漁師風パエージャ
「そ、そんなあ、この烏賊を食べるなんてえ、リスリス衛生兵~~!」
ニクスの中に入れていたキャラメルの入った丸缶を取り出し、素早く紙の包装を剥す。
花の形に型抜きされたキャラメルを、ウルガスの口へ放り込んだ。
「むぐ……! こ、これは……キャラメル!」
「私物ですけれど」
おやつとして食べようと買っていたのだ。
おいしい物を食べさせて、大人しくさせる作戦であった。
しかし、意外な反応が返ってくる。
「あ、でも、リスリス衛生兵の手作りじゃないですね」
「ええ、街で人気のお菓子屋さんのですよ」
給料日に奮発して買った、特別なお菓子だ。貴族のお嬢様に人気の一品らしい。
どうだ、おいしいだろうと自慢したが、ウルガスの表情は冴えない。
「なんか、コクが強すぎると言いますか」
「バターを惜しげもなく使っていて、とてもおいしいと思うのですが」
「う~~ん」
なんて贅沢なことを言うのかと、私も食べてみる。
「……あ」
口の中に濃いバターの風味がじわ~っと広がった。おいしい、おいしいけれど、たしかに、少し味わいがくどい。
「リスリス衛生兵、たぶんこれ、お貴族様とかが、優雅な昼下がりに飲み物と一緒に食べるやつですよ」
「なるほど。温かい牛乳とか、辛みのあるお酒とかと合いそうですね」
なんだろう。口封じをしようとしたのに、失敗したこの感じは。
「それよりも、リスリス衛生兵、あの巨大烏賊を使って料理をするって、どういうことなんですか?」
唇に人差し指を当て、静かにするように伝える。
ゆっくりと、隊長達を振り返る。
リーゼロッテは砂浜でアメリアやステラと一緒にかまど用の石を集めていた。
隊長は具合悪そうにしていて、ザラさんが付き添っている。
ガルさんは武器の手入れをしていた。
ベルリー副隊長は報告書を書いている。
みんな、こちらの様子に気付いていないようだった。
「ウルガス、ちょっとそこに座ってください」
「え?」
「いいから、お座りっ!」
「はい」
ウルガスは命令通り、犬のようにその場に座り込む。
私は真剣な眼差しを向けつつ、諭すように話し始めた。
「ウルガスは巨大烏賊を食べることについて、驚いているようですが」
「だって、あれは魔物ですし」
「正確に言ったら、あれは魔物ではありません。普通の烏賊が、謎の魔石の力によって巨大化しただけです」
「そうなの、ですか?」
「はい」
そもそも、魔物というものは、古の時代に兵士代わりに活用しようと魔界から召喚された存在が繁殖して増えたといわれている。
もともと世界にいた生き物とは、異なる存在だったのだ。
「あの巨大烏賊は、市場で見かけていた烏賊とまったく同じ特徴でした」
「ただ、魔石の影響を受けて、あのように巨大化してしまったと?」
「そうです」
よって、魔物を食べるわけではない。大丈夫なのだとウルガスを説得する。
今、隊長は魔力切れを起こしていた。なので、魔力を豊富に含んだこの烏賊は最適な食材と言えよう。
「でも、これ、食べても大丈夫なのですか?」
魔石の悪影響はないのかと、ウルガスは心配しているらしい。
「それに、巨大生物はおいしくないというのがお決まりですし」
「ウルガス、それに関しては、まったく心配いりません」
私はとある瓶をウルガスの前に取り出してみせた。
「こ、これは……!」
今回の巨大烏賊料理になくてはならないものである。
ウルガスは目を見開き、瓶を凝視していた。
巨大烏賊料理に必要不可欠なモノとは――。
「スラちゃんです!」
「スラちゃんさん!」
瓶の中身を覗き込んだウルガスに、スラちゃんが「どうも!」と言わんばかりに手を挙げていた。
「ス、スラちゃんさんを、料理に使うのですか!? 膠工場の、スライムみたいに!?」
「違いますよ。スラちゃんを食べるわけではないです」
「でしたら、何を――?」
「スラちゃんには成分分解の能力があるのです」
例えば、果物のジュースをスラちゃんに飲んでもらったら、木の実と水、蜂蜜と材料を分解してくれる。この力を使って、巨大烏賊の悪い成分や臭みを取り除いてもらうのだ。
もちろん、本人及び、ガルさんには承諾済みである。
「な、なるほど。スラちゃんさんにそんな能力が……」
まず、スラちゃんを出す。ぷるんと皿に着地したあと、左右にツルツルと滑っていた。
「では、スラちゃん、お願いしますね」
スラちゃんはピシッと手を挙げて、敬礼する。
私は巨大烏賊の脚のぶつ切りの一つを、皿の上に置いた。スラちゃんはそれをパクンと呑み込む。
