巨大烏賊戦!
ガルさんは私の言葉の意味に気付いてくれたようだ。
すぐさまスラちゃんを剥し、槍に張り付けている。
スラちゃんは細長くなって槍に巻き付きながら、コクコクと頷いていた。何か話をしているように見える。
にょきっと腕を伸ばし、筋肉を盛り上げるような動きをしている。任せろと言いたいのか。
準備は整ったようだ。
ガルさんは私に視線を向ける。
今度は私がアメリアに指示を出した。
「アメリア、次の墨は避けないでください!」
『クエ!』
なんとか伝わった。
巨大烏賊の足から繰り出される一撃を躱しつつ、墨攻撃を待つ。
見ていたら分かるが、足からの攻撃を数回繰り返したあと、墨を吐いていた。よって、もうそろそろだろう。
「あ、来た!」
何も見えない空中から、黒い墨が吐き出された。
ガルさんはスラちゃんが巻き付いた槍を構える。
どうか成功しますように。
もはや、祈る他ない。
スラちゃんは――墨をパクンと呑み込んだ。同時に、ぴゅっと吐き出す。
撥ね返すように飛ばされた墨は、烏賊に付着した。
見えなかった姿が、付着した墨によって浮彫りとなる。
「ウルガス!!」
隊長がすぐに指示を出した。ウルガスはすぐに矢を射る。
動いたのはウルガスだけではない。
リーゼロッテも杖を構え、呪文を唱え始める。
ウルガスが放った矢は、巨大烏賊に命中する。鏃が雷の魔石だったようで、ビクンと体が震えていた。これは船にあった装備らしい。
続いて、リーゼロッテが炎の玉を放つ。これも直撃したが、致命傷には至らなかったようだ。
モクモクと煙が漂う。
なんか、香ばしい匂いがしてきた。これは――烏賊の焼ける良い匂いだ。
ごくんと、生唾を呑み込む。
「総員、退避!!」
ベルリー副隊長が叫ぶ。どうやら、巨大烏賊の攻撃の対象がアメリアとガルさんから、船のほうに移ったようだ。
一部に墨が付着した足を振り上げ、船をグラグラと揺らす。
「わっ、わわっ!」
後方にいた人達は転倒し、甲板の上を滑っていく。
『クウ!』
私はステラが頭巾を銜えていたので、その場に留まることができた。
今、姿が見えているのは、一部の足だけ。対峙するには、早すぎたようだ。
巨大烏賊は舷縁に手をかけ、船を傾かせる。
「わっ!」
『クウ!』
ステラは爪を立て、頑張って耐えていた。
『クエエエエ!』
巨大烏賊の注意を逸らすためか、アメリアが接近していた。
ガルさんは槍を振り上げ――投げた。すると、見えない体に突き刺さり、墨が噴き出てくる。
足のある位置から、墨袋のある位置を推測し、投げたようだ。
槍にはスラちゃんがついていて、ガルさんの腕と繋がっている。
ガルさんが手を引くと、巨大烏賊に刺さった槍は手元に戻ってきた。
これで、巨大烏賊の全身は墨に染まる。戦いやすくなった。
だが――。
『クエエエ!?』
「アメリア!!」
巨大烏賊の足が、距離を取ろうとしていたアメリアに当たった。
バランスを崩したようで、海面のほうへと落ちていく。
駆け寄って、見に行くことはできない。この場で待機をしておかなければ。
「アメリア……!」
『クウクウ』
ステラが励ましてくれる。きっと、大丈夫だと。
巨大烏賊は船に襲いかかって来る。
前後左右に揺らされたので、隊列はバラバラとなっていた。
投石機も、ひっくり返っている。
皆が体勢を整える中で、隊長だけが巨大烏賊に対峙する形となった。
「た、隊長!」
「危険です!」
私とウルガスが叫ぶが、振り返りもしない。
大剣を振り上げ、巨大烏賊に刃を向けて叫んだ。
「俺が一人で倒してやる!」
そんなの無理だと叫ぼうとした瞬間、隊長の持つ剣がキラリと輝いた。
「あ、あれは――!」
ちょっと存在を忘れていた、七ツの罪シリーズの武器。
隊長に支給されたのは確か、魔剣傲慢!?
