遠征へ――
久々の船移動での遠征である。
騎士隊の船に乗り込む。
初めて乗船するステラは戸惑っていたようだが、すでに一回乗ったことのあるアメリアが「大丈夫、大したことはないから」とキリリとした顔で説明していた。
それに勇気づけられたようで、怖がらずに乗ってくれる。
ボーボーと汽笛を鳴らし、船は出港していく。
船といったらあの人――隊長だ。船酔い体質で、動きだしたらさっそく舷縁にもたれかかっていた。
「隊長、部屋で休んでいたらどうですか?」
「指揮官が、現場を離れるわけにはいかないだろう?」
言い出したら聞かない人なので、説得は諦める。
しかし、隊長の顔色はどんどん青くなっていく。額に汗を掻き、ちょっと揺れただけで海面に顔を向けて「ウッ!」と苦痛を漏らしていた。
大丈夫か声をかけようとしたら――。
「あら、隊長ったら可哀想に。今、酔い止めのツボを教えてあげるから」
ザラさんがやって来て隊長の手を掴むと、手首の少し下にある内関と呼ばれるツボをぐっと押していた。
「痛ってえ! おいザラ、お前、力が強いんだよ」
「だったら、足のツボにしてあげる。足の小指に、即効性で酔いが治るツボがあるのですって。押してあげるから、ブーツを脱いでくれるかしら?」
「こ、断る!! なんでこんなところで、靴を脱がな……痛っ!!」
……うん。
ここはザラさんに任せておこう。
今日は天気が良く、風も気持ちが良い。
青空を見上げていたら、ガルさんを発見した。どうやら見張り台に上って、スラちゃんに海原を見せているようだ。きっと、スラちゃんは喜んでいるに違いない。
「リスリス衛生兵も見張り台に上りたいんですか?」
振り返るとウルガスの姿があって、とんでもないことを聞いてくる。
「船員さんに言ったら、上らせてくれるらしいですよ。俺、ガルさんのあとに上るんです。リスリス衛生兵もどうですか?」
「いや、いいです」
丁重にお断りをした。
ベルリー副隊長は舷縁に背を預け、振り返った姿で眼を細めながら海を眺めている。
近くにいたガチムチの騎士達が「やだ、カッコイイ……」と呟いていた。
再度、ベルリー副隊長を見た私も思わず頷いてしまう。
こう、キラキラ光る海原を背にした姿が絵になるのだ。
リーゼロッテはアメリアとステラのいる場所に、一緒に座り込んでいた。
『クエ、クエクエ』
『クウクウ』
「ふふふ」
輪になって座る様子はまるで女子会のよう。
幻獣の言葉なんて分からないのに、ニコニコと嬉しそうだった。
なんていうか、良かったね。
と、このように、第二部隊の面々は各々船旅を楽しんでいるようだ――約一名を除いて。
「ギャアアア、痛い、痛いと言っているだろう!」
「なんか、元気になってきたかも!」
「違げえよ、馬鹿!」
ザラさんの言うとおり、先ほどよりも声に張りが出てきたような。
ツボ押し治療はしっかり効果がある模様。
さて、私はどうしようか。
そんなことを思っていた折に、グラリと船が傾く。
「へ!?」
隊長が見張り台の騎士に向かって叫んだ。
「おい、なんだ、これは!?」
「て、敵影、ありません!」
ベルリー副隊長、ガルさん、ウルガス、リーゼロッテが隊長のもとへとやって来る。
アメリアとステラは、私を守るように左右に立っていた。
グラグラと船が揺れる。
風や波のせいではない。これは、もしかして――。
『クエクエ、クエクエ』
「え!?」
『クウ』
なんと、水中より船が攻撃されているらしい。
慌てて隊長に報告する。
「水中に敵だあ!?」
海面に魔物の影は出ていないらしい。しかし、アメリアとステラは言う。五メトルくらいの大きな何かがいると。
「――目には見えない?」
リーゼロッテの呟いた言葉に、皆が振り向く。
「リヒテンベルガー、なんだ、それは?」
「姿を消す、高位魔法よ」
「魔物が、それを使っているというのか?」
「聞いたことがないわ、そんなこと」
そもそも、インビシブルとやらは高位魔法であると同時に、禁術の一つらしい。
「わっ!」
「メルちゃん!」
船にドン! という衝撃が与えられた。
倒れてしまいそうになったけれど、ザラさんが体を支え、アメリアが頭巾を咥え、ステラはベルトを爪先に引っかけている。
