大大ピンチ!!
突然床面が崩落した。
蔓を掴んでいたおかげで落下せずに済んだけれど。
ぶらぶらと体が揺れる。
床面から地面までの深さは十メトルくらいありそうだ。落ちたら、たぶん死ぬ。
他のみんなは――!?
スラちゃん灯を持っているガルさんは確認できた。
どうやら、ガルさんのいた場所は床が抜けていないようだ。しかし、足場は狭く、いつ落ちてもおかしくないので、蔓を掴んでいた。
ここで、アメリアの体が光る。そういえば、アメリアは光魔法が使えるのだ。
光量はスラちゃん灯の半分くらいか。
それでも視界の確保ができるのはありがたい。
隊長は片手にリーゼロッテを抱え、壁の突起を掴んでいた。
ベルリー副隊長とウルガスは私と同じように蔓を掴んでいる。
ザラさんのいた場所も床面が抜けなかったようだ。しかし、五メトルほどの範囲に渡ってほとんど床面が抜けている状態なので、身動きを取るのは危ないだろう。
アメリアとステラは爪を使って壁にへばりついている。
『クエエエ~!』
『クウウ!』
大丈夫かと聞いているけれど、ぜんぜん大丈夫ではありません。
手だけで自分の体重を支えるのは辛いことだ。
アメリアが飛んできて助けてくれないかと思ったが、鷹獅子は助走なしでは飛べない。
それにしても、どうしてこうなったのか。
ここの下はさらに地下空間が広がっていたようだ。
そんなことよりも、大変な状況となっている。
下を見ると怖い。しかし、何か呻くような声が聞こえた。
天井が崩れて積み上がっていた石の山が崩れ、中から出てきたのは――。
『グルルルルル!!』
「ぎゃ~~っ!!」
真下に、額に長い角が生えたわんこがいた。
灰色の毛並みで、体長は八メトルくらいだろうか。
いきなり天井が落ちてきて、生き埋めになりかけたら怒るだろう。
「ひええええ~~!」
「おい、リスリス、しばらく耐えろ」
「いや~~」
隊長が励ましてくれたが無理だ。
そう言おうとした瞬間、蔓を掴んでいたベルリー副隊長が動く。
壁の蔦を伝って移動し、床面が落ちていない部分に飛び移った。しかし、その部分も着地した瞬間に崩れていく。ベルリー副隊長はすぐさま壁の蔓を掴んだ。
それを繰り返し、床面が続いている場所へとたどり着いた。
「おい、リスリス、あれできそうか?」
「いや、無理です」
隊長が真面目な顔で聞いてくる質問に、首を振る。
アレは相当の運動神経と反射神経、それに筋力が必要だろう。
現状の位置は――通路が続いている場所にベルリー副隊長、そこから一メトルほど離れた床面の残っている場所にガルさん、半メトル離れた場所にザラさん。一メトル下がった位置にぶら下っているのはウルガス、そこから一メトル半の位置に隊長とリーゼロッテ、その半メトルあとに私、逆側の壁にアメリアとステラがいる。
『クエクエ』
『クウ』
アメリアとステラは十メトル下に落ちても受け身を取れるらしい。
でも、下には大きな角狼が睨みを利かせている。
どうやら、天井が崩れたのは私達のせいだと思っているらしい。
『グルルルルウ!!』
角狼が身を屈めて、大きく跳び跳ねた。
「ぎゃ~~!!」
口を大きく広げ、蔓を掴んでぶら下がっていたウルガスに咬み付こうとしていた。
幸い、私達のいる位置まで届かなかったようだ。
「す、すみません、次、俺行きます! 安全な場所まで行ったら、弓矢で魔物の気を引けると思うので」
「分かった。行け」
ウルガスは器用に蔓を伝って壁を移動していき、ベルリー副隊長のいるところに辿り着いたようだ。
通路に辿り着いたウルガスは弓矢を構えて角狼を攻撃する。
続いて、立っていた床面がパラパラと落ちていたガルさんが移動する。次にザラさんも。
生存率が高い人達を優先的に移動させているようだ。
問題は私と隊長、リーゼロッテだろう。
さすがの隊長も、リーゼロッテを抱えたままでの移動は無理だ。
「おい、リスリス、行け」
「いや、あの、無理っていうか……うわっ!」
汗のせいで、手がズルっと滑る。
「あ、痛っ!」
「リスリス、どうした?」
「て、手が……」
どうやら、手のひらを切ってしまったようだ。この蔓、樹皮のように硬いのだ。
「メルちゃん、今行く……」
「ザラ、そこを動くな。命令だ!!」
私を助けるために動こうとしていたザラさんを、隊長が一喝する。
