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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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チーズインオムレツ

 昨日、仕事頑張ろうとか決意していたけれど、今日の任務雪山捜索じゃん。

 しかも、本来ならば休日だった。

 朝から寝台の上で脱力。起き上がるのが億劫になっていた。

 やる気がない。気力がない。元気がない。

 ないない尽くしである。けれど時間は待ってくれない。

 のろのろと起き上がれば、昨日買ってもらった胸飾りが目に付く。

 包装紙が綺麗で、開封せずにそのままにしておいたのだ。

 帰って来たら、丁寧に開いて眺めよう。それを楽しみに今日一日の仕事に挑むことにした。


 食堂に行けば、いつものおばちゃんが出迎えてくれる。

 焼き立ての平パンを二枚受け取り、オムレツとスープをもらって席につく。

 まずは食前のお祈りから。


 ――美味しい食事を食べられることを、感謝します。


 まずはパンから戴くことにした。バターの入っている壺を引き寄せ、たっぷりと塗る。

 今日はたくさん栄養分を蓄えてもいいだろうと思って、バターは重ね塗りをしてしまった。

 あつあつのパンの上で、バターが溶けている。薄い卵色が熱を受け、すうっと色が変わって琥珀色になる瞬間がたまらない。ずっと眺めていたいけれど、時計を見れば朝礼の時間が迫っていた。サクサクと、急いで噛みつく。バターの濃厚な風味に感動している時間などない。

