鳥肉のふわとろチーズオムレツ、野草ソースがけ
「う……ううん」
朝、体内時計で目覚める。時刻は日の出前だろうか。春先の太陽は少しだけお寝坊だ。
ベルリー副隊長はまだ眠っている。
遠征で一緒に眠る時同様、私を守るように腰に手を回していた。
起こさないようにそっと抜け出し、寝間着のままでアメリアとステラのいる居間に向かう。
『クエ~~』
『クウ!』
お二方はすでに起きていた。毎日早起きなことで。
ぐっすり眠れたようで、何よりである。
妖精鞄の中から着替えを取り出す。騎士隊のシャツにスカート、靴下を履く。髪の毛もいつもの三つ編みにした。
掃き出し窓を開けると、アメリアとステラは庭へ散歩をしに出て行った。
私もあとに続く。
太陽が地平線から顔を出し、薄明かりの中で庭を散策。
ベルリー副隊長宅の庭には、食べられる野草がたくさん自生していた。
四つ葉草に、蒲公英の葉、大葉子、鼠麹草、薬草ニンニクなどなど。籠いっぱいに摘んで、家に戻る。
アメリアとステラの朝食を盆の上に置いて用意しておいた。お散歩から戻ったら食べるだろう。
私は朝食の準備に取りかかる。
野草は茹でて、塩、コショウ、オリヴィエ油、粉末チーズ、炒った木の実などを入れて、乳鉢で混ぜる。
なめらかになったら、野草ソースの完成だ。
次の調理に取りかかる。
昨日作った鳥肉のかまど焼きの残りを、ナイフで削ぐ。
卵を割って混ぜて塩胡椒で下味をつけたものを、バターたっぷり敷いた浅い鍋で焼く。
途中に鳥肉とチーズを入れて、ふんわり包み込んだ。
焼き上がったオムレツに、先ほどの野草ソースをかける。『鳥肉のふわとろチーズオムレツ、野草ソースがけ』の完成だ。
「リスリス衛生兵、おはよう」
ベルリー副隊長が台所に顔を出す。私はオムレツに野草ソースをかけながら、「おはようございます」と返した。
「すまない、今日も、起きれなくて……」
振り返ったら、ベルリー副隊長はまだ寝間着姿だった。相変わらず、朝に弱いようだ。
髪の毛の一部がぴょこんと跳ねている。いつもはシャキっとしているのに、寝起きはポヤポヤしていた。この間隙はちょっと……いや、かなり可愛い。
「卵の焼けるいい匂いがしていたが」
「はい!」
昨日の残りで作ったオムレツを見せると、ベルリー副隊長は微笑みを浮かべる。
いつもの凛々しいにっこりではなく、こう、とろけるような甘い感じの笑みだ。
なんていうか、ベルリー副隊長、隙だらけです!
遠征地でなく、自宅だからこそ見ることのできる表情なのだろう。
テーブルにパンとオムレツ、配達されていた瓶入りの牛乳を置く。二本あるうちの一本は私にくれるらしい。
ザラさんもだけれど、王都に住む人はこの配達される牛乳を毎朝飲んでいるようだ。
「では、いただこう」
「はい!」
神様にお祈りを捧げて、いただきます。
ナイフとフォークを手に取り、オムレツに刃を沈ませた。
真ん中から割くと、とろ~りと黄身があふれてくる。鳥肉を探し当ててフォークに刺したら、チーズが糸を引いて伸びる。
オムレツと鳥肉を一緒にフォークの上に乗せ、ナイフでソースを掬って付けた。
落とさないように口元へと持って行って、パクリ!