「あ、ありがとうございます」
まさか、三人がかりで助けてくれるなんて。
しっかりしなきゃと、気合いを入れる。
船の状況に私達が困惑しているうちに、船に配備されている騎士達が戦闘準備を整えていた。
手押し車に乗せられた、装置のような何かが持ち運ばれてくる。
あれは、投石機のようだ。リーゼロッテが解説してくれる。
「雷の魔石を海に飛ばすみたいね」
「海中の魔物に当てると?」
「それは難しいから、痺れさせる効果を狙うのでは?」
「ああ、なるほど。そうですよね」
準備はすぐに整ったようで、拳大の雷の魔石が海に放たれる。
海面に触れた瞬間、バチリと弾けた。
どうかこれで気を失って、船から離れてくれますように。そう願ったが――。
「わわっ!!」
攻撃によって怒らせてしまったのか、船が激しく揺れる。
隊長は顔色が真っ青になっていた。唇は紫色になっている。
いつも以上に怖い顔になっていた。
「おい、リスリス」
「はい」
「先ほど、アメリアには魔物が分かると言ったな?」
「はい」
嫌な予感がした。それは、すぐに的中してしまう。
「ガルを騎乗させたアメリアを囮にして、魔物を海上へ引き寄せる」
「ええ!?」
アメリアを見る。大丈夫なのかと訊くまでもなく、私と目が合うなり覚悟を決めたような表情でコクリと頷いていた。
「で、ですが」
『クエクエクエ!』
自分は騎士隊に認められた鷹獅子であると、迷いのない口ぶりで言う。
そんなことを言われてしまったら、止める言葉などなくなってしまう。
『クエクエクエクエ、クエクエ』
『クウ!』
アメリアはステラに、しっかりと私を守るように言っていた。
「どうだ?」
「はい。アメリアは問題ないそうです」
「分かった。ガル!」
ガルさんも覚悟を決めているようだ。
私に、スラちゃんを差し出して来る。
「あ、あの……」
スラちゃんは猛烈に瓶の蓋を叩いていた。自分も連れていけと言いたいのか。
しかし、ガルさんは首を横に振る。
隊長は船員部隊の司令官に作戦を伝えに行く。すぐに、許可は下りたようだ。
ガルさんはアメリアに跨り、待機していた。
スラちゃんはどうしてもガルさんと行きたいのだろう。蓋をドコドコと叩き続けている。
「スラちゃん、今は私と――あっ!!」
蓋が外れ、スラちゃんが飛び出していった。
それと、隊長の作戦開始の号令は同時だった。
スラちゃんはガルさんの胸に張り付く。同時に、アメリアが翼をはためかせ空へ飛んで行った。
「うわ、スラちゃん!」
ガルさんはすぐにスラちゃんに気付いたようだ。困ったような表情を浮かべているのがちらりと見えた。
「仕方がない」
隊長は私の肩を叩き、後方で待機をしているように命じた。
どうか、無事でありますように。
そう、祈るしかない。
私はステラと共に移動する。
隊長の作戦では、海面に沿うようにアメリアが飛び、気配を感じたら回避。
海上に魔物が上がってきたら、アメリアが鳴いて合図を出すというもの。
『クエエエエ!』
すぐに、アメリアの鳴き声が聞こえた。
ザバリと、水しぶきが上がったが魔物の姿は見えない。
波に煽られて、船がグラグラと揺れた。
アメリアは狙われているのか、素早く何かから避けるような動きをしていた。
投石機より雷の魔石が放たれる。
『クエ!』
攻撃はすべて外れたらしい。
ここで、初めて目に見える攻撃が放たれた。
何か、黒い液体のようなものがピュッと飛んでくる。
「あれは、もしかして、烏賊、ですか!?」
しかし、烏賊の魔物なんて聞いたことがない。
もしかして、前に見かけた魔物のように、体内に魔石が埋め込まれて凶暴化しているとか!?
ウルガスとリーゼロッテが攻撃を放つが、これも外れたようだ。
姿が見えなくては、倒すことはできない。
「どうすれば――」
銃弾のように、次々と烏賊墨が放たれている。アメリアは避けるので精一杯なのだろう。近付いてガルさんが一撃、というのは難しいみたいだ。
せめて姿が見えたら……。
ここでハッと気付くと同時に、私は叫んだ。
「ガルさん、スラちゃんと墨を使うんです!!」