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鳥肉と旬の野菜のかまど焼き

 ベルリー副隊長のお言葉に甘える形で、しばらくお世話になることになった。


「ありがとうございます」

「好きなだけいるといい」

「はい!」


 ベルリー副隊長の家に住む代わりに、私は料理と掃除を担うことになった。

 いつも外食しているようで、家庭料理が恋しくなっていたらしい。


「食堂のメニューは似た物の繰り返しで味も濃いし、飽きていたんだ」

「だったら、健康重視の食事を作りますね」


 帰りがけに、市場に寄って買い物をする。

 ベルリー副隊長は愛馬の手綱を引いてそのまま市場に入る。アメリアとステラは往来する人々がびっくりするかもしれないので、高い建物の屋根に登って待機してもらった。


 パンと野菜、肉、香辛料などを購入する。

 朝、隊長にザラさんの匂いがすると言われたので、ついでに石鹸などの風呂用品も購入した。

 あれやこれやと買い物をしているうちに、すっかり暗くなってしまった。

 市場を出て、アメリア、ステラと合流する。


 買い物が済んだら、街外れにあるベルリー副隊長の一軒家に向かう。

 市場から馬を走らせて二十分ほどの場所に、ぽつんと一軒家が建っていた。どうやらあれが、ベルリー副隊長の家のようだ。

 平屋建てで、結構大きい。暗い中なので全貌は把握しきれないけれど。


「今は暗くて分からないが、蜂蜜石を使って造られた家で――」


 蜂蜜石とは、国内でも一部地域でしか採れない天然石らしい。蜂蜜のように淡い黄色をした綺麗な石だとか。

 買い物をしていてすっかり暗くなったので、色彩まで見ることができないが。明日の楽しみに取っておこう。


「リスリス衛生兵、中に入ろう」

「はい」


 レンガの小道を進み、庭の中に入る。周囲は白い柵に囲まれていた。広い庭には木々が植えられ、花壇のようなものもある。

 忙しくて手入れができないのだろう。雑草は生え、木々は縦横無尽に伸びている。


「すまない、あまり綺麗な庭ではなくて」

「一人暮らしだと、なかなか庭まで手が回りませんよね」

「意外と家事に手間取ってしまい、なかなか時間が取れず……」

「分かります」


 私も、草原になりかけていたエヴァハルト邸の庭をどうにかしたいと思っていたけれど、結局何もできなかった。

 ベルリー副隊長宅の庭とは規模が違うけれど。


 アメリアとステラは柵を飛び越えて、庭の開けた場所に着地している。


 ベルリー副隊長は急いで中に入り、庭側にある天井から床面まである大きな掃き出し窓を開け広げてくれた。魔石灯を点けると、部屋はパッと明るくなる。


「そこまで広くはないが、自分の家のように寛いでほしい」

「ありがとうございます」


 アメリアとステラも、続けてお礼を言う。

 私は二人の足の裏を拭いて、部屋の中に入れた。

 中はベルリー副隊長らしいというか、テーブルと長椅子、壁には剣と、必要最低限の物しか置かれていなかった。そのおかげで、アメリアとステラが寛げるんだけど。


「すみません、お邪魔します」


 内部は広く、アメリアとステラが上がり込んでも圧迫感はない。

 二人共、緊張していないようで、ひとまずホッ。


「では、夕食を作りますね。遅くなったので、簡単なものになりますけれど」

「何か手伝おうか?」

「大丈夫ですよ。私にお任せください」


 腕まくりをしながら、台所へ向かう。

 普段、使っていないらしい台所だが、きちんと掃除はしているみたいで綺麗だった。かまど用の薪もある。調理器具や調味料――塩、コショウと、必要最低限は置いているようだ。


 妖精鞄ニクスの中に入れていたエプロンを引っ張り出してかけ、腰部分の紐を結ぶ。

 手を洗って、調理開始。

 まず、鉄板にオリヴィエ油をたっぷり塗る。続いて、骨付きの鳥モモ肉に塩コショウをふりかけ、鉄板の上に置いた。隙間に、丸芋などの野菜類を敷き詰め、香草を全体に散らしたあと、かまどで三十分ほど焼く。