ザラさんは立ち止まり、隊長を睨んでいた。
危機が迫った隊員を助けようとした結果、二人共死んでしまったという話はよくある。
隊長の判断は正しかった。
「おい、リスリス、少し、こちらへ近付けるか?」
「すみません、難しい、かと――わわっ!」
手が血と汗でさらに滑りやすくなっていた。手のひらはズキン、ズキンと痛んでいる。
『クエ、クエクエ!』
「ダ、ダメです!」
アメリアは一度下に下りて、翼で飛び上がってこようかと提案するが、とんでもない。
下には角狼がいる。
今はウルガスの矢で気を逸らしているが、アメリアがやって来たらそちらに向かっていくだろう。
そんな危険なこと、絶対に許せない。
「リヒテンベルガー、持ち上げるから、蔓を掴め」
「え、ええ」
「行くぞ」
隊長は脇に抱えるようにしていたリーゼロッテの体を片手で持ち上げる。
リーゼロッテは蔓を掴んだ。隊長の額には汗がぴっしりと浮かんでいる。
「手を、放すぞ」
「わかったわ」
隊長が手を離した瞬間、蔓がブチブチと音を立てていたが、千切れずにしっかりとリーゼロッテの体重に耐えてくれているようだ。
隊長の額には玉の汗が浮かんでいる。片手で女性一人を持ち上げるのは結構負担がかかったのだろう。
「リスリス、今から、そっちに行く」
「う……はい」
顔が過去最高の山賊顔で、すごく怖かった。
いやいや、隊長の怖い顔に慄いている場合ではない。もう、手も限界だった。
「近づいたら、俺の背中に掴まれ。蔓よりは、マシだろう」
「ありがとうございます」
隊長は蔓を伝って少しずつ近付いて来る。けれど――。
「隊長、ごめんなさい」
「なんの謝罪だ?」
「ごめんなさ――」
ズルリと、手が滑って蔓から手が離れてしまった。
「メルちゃん!!」
「リスリス衛生兵!!」
ザラさんとベルリー副隊長の叫び声が聞こえた。
全身鳥肌が立ち、そのあと頭が真っ白になって、それから……。
『クエエエエエ~~!!』
『クウウ!!』
アメリアとステラの声が聞こえた――と思ったら、フワフワの上に着地する。
どうやら、私が落ちたのと同時かその前に二人が助けに飛んでくれたようだ。
ホッとしたのも束の間。
私達の落下に気付いた角狼が牙を剥き出しにしながらこちらへ駆けて来る。
『クエエエエ!!』
アメリアが威嚇していた。ステラも一歩前にでて、低い声で唸っている。
二人共、戦闘能力があるのか怪しいのに、私を守るためにここまでしてくれるなんて。
角狼は幻獣を前に警戒していた。
アメリアは翼をさらに光らせ、実力を見せる。
これも、攻撃力はないんだけど。光っているだけだし。
しかし、角狼をビビらせることに効果はあったようだ。
身を屈めながら後退し、こちらを窺っている。
もしかして、光が怖い?
ここで、ハッとなった。
私は鞄の中から幻灯の実の入った革袋を取り出した。そして、力いっぱい叫ぶ。
「すみません、みなさん、今すぐ目を閉じてください。アメリアとステラもです、いきますよ――」
私は幻灯の実を五つ、口の中に放り込んだ。そして――。
目の前が真っ白になった。
私も慌てて目を閉じる。
『ギャウウウウ!!』
角狼の叫び声と、ドシンと倒れる音が聞こえた。
もしかして、失神させるほど光っていた?
しばらくすると光が収まったようなので、目を開ける。
角狼は倒れていた。
「や、やった!」
上から隊長の叫び声が聞こえた。
「おい、今の光はなんだ!?」
「説明はあとにします」
私はアメリアに跨った。助走をつけて、飛び上がる。ステラは壁を伝って上ってきた。
上に戻ったら、私は通路に下ろされる。
「メルちゃん!」
ザラさんがぎゅっと抱きしめてくれた。
温もりを感じていたら、助かったんだと実感し、腰が抜けてしまった。
「やだ、メルちゃん」
「すみません」
ザラさんが体を支えてくれる。
そのあと、アメリアが隊長とリーゼロッテを助けた。
下で倒れている角狼には毒矢を放っておく。これで、放っておいても息絶えるだろう。
角狼がいたところには、巨大な魔法陣が敷かれていた。
「あれは――召喚陣よ」
なんと、ここの魔物は誰かが作り出した召喚術によって呼び出されたようだ。
「詳しい調査は俺達の仕事じゃない。原因がわかったから、撤退するぞ」
隊長の言葉に、みんなは声を揃えて了解と言った。