あれだけ巨大な魔物を一人で倒せると言い切ったことは傲慢の他ない。
よって、武器の力が発動したのだろう。
一部分だけ墨が付着した足が襲いかかって来る。
先端は見えないので、回避も攻撃もしにくい。
だが、隊長は剣を振り上げ――。
「おりゃあ!!」
剣から黒い刃が発生する。それはブーメランのようにくるくると飛んでいって、巨大烏賊の足をぶつ切りにしていった。
甲板に、切れた足が落ちてくる。どうやら、切断したらインビシブルが解けてしまうらしい。
墨に染まった白い脚が転がっている。太さは人間の腿くらいか。
本体とは切り離されたのに、ぐにゃぐにゃと動いていた。
隊長は猛烈な攻撃を繰り返している。巨大烏賊は押されていた。
ここで、白い影がちらりと通過する。
「あ!」
『クウ!』
アメリアだ! どうやら、無事だったらしい。飛んでいるということは、海に落ちなかったようだ。
よくよく見たら、縄のように伸びたスラちゃんが。船のほうに伸びている。
なるほど。落ちる前に、スラちゃんが助けてくれたのだろう。さすが過ぎる。
良かった。本当に、良かった!
アメリア、ガルさん、スラちゃんに手を振って、無事を喜ぶ。
そうこうしている間にも、隊長が切り刻んだ烏賊の脚が雨が降るように落ちてきていた。
「なんか、気持ち悪いですね」
『クウクウ』
「あ、はい」
ステラより「あまり、近付かないほうがいいですよ?」と、やんわりと指摘された。
心配だったからか、ステラは足先で巨大烏賊の脚を蹴って遠ざけていた。
『ク、クウウ』
ぐにゃぐにゃしていて気持ち悪かったらしい。
そうこうしているうちに、足はすべて斬り捨ててしまったようだ。
魔剣、すご過ぎる。
「リスリス衛生兵、平気か?」
「あ、はい」
ベルリー副隊長が様子を窺いに来てくれた。
「それにしても、あの武器、不思議ですね」
「そうだな」
なんでも、武器の力に感情が引きずられるような感覚となるらしい。
「狂戦士はこのような気持ちなのかと、剣を揮いながら思っていた」
「なるほど」
自分の意思とは違う力に引きずられる。
なんとなく、恐ろしいような。
「だが、今の戦力ではあの巨大烏賊に太刀打ちできなかっただろう」
「そうですね」
そんなことを話しているうちに、巨大烏賊の体が傾く。
止めに、リーゼロッテが炎を打ち込んでいた。
「――あ!」
巨大烏賊のインビシブルは解け、全貌が明らかとなる。
額に、魔石のような物が埋め込まれていた。
「ベルリー副隊長、あれ!」
「魔石か?」
「おそらく」
あれは魔物ではなく、普通の烏賊が魔石を取り込んで、このように凶暴になってしまったのか?
