キャラメル茶でほっとひと息を
スラちゃんと作った魚介料理はみんなに満足してもらえたようだ。
隊長も、元気を取り戻したようである。
食後、スラちゃんとハイタッチをした。切なそうな表情をしていたウルガスは見なかったことにする。
お腹がいっぱいになったあとは、島の村長宅へと向かった。全員で押しかけると迷惑なので、中に入るのは隊長とベルリー副隊長、ガルさんだけ。他の人達は外で待機する。
騎士が珍しいのか、村人達は物陰からチラチラとこちらを見ている。
アメリアやステラも珍しいようで、視線を集めていた。
「なんだ、あのデカい鳥は?」
「騎士様の使役している精霊?」
わりと近い位置で話していた村人達の会話を聞きつけたリーゼロッテの目がカッと開く。
一歩前に出て、村人達に声をかけていた。
「この子は、精霊ではないわ。幻獣よ!」
リーゼロッテのいつものアレが始まってしまった。みんな、そっと顔を背けて他人の振りをしている。
自慢げに幻獣の素晴らしさを語っていた。
「鷹獅子はエノク騎士隊の紋章にも使われている尊い存在で――」
「お、おお」
「すげえ」
村人達の幻獣を見る目が変わった。布教は大成功を収めたようだ。
「さあ、今一度、この奇跡のような存在を、目に焼き付けておくといいわ」
「ありがたや~」
「ありがたや~」
アメリアはリーゼロッテの布教活動に慣れてきたのか、翼をバサァと広げ、片脚を上げた姿勢を取る。なんていうか、最強の鷹獅子っぽい。
一方、ステラは慣れていないのか、恥ずかしそうにして後退していた。
アメリアの背後に隠れているが、体が大きいのでまったく姿は隠せていない。
そんなことをしているうちに、隊長達が村長宅から出てきた。
新しい情報はなく、村長の息子さんの案内でそのまま神殿に向かうことになる。
「この辺りは、十年くらい魔物が出たことがなくて、突然のことで驚き……」
その日は夜で、血気盛んな漁師がいたため、魔物の討伐ができたらしい。
「海の男は逞しいので」
たしかに、先ほど二枚貝をくれた漁師は腕が太かった。
魔物を釣り上げてしまうこともあるようで、戦闘訓練を積んでいるらしい。命がけの漁なのだ。
襲いかかってきた魔物は、よく見かける角狼。漁師の手にしていた銛による鋭い一撃で絶命したようだ。
村から森に入り、獣道のような草木が生い茂った道なき道を歩いて行く。
一時間ほど歩いた末に、神殿へとたどり着いた。
思っていた以上に大きい。石を積み上げて造られた角張っている建物を覆うように、蔓がびっしりと付いていた。
「ここは――」
「昔、ここに移住して布教活動をしようとしていた信者たちの神殿です」
ヤシュ神という、初めて聞く神様を祀っていたらしい。その話も一世紀前のことで、今は誰もいない。
「不気味なので、何度も神殿を解体させるという話があったのですが、昔から神殿に近づく者が大怪我をしたり、不幸に見舞われたりと、よくないことが続き……」
島の人達は呪われた神殿と呼び、近寄らないようにしていたとか。
しかし、今回の事件を受けて、勇気ある漁師一行が調査を行っていたところ、神殿に出入りしていた様子を発見したらしい。
「しかし、その魔物はどこから来たのか……」
大陸から泳いで渡ってきたのか。はたまた、昔から棲みついていていたとか。
神殿の信者たちがなぜいなくなったのかも謎に包まれているらしい。
隊長が大剣を抜く。それにつられるように、他の隊員達も得物を手にしていた。
神殿の内部に潜入する前に、リーゼロッテが魔法で光球を作り出す。薄暗い内部は照らされた。
村長の息子さんとは入り口で別れ、隊長を先頭に神殿に足を踏み入れる。
中はひんやりとしていた。ポタリ、ポタリと遠くから水の滴る音が響き渡っている。
空気は水気を含み、少しカビたような臭いも漂う。
当然ながら、人が暮らしていた形跡は残っていない。息苦しいというか、かなり居心地が悪かった。どうにも落ち着かない。
「ここ、魔力濃度が濃いわ」
リーゼロッテがポツリと呟く。魔力の濃度が高いと、息苦しく感じるらしい。
なるほど。だから、魔力を糧とする魔物が出入りしていたのか。