もぐもぐ、もぐもぐと咀嚼していた。ここで、質問してみる。
「スラちゃん、毒や、体に害のありそうな物質はありそうですか?」
すぐに答えてくれた。にゅっと両手を突き出して、バツを作る。
「わ、よかった」
「大丈夫、みたいですね」
ウルガスもやっと安心したようだ。
しばらくして、烏賊の脚が口から出された。その後ぴゅっと地面に吐き出されたのは、付着していた墨と臭み物質だろう。
烏賊の脚は六本くらい、浄化と臭み消しをしてもらった。
頑張ったスラちゃんには、飴を二粒贈った。一粒すぐに食べていたが、一粒はガルさんに取っておくらしい。なんて優しい子なのか。
スラちゃんにお礼を言ったあと、調理を再開させる。
「ではウルガス、この烏賊を叩いてください。私はパエージャの下準備をするので」
「え、叩くのですか?」
「はい。きっとこのままでは硬いので」
ウルガスに麺棒を渡す。
大きな生き物は繊維がぎゅっと固まっていて、食感が硬くなる。棒で叩くことによって、繊維を解して柔らかくするのだ。
ウルガスが棒で烏賊を叩いているところに、スラちゃんがやって来る。
「あれ、スラちゃんさんも手伝ってくれるのですか?」
スラちゃんは腕をにゅっと伸ばし、丸を作る。
「だったら、よろしくお願いします」
ウルガスがペコりと会釈すると、スラちゃんは任せなさいと言わんばかりに、胸をドン! と叩いた。
どうやって手伝うのかと、横目で見る。
スラちゃんは烏賊に向かって拳を突き出し、ドコドコと叩いていた。いつもの得意なアレである。
烏賊叩きはウルガスとスラちゃんに任せて良さそうだ。
調理を再開させる。
長粒米を水で洗って乾燥させている間に、もらった二枚貝でスープを作る。
石を積み上げてかまどを作り、火を熾す。
かまどに鍋を置いて水で戻した乾燥野菜を炒めていると、ウルガスとスラちゃんが叩いた烏賊を持って来てくれた。
「すみません、ウルガス。烏賊を一口大に切ってくれますか?」
「分かりました」
ウルガスはまな板の上で烏賊を切る。それを見たスラちゃんが、驚きの行動に出た。
突き出した手をナイフの形にして、鋭くさせる。それで、烏賊を切り始めた。
「え、スラちゃんさん!?」
驚いた。自らを刃物に変化させて、本物のナイフのように硬くできるとは。
タタタ! と烏賊を切っている様子を見たウルガスは目を丸くしていた。
スラちゃん、すごすぎる!
あとでガルさんに報告せねば。
今は調理に集中する。
刻んだ烏賊と野菜を炒め、粉末蕃紅花と長粒米を入れてさらに炒める。
長粒米に半分火が通ったら、二枚貝のスープを入れて蒸し焼きにする。
しばし待てば、『巨大烏賊のパエージャ』……ではなく『漁師風パエージャ』の完成だ。
もう一品作る。
烏賊に細かく切り目を入れて、串に刺す。
牡蠣ソースに塩胡椒、砂糖を少々で作ったタレを塗って、炙り焼きを作った。
題して、『巨大烏賊の串焼き』……ではなくて『漁師風串焼き』にしよう。
「リスリス衛生兵、これは漁師風、ですか」
「ええ、そうです。隊長は見た目がアレな食べ物を嫌うので」
みんなを呼んで、食事の時間とする。
具合が悪そうな隊長だったが、空腹ではあるらしい。その点はひとまずホッ。
「なんだ、これは?」
「パエージャです。米という穀物を使って作ったんですよ」
「米……」
この前試食した米粉麺の話をしたら、険しい表情は解れた。
皿についで渡すと、くんくんと匂いを嗅いでいる。米の独特な香りは長粒米で薄い上に、蕃紅花の風味があるので分からないはず。
「どうぞ、召し上がってください」
まず、ウルガスが食べる。
「うわっ、これ、うまいですよ!」
いつものように大絶賛してくれた。続いて、ザラさんも食べる。
「魚介の出汁が効いていて、絶品ね。この、焦げたところが香ばしくて、おいしい」
ベルリー副隊長、ガルさん、リーゼロッテもおいしいと言ってくれた。安心したのか、隊長も食べ始める。
眉間に皺を寄せながら、もぐもぐと食べている。
「隊長、どうですか?」
「まあ……うまい」
おいしいらしいので、とりあえず安堵する。
続いて、隊長は漁師風串焼きに手を伸ばす。
「これもうまい。タレは甘辛で、プリプリしていて……」
呑み込んだあと、質問される。
「これ、なんなんだ?」
「し、新鮮な海の幸を、いただきまして」
私はちらりと、船の上で働く漁師を見ながら言った。
隊長は漁師からもらった魚介類であると、信じたようだ。
「なんだ、親切だな」
「ええ」
嘘は言っていない。嘘は。
巨大烏賊も、立派な海の幸なのだ。
そういうことにしておく。