だとしたら、一刻も早く原因究明を急いだほうがいいだろう。
巨大な体はどんどん海へ沈んでいる。
「あの魔石、どうにかして回収できないですよね?」
『クウクウ』
私の背後から、思わぬ返事が聞こえた。
なんと、ステラが巨大烏賊に飛びかかって、魔石を爪で剥いでくると言うのだ。
「そんな、ステラ」
『クウ、クウクウ』
みんな頑張っているから、協力したいと言っているけれど……。
「やっぱり、危険なので」
『クウ! クウクウウ』
止めようと提案したが、ステラはできると言う。
私達の役に立ちたいとも。
「リスリス衛生兵、彼女を信じてみよう」
「ベルリー副隊長……」
「森大熊の件と無関係とは思えない。これが人為的に行われているとしたら、大変な事態となる」
「そう、ですね」
私も腹をくくった。
ステラのほうへ向き直り、お願いをする。
「ステラ、頼めますか?」
『クウクウ!』
いつものおどおどしたステラではなく、迷いのない瞳で返事をしてくれた。
ベルリー副隊長が隊長に許可をもらいに行く。
隊長は甲板に剣を突き、膝を突いた状態だった。ザラさんが体を支えている。きっと、体力や魔力などをたくさん消費したのだろう。
すぐに、ベルリー副隊長は手を挙げる。どうやら、許可は取れた模様。
「ステラ、お願いします」
『クウ!』
タタッと甲板を駆け抜け、舷縁を踏み台にして巨大烏賊に飛びかかった。
成功しますように!
天に祈りを捧げる。
ステラは爪で魔石が張り付いている額部分を抉っていた。
周囲をくり抜くと、前足で叩いて甲板のほうへ飛ばす。
ビタン! と、魔石の付いた巨大烏賊の肉片が落ちた。
ステラは巨大烏賊から船のほうへと戻って来る。
「ステラ!」
『クウン!』
大成功だった。偉い、偉いと頭を撫でる。
『クウ、クウクウ』
「はい、頑張りました」
正直に言ったら、かなり怖かったらしい。本当に偉かったと、額や顎を撫でる。
アメリアも戻ってきた。
『クエクエ~!』
アメリアもすごく頑張った。全力で褒める。
「怪我はないですか?」
『クエ!』
「そうですか。よかった」
みんな、無傷だった。これ以上、喜ばしいことはないだろう。
『クエ、クエクエ!』
『クウン』
アメリアはステラを褒めちぎっていた。勇敢だったと。
ステラはもじもじして、照れくさそうにしていた。
微笑ましい姉妹愛である。
それから一時間後に、島に辿り着いた。船は小さな港に辿り着く。
ここは三十世帯百五十人ほどの人口で、この辺りで獲れた魚介類は王都にも出荷されることがあるらしい。
騎士隊の大きな船が珍しいのか、数名の村人達が様子を見に来ていた。
あとから漁船もやって来た。
ぼんやり眺めていたら、漁師のおじさん達がこちらへやって来て、話しかけてくる。
「いや~~、騎士様、助かりました!」
彼らの船は少し離れた場所にいたらしい。騎士隊の船がいなかったら、襲われていたのは自分達だっただろうと、慄いていたとか。
「これ、良かったらもらってください」
「え、そんな!」
手渡されたのは、バケツにいっぱいの二枚貝。
悪いと思って返そうとしたけれど、感謝の気持ちだと言われた。
船の騎士達には、別の差し入れを持って行くと言っている。
だったらと、ありがたくいただくことにした。
私達は砂浜へ向かい、食事の時間とする。
隊長は巨大烏賊戦で力を消費し過ぎたからか、顔色が悪い。
お腹いっぱいになったら、元気になるだろう。
「リスリス衛生兵、今日は何を作るのですか?」
「みんな疲れているので、白米でパエージャを作ろうかなと」
「パエージャ、ですか」
「はい」
パエージャは魚介のスープで白米を煮込む料理。
この前作っておいしかったので、ぜひともみんなに食べてもらいたい。
粉末蕃紅花の残りをニクスの中に入れておいたのだ。
私物だけどね。
「魚介の旨味が白米に染み込んで、おいしいんですよ! さっき、漁師さんに二枚貝を貰ったんです。それから――」
ニクスの中に入れていた革袋を取り出し、ウルガスに中身を見せた。
「こ、これは!!」
「巨大烏賊の足です」
ウルガスは本気か!? という目を私に向けていた。
もちろん、本気です。