内部は一本道で、途中に部屋がある。内部には壺や像、祭壇などの神殿らしい調度品が置かれていた。中を調べても、ここが使われていた時代のことは何もわからない。
この辺は、詳しい人が現地調査をするしかないのだろう。
途中、ステラが不安そうに『クウ』と鳴き、ガルさんの耳がピコンと動く。
アメリアもそわそわしだし、私の耳にも不審な足音が聞こえた。
ガルさんが注意を促す。前方より、魔物が接近していると。
通路は狭い。大人三人が並んで歩ける程度だ。こんな場所で戦闘になるなんて。
私はリーゼロッテと共に後退の命令が下る。
「隊長、俺は?」
「ウルガス、お前は真ん中で待機していろ」
「そ、そんな~~」
いつもは後方に下げるウルガスを中距離に置くらしい。いつもと戦闘態勢の配置が違うのは、この狭い通路だからだろう。
だんだんと、魔物の足音が大きくなる。
ステラが気配で察知した魔物の数を、みんなに伝えた。
「敵の数は五体だそうです」
返事をする代わりに、隊長は剣を頭上に構えた。
そして――。
魔物とのご対面となる。報告書にあった角狼のお出ましだった。リーゼロッテの作った追加の光球が姿を照らしてくれる。
灰色の毛並みに、真っ赤な目をぎらつかせていた。耳の付近から上に向かって突き出た二本の角は突かれたらたまらないだろう。
暗闇の中から目を光らせ、接近してくる様子は恐怖でしかない。
まず、リーダー格のひときわ大きな体を持つ角狼が吠える。すると、二体が飛び出してきた。
一体が隊長の懐目がけて飛び込んできたようで、掲げていた剣をそのまま振り下ろす。
すると、額を割ったようで、血が噴き出していた。
「ヒイ!」
大丈夫だと、私を安心させるようにステラがすり寄って来る。
アメリアは姿勢を低くして、戦う姿勢を見せていた。
ここで、リーゼロッテの魔法が完成したようで、魔法陣が宙に浮かび上がる。そこから火の玉が出現して、二体目の角狼に向かって飛んで行った。
火の玉は角狼の腹部に当たったようだ。怯んだ隙に、隊長の剣が首を刎ねる。
再び、血がこう、噴き出て……。ううっ。
亡骸はなるべく見ないようにした。いつもながら、辛い瞬間である。
他の三体は分が悪いと思ったのか、後退していく。
結局、二体とも隊長が倒してしまった。
通路が狭いので、連携を取るのが難しい。隊長が大剣をぶんぶん振り回したら、危なくてザラさんやガルさんは前に出ることができなかったようだ。
隊長に手巾を手渡す。いつも以上に血濡れだった。
とりあえず、次なる戦闘にそなえつつ、先を進む。
角狼の亡骸は、跨いで通った。
だんだんと通路は狭くなっていく。
空気も薄くなっているような気がしたが、リーゼロッテいわく魔力濃度が高まってきているからなんだとか。
階段を下りて、地下に入る。
先ほどとは打って変わって、蒸し蒸しして暑かった。天井から水が滴ってくるのも気持ち悪い。
中に入って一時間くらい経っただろうか。
いったん休憩時間にする。
「リーゼロッテ、小さな炎を出すことはできますか?」
「ええ、もちろん」
地面に魔法陣が浮かび、炎が上がった。そこに、水を注いだ鍋を置く。瞬く間に、湯が沸いた。
「わっ、早い!」
魔法って便利だ。
紅茶を鍋に入れて煮出し、仕上げにキャラメルを入れた。茶こしで濾しながら、カップに注ぐ。
「どうぞ、キャラメル茶です」
先ほど、単品で食べたらクドく感じたので、お茶の砂糖代わりにしてみた。
隊長以外の隊員に配る。
「隊長にはこれを」
「なんだ?」
隊長は受け取って、くんくんと鼻をひくつかせていた。
「なんか、葉っぱっぽい匂いしかしないが」
「薬草茶です」
ここに来るまでの森で摘んだものだ。もちろん、隊長が村長の息子と話し込んでいる間に採取したので、問題はない。
一口飲んで、顔を顰めている。
「クソ苦い」
「甘いのが苦手だと言うので、特別に作ったのですが」
「酷い味のふり幅だ」
体に良いと説明したら、黙って飲んでいた。
私はキャラメル茶を飲む。
優しい甘さが口の中に広がった。紅茶に溶かすことによって、味わいもちょうどいい感じになっている。
怪しい神殿の中だったけれど、ほっこりしてしまった。
やはり、温かい飲み物は良い。