「むむっ!?」
野草を使ったソースなのに、ほど良いしょっぱさと香ばしさ、豊かな味わいはお店の味に引けを取らないと思う。このソースが、ふわふわのオムレツに合うんだなあ。
朝食にしては少々こってりしているけれど、ベルリー副隊長も気に入ったようだ。
「リスリス衛生兵、ありがとう。おいしかった」
「いえいえ。喜んでいただけて何よりです」
ソースはベルリー副隊長宅の庭から採った野草で作ったと言うと、とても驚いていた。
料理を食べてもらった時の、この瞬間はたまらない。
「すごいな、リスリス衛生兵は」
「森育ちですから」
その後、ベルリー副隊長は五分で身支度を整えていた。目も覚めたようで、いつものキリっとした雰囲気となる。
ベルリー副隊長は馬に跨り、私はステラに乗った。
王都の外壁をくるりと回って、騎士隊の裏口から入る。
「なるほど。こういう風に出勤したら、朝の混雑に巻き込まれずに済んだと」
「だな」
いつもは正門に立っている女性騎士が話しかけて来る。
「あれ、彼氏変わったの?」
「な、何を言っているのですか!」
たまに会う彼女は、ザラさんと出勤していると「彼氏と一緒で羨ましいねえ」と声をかけてくるのだ。私達は毎回いたたまれない気分になっていた。
「彼氏ではなく、ベルリー副隊長……上司です!」
「あ、あ~、本当だ!」
ベルリー副隊長が外套を纏った上に、頭巾も被っていたので気付かなかったようだ。
相手の勘違いなど気にしていないのか、ベルリー副隊長は爽やかに挨拶をしていた。
裏門から入る騎士隊の朝は、正門とは違う光景が広がっていた。
夜勤の騎士は退勤し、任務から戻ってきた部隊とすれ違う。あちらこちらで書類の束を抱えた文官が走り回っていた。会議室が近くにあるからだろう。
「なんか、正門とは雰囲気が違いますね」
「慌ただしいだろう?」
「はい」
正門は出勤する人がほとんどで、裏門は退勤する人ばかり。その違いなのだろう。
第二部隊の騎士舎へと移動する。
ベルリー副隊長は馬を厩へ連れて行った。
「あ、ガルさん、おはようございます!」
ガルさんが騎士舎の外に座っていた。何をしているのかと思ったら、どうやらスラちゃんが日光浴をしたがったらしい。
付き合ってあげるガルさんの優しさよ。
「スラちゃんもおはようございます」
手を振りながら朝の挨拶をすると、瓶の中のスラちゃんは手をにゅっと伸ばしてブンブンと振り返してくれた。今日も元気いっぱいみたいだ。
どうやら、アメリアとステラも日光浴をするらしい。ガルさんの隣に座り込む。
ステラはすっかり、ガルさんに気を許しているようだった。
立ち耳の二人が並んだ様子は、とても癒される。
ここで、背後から声をかけられた。
「メルちゃん!」
振り返ると、出勤してきたザラさんが駆けて来る。
「おはよう」
「おはようございます」
「昨日は大丈夫だった?」
「はい、ベルリー副隊長のおかげで、よく眠れました」
「そう、良かった」
ザラさんは久々に一人で出勤したら、私と別れたのかと訊かれてしまったと話す。
まさか、正門からやって来たザラさんまでからかわれていたとは。
「まったく、失礼しちゃうわ」
「ですよね」
私達、そもそも付き合っていませんし。
まあ、好きに言わせておこう。いちいち反応したら負けなのだ。
休憩所にはリーゼロッテがいた。私の顔を見るなり、抱き付いて来る。
「メル、良かった」
「いや、昨日はベルリー副隊長の家に泊まったので」
「誰かがいても、問題に巻き込まれるから」
なんだその、天然問題児みたいな扱いは。
まあ、今までの出来事を振り返ってみたら、否定もできないような気がする。
余程心配していたのか、私を力強く抱きしめたまま離さない。
「おはようござい――うわあ!!」
休憩所へと入ってきたウルガスが驚きの声をあげた。
「羨まし、じゃなくて、どうしたのですか!?」
「あ、いや、なんでもないんです」
「そ、そうですか」
ウルガスは休憩所に入らずに、執務室へと向かった。
そろそろ朝礼の時間になる。
私もリーゼロッテの抱擁から脱出して、ウルガスのあとに続いた。
◇◇◇
始業を知らせる鐘が鳴る。
隊長は眉間に皺を寄せていた。こういう時はたいてい言うことはきまっている。
低い声で、手に取っていた書類を読み上げた。
「残念な知らせだ。今日は、遠征任務が入っている」
予想どおりだった。
本日は海を越えた島にある『メリキア神の神殿』に向かうらしい。
そこは信者がいなくなり、荒れ果てた場所となっているらしいが、魔物が棲み着いているのだとか。