 オムレツをナイフで裂く。すると中からトロリとチーズが出てきた。

 こんなの、聞いていなかった。オムレツの中にチーズなんて、大事件だ。絶対絶対、美味しいに決まっている。

 一口大に切りわけた。フォークを突き刺せば、みょんと伸びるチーズ。

 ナイフでチーズを切ってから食べた。

 この美味さ………………言葉にならない。

 オムレツにチーズを入れる料理考えた人は天才だと思った。

 と、そんなことを考えていたら、就業時間三十分前を知らせる鐘が鳴る。ゆっくりと味わっている時間などなかった。

 急いで食べて、寮を飛び出した。


 朝礼にはギリギリ間に合った。

 本日で八勤目なので、みんなほどほどに目が死んでいる。

 ザラさんはいつもどおりだったけれど。この人、体調管理どうやってしているんだろう。

 まあいいか。

 依然として、行方不明の貴族のお坊ちゃんは見つかっていないらしい。


「まあ、今日あたりから死体探しになるだろう」


 隊長の冗談のような一言に、笑えない私達。

 もう嫌だ。元々休みだったということもあって、余計に憂鬱になる。

 雪山までは馬車で行くらしい。その点に関しては、ちょっとだけホッ。

 朝礼が終われば、即座に移動となる。各々、荷物を持って外に出た。


 六人乗りの馬車が用意されたけれど、大柄な人が多いので、ちょっと狭い。

 特に大柄なガルさんは、身を縮めて居心地悪そうにしていた。

 私は端っこに陣取る。隣はザラさん。目の前はベルリー副隊長で、華やかだ。

 隊長が合図を出せば、馬車は動きだす。


 変わりゆく景色を眺めていれば、前方より視線を感じる。

 ベルリー副隊長が私を見ていたのだ。目が合えば、ふわりと微笑んでくれる。


「リスリス衛生兵、王都での暮らしには慣れたか?」

「はい、お蔭さまで」


 みんな親切だし、村で暮らしていた頃よりも、贅沢な暮らしをしていると思う。

 寮の騎士のお姉さん達も優しいし、食堂のおばちゃん達も親身に接してくれる。不満は欠片もない。


「この先の目標とか、夢とか、そういうのがあるのか?」

「一応、妹達の結婚資金を貯めることができたらと思っているのですが」


 そんな発言をすれば、一気に視線が集まる。

 みんな目を見開きながら私を見ていたけれど、ウルガスが質問をしてきた。


「あれ、リスリス衛生兵って独身ですよね」

「そうですが、何か?」

「なぜ、妹さんの結婚資金を?」

「妹を笑顔でお嫁に送りだすために決まっているじゃないですか」

「リスリス衛生兵は?」

「私は婚約解消されたので」


 シンと静まり返る車内。

 隊長が小声で、ウルガスに「そこまで聞いたんなら、最後まで聞け」と肘で突いていた。

 ひそひそ話、聞こえていますので。


「え~っと、どうして、婚約解消されたんですか?」

「私はないない尽くしだったんですよ」

「な、ないない尽くし?」

「財産なし、魔力なし、器量なしです」

「ええ~~」


 フォレ・エルフの良妻賢母の条件を言えば、驚かれてしまった。


「リスリス衛生兵、結婚諦めるなんて、もったいないですよ」

「でも、王都の便利な暮らしを知ってしまえば、フォレ・エルフの森暮らしには戻れません」

「だったら、王都で結婚相手を探しては?」

「そんな物好き、いるわけないでしょう」

「あら、ここにいるけれど」


 ザラさんが何か発言したあと、馬車が大きく揺れた。

 外から「ぎゃああ!」と御者の悲鳴が聞こえる。

 馬車は動きを止め、それと同時に隊長が叫んだ。


「――魔物だ!」


 悲鳴を寸前で呑み込んだ。

 任務に赴く途中で魔物に遭うなんて、運が悪い。最悪だ。

 隊長は椅子の下から大剣を取り出し、飛び出していく。ガルさんも続いた。


「やだ、私とガルさんの武器、後ろの荷物置きじゃない」


 ザラさんはやれやれといった感じで出て行った。


「リスリス衛生兵、ウルガスが合図を出すまで、馬車の中にいてくれ」

「わ、わかりました」


 私に注意を促し、ベルリー副隊長は馬車から出て行く。

 最後に、ウルガスが不安そうな面持ちで飛び出して行った。


 一人残された私。

 外からは魔物の甲高い鳴き声が聞こえる。

 そっと、前方の窓から様子を覗き込む。

 騎士隊の面々が対峙しているのは、双頭の巨大蛇だった。

 御者は騎士のお兄さんだけど、あれを見たら悲鳴も上げるよなと思った。

 そういえば、御者のお兄さんは――端のほうで倒れている。怪我をしているのか。

 出血はないようだけど。

 合図があるまで待機を命じられているので、その場で待つことに。

 ごめんね、お兄さん。

 戦況は悪くないように見えた。

 ザラさんが戦斧で勇敢に切りつけ、隊長は長い尾から繰り出される攻撃を薙ぎ払う。

 隙を見てベルリー副隊長とガルさんが、心臓のある部位を攻撃する。

 遠方から、ウルガスが矢を射る。風のように放たれた矢は、巨大蛇の目に命中していた。


 ほどなくして、巨大蛇は倒れる。

 ズシンと、地面が揺れていた。

 ホッとひと息――なんてしている暇はない。救急道具を準備して、怪我人の治療がいつでもできるように構えておく。


 最初に馬車へやって来たのはウルガスだった。


「リスリス衛生兵、もう大丈夫みたいです」

「はい、お疲れ様でした」

「いや、俺はほとんど何もしていないですよ」


 そんなことはない。私はきちんと見ていた。ウルガスが急所に矢を放っていたところを。

 非常に謙虚な青年だ。私も見習いたい。


「多分、怪我人はいないかと」

「良かったです」

「擦り傷などはあるかもしれませんが」

「了解です」


 御者のお兄さんは気絶をしているだけらしい。

 それを聞いて、やっと本当の意味で安堵することができた。

 私が治療できるものには限度がある。

 一部の部隊には隊医がいるらしいが、人数はあまり多くない。

 だから、戦闘のたびに、どうか大きな怪我をしないでくれと、願っているのだ。


 まだ中にいるようにと言われたので、じっと待機しておく。

 しばらく経ったあとで、皆が戻って来た。

 隊長の代わりに、御者をしていた青年が乗車する。どうやら目覚めたようだ。

 用心のために、交代したらしい。しばらく隊長が手綱を握るとか。

 青年は居心地悪そうに隣に座っていた。

 ガタゴトと揺れる中、私は青年の治療を行う。

 馬車を止め、応戦しようとした時に、巨大蛇の攻撃を受けてしまったらしい。

 視界の確保を優先して兜は被っていなかったらしく、顔は傷だらけ。革手袋も裂けて、隙間から見える肌に血が滲んでいた。

 傷口を濡れた布で拭きとり、清潔な状態にしてから傷薬を塗っていく。

 裂けた手袋も、暇なので縫った。


「すみません、ありがとうございます」

「いいえ、お気になさらず」


 大袈裟なくらいにお礼を言ってくれた。まあ、悪い気はしない。


 なんだか、衛生兵の仕事が存分にできたような気がして、達成感に満たされてしまった。


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