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ホットアップルジュース

 馬車はガタゴトと音をたてながら進んでいく。

 知らない隊員がいるためか、誰も喋ろうとしなかった。

 任務地に辿り着く前に、診断書を書いておく。もちろん、さきほど気絶をした青年の物だ。

 頭を打ったからか、いくぶんかぼんやりしているような気がする。それに、巨大蛇から胴に攻撃を受けたので、お腹に内出血の痕があった。

 なので、一度お医者さんの診断を受けたほうがいいと思い、帰還指示を書き込んでおく。

 衛生兵は隊員の健康状態を見て、任務に参加できるか、できないかの判断をすることができるのだ。


 それから一時間ほどで、捜索本部となっている建物に到着した。

 馬車から降りれば地面にはうっすらと雪が積もり、全身に鳥肌が立つ。

 ザラさんは雪国育ちなので、平気だと言う。

 外套を脱ぎ、私の肩にかけてくれたけれど、丈が長いので、歩いたら引きずってしまう。

 私とザラさんは結構な身長差があるのだ。お姫様がドレスの裾を摘まむようにして、歩いていく。


 建物の中に入れば、たくさんの騎士が行き来していた。

 受付っぽい場所で隊長が名乗れば、会議室に行くように案内される。


 すれ違う騎士達は酷く疲れているように見えた。

 ウルガスがヒソヒソ声で話しかけてくる。


「うわあ、相当きつい任務みたいですね」

「まあ、雪山捜索ですからね」


 村では雪の降った時、女、子どもは森に入ってはいけないことになっている。危険だからだ。

 駆け落ちした二人はどうして雪山へと逃げ込んでしまったのか。


 会議室には、げっそりとしたおじさん達が。半数が騎士ではなく、上品な服を着た貴族っぽい人達である。捜索を依頼したご家族だろう。

 机の上には山の地図が広げられ、探した範囲が塗りつぶされていた。

 遠征部隊の総隊長より、説明がなされる。

 私達が捜索をするのは雪山の麓。ぐるりと一周見て回るようにとのこと。

 簡単な任務に聞こえるけれど、道のりは登り下りが激しいらしい。

 もっともげっそりとしたおじさん――遠征部隊の総隊長は私達に言う。


「狼獣人の嗅覚、フォレ・エルフの聴力に期待したい」


 おお、ガルさんだけでなく、私にまでお言葉がかかるなんて。責任重大だ。


 遠征部隊の精鋭達が山の中腹まで捜索したらしいが、発見に至らなかった。

 

「見つからなくとも、捜索は今日で切り上げる。次にここへ派遣するのは、雪が解けた時期だ」


 今回、遺体探しまではしないらしい。そこまですれば、騎士隊側に死人が出るからだろう。

 隊長に地図が託される。それから、追加の装備も。

 底に鋲のある長靴に、もこもこの外套、耳を覆う帽子に襟巻、手袋など、雪中行軍用の一式が支給された。捜索用の長い杖も。

 それから、箱いっぱいの食料も。

 

「これが半日分だ。体力はすぐ消費されるから、小まめに取るように」


 箱の中身はチョコレートに飴、ビスケットのお菓子類に加え、ソーセージなど。

 それを見た隊長は、眉間に皺を作る――が、すぐに無表情へと戻った。


「ルードティンク、危険だと思ったら、すぐに引き返せ。雪崩も二回ほど発生している。幸い、被害は出ていないが」


 さらに、雪山には中型魔物、雪熊が出るらしい。三年前に、ここでも発見及び討伐されたとか。嫌な情報を聞いてしまった。


 以上で説明は終わり。


 出発前に食事を取るように言われる。

 騎士達のお兄さんが作った炊き出しらしい。

 急遽食堂になった部屋では、騎士達が白目を剥きながらスープやパンを口にしていた。

 最初にトレイを手に取り、先へと進む。

 まずはスープ。大きな骨付き肉が浮かんでいる物で、バターの塊がどぼんと落とされた。次に、脂身の多い焼いた肉がドンと置かれる。それから、丸くて大きなパンと茹でた卵が三つ。野菜の酢漬けが入った瓶を渡された。

