幻灯の実
休憩が終わったあと、再度地下神殿の内部を探索する。
「え、何あれ!」
リーゼロッテの指差す先には、小さな実が付いた蔓があった。壁に張り付いており、実がぼんやりと光っている。
「リーゼロッテ、あれは幻灯の実ですよ。周囲の魔力を取り込んで光るんです。昔のエルフは、灯りにしていたって話を聞いたことがあります」
フォレ・エルフの森にはよく生えているけれど、この辺では珍しいようだ。みんな立ち止まって、まじまじと見ている。
「光量がすごいですね」
近くで見たら眩しい。フォレ・エルフの森に自生していたものは、ほんのりと光る程度だった。
「ここが魔力濃度の高い証拠ね」
「ですね」
一つもいでみようと手を伸ばしたが、高い位置にあるので採れない。
「メルちゃん、採ってあげるわ」
「ザラさん、ありがとうございます」
ザラさんが採ってくれた幻灯の実は、私の手のひらにちょこんと置かれる。一口大の、小さな実だ。
光は少し弱くなったものの、まだ煌々と輝いていた。フォレ・エルフの森の幻灯の実は手に取ったら光は消えてしまうのだ。
私は幻灯の実をウルガスに差し出した。
「ウルガス、どうぞ。これ、甘酸っぱくておいしいんですよ」
「え!?」
これ、食べるの? と言わんばかりの反応を示してくれる。
手を差し出しても、受け取ろうとしない。
「じゃ、私が食べますよ」
と、言いかけたところで、ガルさんのベルトに吊るされたスラちゃんが瓶の蓋をドコドコしだした。
目が合ったら、親指をぐっと立てるような形を作っていた。
どうやら、幻灯の実を食べたいらしい。
ガルさんはあげても良いと言うので蓋を開けると、にゅっと手が出てきた。そのまま手渡す。
パクンと食べると、スラちゃんがパアッと明るくなった。
「うわ、眩しっ!」
近くにいたウルガスが、両手で目を覆う。
木の実の光量より、さらに明るかった。
「えっ、これ、すごいわ」
リーゼロッテも驚いていた。魔法で作り出した光球より明るいと。
「でも、ちょっと眩しいですね」
ウルガスがそう言った瞬間、光量が半分ほどになった。
「え、明るさを調節できるの!?」
この辺は、リーゼロッテにもできない芸当らしい。
「あそこにあるわたくしが作った光球、実は明るくしたり、暗くしたりできないの」
「そうだったんですね」
「このスライム、すごいわ」
スラちゃんはみんなから褒められて、きっと胸を張っていることだろう。眩しいので見えないけれど。
スラちゃん灯があるので、リーゼロッテは魔法の光を消していた。
「やっぱり、十分明るいわね」
魔力温存のため、利用させてもらうことにした。
壁に自生している幻灯の実も、ザラさんに千切ってもらい革袋に入れた。どれだけ光の効果が保つのかわからないけれど。
「あの、ガルさん、スラちゃん灯、眩しくないですか?」
尋ねてみたら、首を横に振って大丈夫だと言っていた。
私はちょっと明るすぎるのは苦手なので、頭巾を被った。
目の前に、スラちゃん灯をじっと見つめる後ろ姿が。リーゼロッテである。
「あの力、羨ましいわ」
リーゼロッテはスラちゃんの能力に嫉妬していた。
「あの、リーゼロッテも幻灯の実を食べたら、光るのでは?」
「なんで私自身が光らなくちゃいけないのよ」
「まあ、ですよね」
おそらく、スラちゃん自身の中にある魔力と反応して、あのようになるらしい。
ということは、私が食べても煌々と光るのだろうか。試したいような、試したくないような。
奥へ進んでいくと、より一層息苦しさが増した――かと思ったら、急に息がしやすくなった。
「あ、あれ?」
「おかしいわね……」
リーゼロッテもこの変化に気付いたようだ。
魔力濃度が濃かったのに、いきなり薄くなって息がしやすくなった。いったいどういうことなのか。
「リーゼロッテ、ずっと聞こえていた水音も聞こえなくなりました」
「……」
爪を噛み、周囲を睨み付けている。集中して、原因を探っているようにも見えた。
「リヒテンベルガー、どうした?」
突然歩みを止めたリーゼロッテを隊長が振り返る。
「なんか、おかしい……」
空気が変わったようだ。
『クウクウ!』
『クエッ!』
同時に、ステラとアメリアが騒ぎ出す。逃げたほうがいいと。
「ど、どういうこと、ですか?」
『クエクエ!』
『クウン!』
二人が一緒に話しかけてくるので聞き取れなかったけれど、ここが危険だということはわかる。
「隊長、あの、幻獣達が引き返したほうがいいと忠告しています」
「なんだと?」
一人ずつゆっくり話をするように言ったら、アメリアが叫んだ。
『クエ、クエクエクエ!!』
「え?」
隊長が私の目の前にやって来て、すごみ顔で問いかけた。
「なんて言った?」
「あ、あの、何かが、召喚された、と」
「なんだと!?」
隊長は背後にいたベルリー副隊長を見る。
ベルリー副隊長は頷いた。
「総員、撤退!」
隊長はアメリアとステラの言うことを信じ、撤退指示を出してくれた。
早く地上に戻らなければ。そう思った刹那――地面がぐらつく。
「わっ!」
「きゃあ!」
地面が揺れて倒れそうになった。壁の蔓を掴んでなんとか踏ん張ったが――。
「へ!?」
ガラガラと、音を立てて地面が崩れていく。
私の足元もなくなり……。
「な、なんでえ!?」
疑問を叫んだが、誰も答えてくれなかった。