 鶏肉を焼いている間、市場で買った二枚貝でスープを作った。味付けはシンプルに塩だけ。

 旬の二枚貝からは出汁がしっかり出ると思われる。素材の味を楽しむスープなのだ。決して、手抜きではない。

 スープを煮込んでいる間にバターと柑橘汁でソースを作る。

 鶏肉が焼けたら、綺麗に皿に盛りつけた。ソースを上からかける。

 以上で『鳥肉と旬の野菜のかまど焼き』の完成だ。おまけに『二枚貝の塩スープ』を添える。

 買ったパンは籠に盛り付け、食堂に運んだ。

 アメリアとステラは廊下を通れそうにないので、居間で食事をしてもらう。

 私とベルリー副隊長は、食堂で食事を取ることにした。


「リスリス衛生兵、すごいな、短時間でこんな料理を」

「大した手間はかかっていないのですが」

「それでもすごい」


 褒めてもらって嬉しくなる。


「食べよう」

「はい!」


 神々に祈りを捧げて、いただきます。

 まずは鳥肉にナイフを入れる。皮はパリパリで、中から肉汁が溢れてきた。

 一口大に切り分けて、柑橘ソースを絡ませて食べる。


「熱っ……んんっ!?」


 パリッと焼いた皮は香ばしく、肉質は柔らか。酸味の強いソースと良く合う。

 ベルリー副隊長も、頬が緩んでいた。目が合うと、感想を言ってくれる。


「リスリス衛生兵、とてもおいしい」

「良かったです」


 お気に召していただけて、良かった。

 ベルリー副隊長の食べたかった、あっさり風味の料理だったらしい。


「この辺りは騎士しかいないから、どうしてもこってりとした料理が受けるんだろうな」

「なるほど」


 話をしながら、二枚貝のスープを飲んでみる。


「おいしい!!」


 味付けは塩だけなのに、この深い味わい。貝の出汁ってこんなにすごいんだと再確認することになった。

 高級なレストランとかで出てきてもおかしくないほどの、上品な味わいである。

 ベルリー副隊長はこちらも気に入ってくれた。


「食事を作るのは疲れていて難しいと思っていたが、こうしてリスリス衛生兵が手際よく一時間くらいで準備しているのを目の当たりにすると、頑張りが足りないなと痛感してしまうな」

「いえいえ、非戦闘員である私と、日々訓練しながら執務もされているベルリー副隊長とでは、疲れ方がまるで違います」

「そうだろうか?」

「そうです!」


 ここにいる間は料理を任せてほしい。胸をどんと叩いたら、頼もしいと言ってくれた。


「暇があったら、料理を教えてくれ」

「もちろんです」


 ひと息吐いたところで質問される。


「そういえば、リスリス衛生兵は幻獣保護局の負担で家を借りることができると言っている気がしたが、物件は探さなかったのか?」

「一応、休みの日に探しに行ったのですが――」


 エヴァハルト夫人にお世話になる前の話である。

 まず、アメリアが住めそうな物件といったら、それはもう、とんでもない豪邸を紹介される。


「鷹獅子と言っても通じなかったので、同じくらいの大きさの馬と一緒に住めそうな家を紹介してくださいって言ったら、貴族の邸宅ばかり案内されて――」


 案外、使われていない貴族の屋敷は数多い。

 社交界の時期だけ王都に来る家の者などは、シーズン以外の期間を他の人に管理させるついでに安価で貸し出しているのだとか。


「でも、実際に建物を見たら、くらくらしてしまって……」


 掃除など自分一人ですることを考えたら、気が遠くなる。

 それに、一ヶ月の支払額を訊いて、卒倒しそうになるのだ。

 今でも十分報告書などの報酬を貰っている上に、家賃まで幻獣保護局に払ってもらうのは申し訳なさ過ぎた。


「だから、どうしても決めきれなくって」

「なるほど。まあ、気持ちはわかる」


 ベルリー副隊長も、家を買うのは悩んだらしい。


「しかし、考えていたよりも快適だったから、よい買い物だったが」

「確かに、ここは素敵なお家ですし」

「リスリス衛生兵はどんな家がいいんだ?」

「私は――」


 家を借りるならば――そうだな。

 大きさはこのベルリー副隊長の家より少し大きいくらいで、アメリアとステラが入れるお風呂があって……って、難しいか。


「私もそろそろ、腹を括らなければならないみたいです」


 具体的に言うと、リヒテンベルガー侯爵家への養子縁組の件である。

 アメリアとステラのことを考えたら、侯爵様に守ってもらうことが一番良いということはずっと前から気付いていたのだ。


「リスリス衛生兵、困ったことがあったら、相談でもなんでも、私に話をしてほしい」

「ありがとうございます、ベルリー副隊長」


 その言葉が嬉しくて、ちょっとだけ泣きそうになってしまった。


 その後、ベルリー副隊長とアメリアとステラを拭いて、精油を揉み込むという大変なお仕事をやり遂げる。


 これで、罪悪感なくお風呂に入ることができた。


 あっという間に眠る時間となる。


「寝室はこちらだ」

「はい」


 案内された寝室を見て、ん? となる。

 部屋には大き目の寝台が一台しかなかった。


「すまないが、ここで一緒に眠ろう。リスリス衛生兵は小さいから、問題はないだろうから」

「え!?」


 まさか、ベルリー副隊長と一緒に眠るなんて!


「いえいえ、私はアメリアやステラと一緒に居間でいいですよ。長椅子をお借りしてもいいのであれば、そこで寝ます」

「長椅子では、疲れは取れないだろう。遠慮はしないでくれ」


 明日の任務に支障が出るからと言われ、申し訳ないと思いつつもベルリー副隊長と一緒に寝台に寝かせていただく。


 先にベルリー副隊長が横たわり、掛け布団を捲ってポンポンと布団を叩く。


「お、お邪魔します……」


 寝台の上に上がると、バネがギシリと音をたてる。

 ぎこちない動きで、寝転がった。


 ベルリー副隊長が私にぐっと接近し、耳元で囁く。


「リスリス衛生兵、おやすみ」

「お、おやすみなさい!」


 遠征でこうして一緒に並んで眠ることはあるけれど、家の中だとどうしてか緊張してしまう。

 いつもと違う状況だからだろうか。


 ドキドキして眠れない! と思っていたけれど、疲れていたのか目を閉じたら意識はなくなっていた。


 いつものパターンである。


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