 なんか、一食で無理矢理精を付けさせようという、気合が見て取れる品目であった。

 隣で食べ始めたウルガスが、「うっ!」と呻く。


「どうしましたか?」

「すみません、ありえないほど不味くて」

「なんと……!」


 ウルガスが攻略していたのは、バターを落としたスープ。

 赤葡萄酒の入った濃厚なスープに入れるならわかるけれど、あっさり系のスープには却ってくどいような。

 でも、食べなきゃ雪山で倒れてしまう。

 顔を顰めつつ、一生懸命詰め込んだ。


 食後、支給された装備を身に着け、雪山へと挑む。


「リスリスはウルガスと縄で体を結んでおけ」


 なんでも、私が途中で転がり落ちてしまわないための対策らしい。

 ベルトに縄を付け、ウルガスが私の縄を手に持ってくれる。


「よし、行きましょう、リスリス衛生兵!」

「はい、了解しました、よろしくお願いします!」

「馬鹿か、お前らは!!」


 私達はどうやら、間違っていたらしい。隊長からの指摘ツッコミで発覚する。

 互いのベルトに縄を付けて、移動しろということだった。

 危うく、犬のお散歩状態で雪山に挑むところだった。


 正しい縄の取り付け方をして、出発する。


 いつの間にか、天候は悪化。強い風が吹き荒れていた。


「やだ、嫌な予感。なんか吹雪きそう……」


 雪国出身のザラさんの嫌な予感は予言にも聞こえる。

 ああ、嫌だ。行きたくない。けれど行かねば。


 先頭は雪道になれているザラさん。次にガルさん。ベルリー副隊長にウルガスと私、隊長という順になった。戦闘になったら、ウルガスは私を抱えて後退するらしい。


 ザラさんやガルさんなどが作ってくれた道を進む。

 山のほうに進めば進むほど、雪は深くなっていった。

 足元の悪い中だったけれど、縄で繋がったウルガスがぐいぐい引っ張ってくれるので、意外と楽かもしれない。


 吹く風は冷たくて、むき出しとなっている肌に針が刺さるようだった。

 

 棒でぐさぐさと雪を刺しつつ、進んでいく。

 これは、途方もない捜索なのでは? と思う。


 ちょっと探しては、小休憩。じっくり探して、長い休憩を繰り返す。

 前日作った行動食がさっと取り出して食べられるので、役に立った。


 途中、手がかじかんでどうしようもならなくなる。

 偶然にも、洞窟のような場所を見つけたので、そこで休憩を取ることになった。


 ザラさんが手早く焚火を作ってくれる。

 私も鍋を取り出して、準備をした。


森林檎メーラ酒を温めて飲みましょう」


 酒精は温めたら飛ぶだろう。多分。

 鞄から森林檎メーラ酒を取り出せば、ザラさんがじっと覗き込んでくる。


「メルちゃん、そのお酒、もしかして手作り?」

「そうですけれど、何か?」

「いえ、お酒ギルドに登録した証明書がないと思って」

「あれ、もしかして、お酒作ったらダメな法律があるとか、ですか」

「ええ、残念なことに」


 なんと、王都では『酒ギルド』なるものが存在し、自家製の酒を作る場合はお金を払って許可を得なければならないのだ。知らなかった。

 手作りの場合は、瓶に許可証を貼らなければならないらしい。


「わ、私は、なんてことを……!」

「心配するな。ここは王都ではない」


 そう言って、隊長はどばどばと森林檎メーラ酒を鍋に入れていく。


「背に腹は代えられないな」


 ベルリー副隊長まで、そんなことを。

 ガルさんは見なかった振りをしていた。


「うわ~、美味しそうですね!」


 ウルガスはすでに、呑む気でいた。


 ちらりとザラさんを見ると、肩を竦める動作をしていた。どうやら、黙っていてくれるらしい。

 申し訳ないと思いつつも、準備を進める。

 森林檎メーラには疲労回復、むくみ解消などの効果がある。

 それに、体の活性化を促す生姜ゼンゼロの粉末と、喉の調子を整える効果がある蜂蜜ミエレを入れた。

 匙でかき混ぜれば、ふわりと甘酸っぱい香りが漂ってくる。


 隊員一人一人のカップに注ぎ、各々の前に置いていく。


 隊長はカップを手に取り、掲げながら言った。


「この件は、内密に」


 皆、「了解」と言って、温めた森林檎メーラ酒を乾杯するように掲げたあと、口にする。


 お酒の成分はほとんど飛んでいた。森林檎メーラの甘さと、ピリッとした生姜ゼンゼロの風味があり、最後に蜂蜜ミエレのほのかな甘みを感じた。

 じんわりと体が温まる。美味しい。

 けれど、無断の酒作りは禁じられている。


 罪の味だと思った。


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