」
探求心に火を点けてしまったようだ。ウルガスとか嫌がっていたけれど、無理矢理食べさせられようとしている。
「俺、光りたくないです」
「いいから食べるのよ」
「ううっ……むぐっ!」
ウルガスは幻灯の実を食べる――意外とおいしかったからか、ちょっとだけ表情が明るくなる。
結果は、指先がほんのり光るだけだった。
「よかったです」
全身が光ったわけではないので、ホッとしていた。全身光るのは恥ずかしいらしい。
続いて、リーゼロッテは隊長に手渡しに行く。
「なんで俺まで……」
リーゼロッテはぼやく隊長の口に幻灯の実を詰め込む。
隊長は二の腕が光っていた。
「なんじゃこりゃ」
「筋肉自慢みたいですね」
俺の逞しい腕を見ろ! みたいな。
怖い顔で睨まれてしまった。
ベルリー副隊長は脚、ガルさんは耳と鼻と、各自バラバラだ。
ザラさんはなんと、顔が光っていた。みんな、光量はリーゼロッテの半分以下であった。
「これ、なんなの?」
「アートさん、ちょっと面白いことになってますね」
ウルガスはザラさんから、頬を引っ張られていた。
ここで、リーゼロッテがぽん! と手を打つ。
「もしかして、良いところが光るのかしら?」
確かに、言われてみたら。
リーゼロッテは髪の毛が綺麗だし、ウルガスは手先が器用だ。隊長は力自慢だし、ベルリー副隊長は俊足。ガルさんは耳と鼻が良い。
「……なんか、私だけ顔が光るとか変なんだけど」
「お前が変なのは、今に始まった話じゃないだろ」
「なんですって!?」
ザラさんはジロリと睨んでいたが、隊長はまったく気にしていないようだった。
と、そんなことはさて置いて。
調査が終了したあと、リーゼロッテはさらに首を傾げていた。
「リーゼロッテ、どうかしました?」
「メルの発光は凄まじかったわ。あそこまで魔力差があるのね」
私もあんなに光るとは思わなかった。
「すみません、魔力のことで迷惑をかけるかもしれませんが」
「なんで謝るのよ」
リーゼロッテは気にするなと言ってくれた。
「そうですよ、リスリス衛生兵。リスリス衛生兵に魔力がたくさんあったからって、何も変わらないですよ」
「ウルガス……」
ガルさんは肩を優しく叩いてくれた。スラちゃんも、蓋をドコドコ叩いている。
気にするなと元気付けてくれているのか。
「みなさん……ありがとう、ございました」
改めて、第二部隊にやって来てよかったと思った。
私の居場所は、ここにある。
幸せなことだった。
しんみりしていたが、きちんと幻灯の実を収穫する。
手を伸ばそうとしたら、ウルガスが摘んでくれた。
そうだ、高い位置にあって届かないんだった。
「ありがとうございます、ウルガス」
「いえいえ、案外おいしかったので!」
「ちまちま採っていたら、時間がかかるだろうが」
隊長はそう言って、蔓ごと引き抜く。なんて、山賊みのある収穫方法なのか。それにしても、びっちりと生えているのを剥ぐなんてすごい力持ちだ。
くるくると蔓を丸めて、ニクスの中に収納した。
こうして神殿の道のりを戻り、脱出する。
「ぷは~~!」
外の空気はおいしい。
神殿の中はなんと言ったらいいのか、空気が淀んでいたのだ。
これで任務は終わりではない。
最後に、神殿の出入り口には念のため聖水をまく。これで、魔物が召喚されたとしても、外に出ることはできないだろう。
たっぷりまいたので、半月くらいは保つらしい。
「よし、撤収!」
任務はこれにて完了となった。