サクサク、遠征朝ごはん
ザラさんは低血圧で遠征の時、朝食が食べられない時がある。
隊長に言われて頑張って食べる時もあれば、頑張っても何も食べられない日もあった。
どうにかならないものか。
やはり、パンが重たいのかな? スープも燻製肉が入っていてこってりしているので、食べられないのだろう。
さらっとしたものだったら食べることができるのではと考えるが――何も浮かばない。
食事で改善できたらいいけれど。
ううむ。
難しい問題だった。
◇◇◇
休日、久々にお出かけをして、買い物に行く。
白いワンピースと帽子を買った。ちょっと疲れたので喫茶店に入ったら、店内はけっこう賑やかだった。
隣のテーブルから、会話が筒抜けで聞こえてくる。
「うちのお嬢さまったら――」
どうやら、貴族のご令嬢に仕える使用人達の集まりらしい。会話に花を咲かせていた。
「とっても朝に弱くて、朝食がぜんぜん食べられないのよ」
「困ったわねえ」
どうやら、ザラさんと同じ低血圧の貴族女性がいるようだ。
「もうすぐお見合いをするから、健康的な体作りをしなくてはいけないのに、毎日顔が青白くって」
「半世紀前は、青白い顔のご令嬢がモテたって話だけどねえ」
「今は、元気な跡取りを産まなきゃいけないから、健康的な女性がモテるのですって」
なるほど。最近の社交界はそんなことになっているのか。たしかに、村にある本では、青白い肌の女性が人気の話があったような。
化粧で肌を青白くしたりして、大変そうだった。
「パンのひとかけらも食べられなくって!」
「困ったわねえ」
「だったら、アレはどう? 玉蜀黍薄片とか」
「やだあ、それって使用人の食事でしょう? 怒られちゃうわよお」
「でも、どんなに疲れていても、アレに牛乳をかけたらサラっと食べられるわねえ」
「確かに」
何やら耳寄り情報が聞こえた。
低血圧な人でも食べられる、玉蜀黍薄片とな!?
その辺のお店に売っているのだろうか。
玉蜀黍は分かる。王都でよく売っている細長くて黄色い粒の穀物だ。フォレ・エルフの村ではあまり食べられていなかったけれど、屋台で粉末にしたパンとか食べたことがある。ほんのり甘味があって、パンよりもモソモソしていた。
「うちの料理長が作るやつ、けっこうおいしいのよ」
「でも、茹でた玉蜀黍を潰して、滑らかになるまで練って、蜂蜜と小麦を混ぜて焼いたヤツでしょう?」
「そうだけど、おいしいんだって」
なるほど。作り方と材料は分かった。たぶん、作れそうだ。
やる気がメラメラと湧いてくる。
お喋りな使用人の女性達に感謝した。
頼んでいた木苺のパイと紅茶は味わって食べ、店を出る。
市場で玉蜀黍と蜂蜜、小麦粉、それから、遠征先で牛乳が飲める粉末状の物を購入した。
帰寮後、食堂の厨房の一角を借りて早速作ってみる。
まずは、玉蜀黍の皮を剥くと、鮮やかな黄色い実が出てくる。それを茹でた。
茹で上がった玉蜀黍は、そのまま食べてもおいしいらしい。後片付けをしていた食堂のおばちゃんが教えてくれた。
味は甘いらしいが、果たして――。
これは自腹で買った物なので、味見をしてみた。あつあつの玉蜀黍を、半分に割ったものにかぶりついた。
「熱っ、うまっ、っていうか甘い!!」
触感はシャキシャキ。甘味が強くて驚いた。
食堂のおばちゃんを振り返り、感想を伝えた。
「これ、おいしいです」
「でしょう?」
「これ、子どものおやつとかにいいですね」
「そうだね、小さい頃、たくさん食べたよ」
なるほど。比較的栽培しやすい物なので、今度実家に種を送ってみよう。
と、のんびり味見をしている場合ではない。かまどの中の火が残っているうちに作らなければ。
まず、茹でた玉蜀黍をナイフで削ぎ、棒で潰す。ペースト状になってきたら、濾して皮と実を分ける。
玉蜀黍に、小麦粉と蜂蜜を入れて練り上げた。
しっかり混ざったら、オリヴィエ油を塗った鉄板に薄く広げて塗る。
これを、五分ほど焼いたら玉蜀黍薄片の完成だ。
ヘラを使って剥す。ふんわりと、甘い香りが漂っていた。
数回に渡って焼く。私の顔より大きなものが十枚ほど焼き上がった。
それを、棒で細かくして食べやすくする。
まず、味見をしてみた。
アツアツの玉蜀黍薄片に、牛乳をかける。
匙で掬って、食べる。
「――む!」
ものすごいサックサクの軽い食感! 香ばしい風味と優しい甘さが口の中に広がった。
おいしくって、次々と食べる手が止まらない。
途中から、玉蜀黍薄片に牛乳が染み込んで、ふやふやになったのも良い。
これならばきっと、ザラさんも食べられるだろう。
明日、持って行って試食してもらおうと思った。
完成した玉蜀黍薄片は瓶に入れて持ち運ぶ。
◇◇◇
翌日。
「メルちゃん、おはよう」
「おはようございます」
ザラさんは今日も顔色が悪い。
「もしかして、また朝食を食べられなかったのですか?」
「そうなの」
私はザラさんの腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。
「私、昨日ザラさんが食べられる、とっておきの朝食を作ってきたんです! 早く行って、食べましょう」
「え、ちょっ、メルちゃん」
いっこくも早く食べてほしくて、小走りで騎士舎まで急いだ。
休憩室で見せびらかす。
「じゃ~ん!」
瓶に入れた玉蜀黍薄片を見たザラさんは、きょとんとしていた。
「メルちゃん、それは?」
「玉蜀黍薄片っていうもので、牛乳をかけて食べるのですよ」
「へえ、そうなの」
湯を沸かして粉乳を溶き、牛乳を作る。
器に入れた玉蜀黍薄片に、あつあつの牛乳をかけた。
「どうぞ!」
「ありがとう」
初めて食べる物だからか、ザラさんは不思議そうに眺めていた。
「いただきます」
匙で掬い、ふうふうと冷めしてから食べる。
「――ん!?」
食べた瞬間、目を見開いていた。ごくんと呑み込んだあと、私のほうをぱっと見る。
「メルちゃん、これ、おいしい! 食欲がなくても、不思議と食べられるわ!」
「本当ですか?」
「ええ。意外とあっさりしていて、ほのかに甘みがあって、これ、とても好き」
「良かったです」
ザラさんはその後、一言も喋らずに食べていた。私はその様子を見守る。
遠征の時も朝食が食べられなくて、青い顔で戦闘に参加することもあった。でも、これからは、玉蜀黍薄片を食べてもらえばいいのだ。
「メルちゃん、わざわざ作ってくれたなんて……本当にありがとう」
ザラさんは私の手を取って、お礼を言ってくれた。
「私も、嬉しいです」
「メルちゃん!」
感極まったザラさんは、私を抱きしめる。
ちょっと恥ずかしいなと思っていたところに――ガチャリと休憩所の扉が開いた。
「うわっ!!」
悲鳴をあげたのは――隊長だ。
休憩所で抱き合っていた私達を見て、驚いた表情を浮かべている。
「お、お前ら、そういうのは、職場ですんなよ!」
「え、違っ……」
「これはそういうのじゃなくて」
隊長は言いたいことを言ったあと、すぐに扉を閉めたので弁解の余地もなく。
廊下から、話し声が聞こえる。
「あ、隊長、おはようございます!」
「おい、ウルガス、休憩所には入るな」
「え、なんでですかあ~?」
「いいから入るな!」
なんだろう、この、微妙に気を遣ってくれる感じ。
しばし、ザラさんと気まずい時間を過ごした。
せっかくザラさんが難なく朝食を食べられたというのに。
どうしてこうなった!!