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挿話 アルブムちゃんのダイエット大作戦!?

 アルブムはリヒテンベルガー侯爵家で、減量に励むことになった。

 明日から頑張ると籠の中に丸くなり、眠っていたら体を持ち上げる輩が現れる。


『ムニャムニャ……ンンッ!?』


 アルブムは突然の浮遊感と、体を掴まれる拘束感を覚えて目を覚ました。

 同時に叫ぶ。


『ンギャアアアア~~!!』

「うるさい」


 アルブムの体を持ち上げたのは、リヒテンベルガー侯爵であった。

 強面を目の前にしたアルブムは手足をバタつかせ、叫びながら恐怖に怯える。


『パンケーキノ娘エ、パンケーキノ娘ェ、助ケテエ!!』

「メル・リスリスはここにはいない」

『ウワアアアアア~~!!』


 アルブムは絶望する。助けてくれる人は、ここにはいなかった。


「いったいどうしたら、ここまで太れるのか」

『ウッ、ダッテエ、ダッテエ』


 契約した頃はやせ細っていた。人差し指と親指で輪を作ったら、その中に入れるほどだったのだ。

 今は、ムクムクのムチムチになっている。


「とりあえず、運動できる器具を用意した」

『エ?』


 リヒテンベルガー侯爵は片手を挙げる。すると、執事がそっと執務机の上に減量器具を置いた。

 それは丸い形で、底に四つの足がある。執事が丸い部分を動かすと、カラカラと音をたてて回った。


『ナ、ナニコレ?』

「回し車だ」


 それは、愛玩動物に運動をさせるための遊具で、運動不足やストレスを解消させる効果がある。


「これで減量しろ」

『ウン……エット、明日カラネ』

「今からだ!!」

『ヒイ!』


 リヒテンベルガー侯爵にジロリと睨まれ、アルブムは慌てて回し車の中に飛び込む。そして、一生懸命回し始めた。


 目にも止まらぬ速さで、回し車はクルクルカラカラと回る。


『ウリャウリャウリャウリャ……ハアハアハア……!』


 疲れて止まると、リヒテンベルガー侯爵の鋭い視線に睨まれてしまう。

 アルブムは頑張って走るほかなかった。


 回し車が設置された場所はリヒテンベルガー侯爵の執務机なので、監視から逃げる術はなかったのだ。


 執事から与えられる蜂蜜水で喉を潤しつつ、減量は三時間で終了となった。


 その後、アルブムの身柄は侍女の手に渡される。

 温かい湯に浸けられ、体を洗ってもらう。


『ア~~、気持チイイ!』


 ゆったりと優雅な気分でいたが――。


「では、塩を擦りこみますね」

『へ!?』


 まさかの展開となる。

 アルブムの全身に塩を擦りこみ、揉んでいった。

 続いて、いい香りのする薬草が振りかけられる。


『コ、コレ、オカシクナイ!?』

 

 アルブムはこの工程に覚えがあった。


 ――パンケーキノ娘ェ、何ヲシテイルノ?

 ――塩と薬草を揉み込んだら、肉の臭みが取れて、柔らかくなるのですよ。

 ――ヘエ、ソウナンダ~。


『待ッテ、チョット待ッテ!!』


 手足をジタバタとさせるが、塩と薬草を揉み込む侍女とは違う侍女に体を押さえつけられてしまう。


『アルブムチャン、オイシクナイヨオオオオ!! ウワアアアアア、パンケーキノ娘エエエエエ!!』


 侍女達はアルブムに減量按摩だと説明するが、混乱状態だったので聞く耳も持たず。


『アルブムチャン、ゴ主人様ノ夕食ニナルンダ……皮ヲパリパリニ焼カレテ、葡萄酒ノソースニ、絡メテ、食ベラレルンダ……』

「どうだ?」


 急にリヒテンベルガー侯爵が顔を出す。その姿を目にしたアルブムは――あまりの恐怖に白目を剥き、そのまま気絶した。


 ◇◇◇


 朝、アルブムは朝日を浴びて目を覚ます。


『――ハッ!!』


 起き上がり、体をペタペタと触る。皮は剥されていないし、揉み込まれていた塩や薬草は綺麗に洗い落とされていたようだった。

 また、眠っていたのは鉄板の上ではなく、やわらかなクッションが敷かれた籠の中。


「……起きたか」

『!?』


 低く、不機嫌な声の正体は言わずもがな、リヒテンベルガー侯爵であった。

 朝の身支度をしているようで、袖のボタンを留めている。


『キ、キキ、今日、アルブムチャンヲ、食ベルノ?』

「何を馬鹿なことを」


 リヒテンベルガー侯爵がアルブムを持ち上げると、手足をバタつかせた。


『アルブムチャン、オイシクナイヨオ~~!!』

「朝からうるさい。誰がお前を食べるのだ」

『エ?』


 アルブムはピタリと動きを止めた。


『ゴ主人様、アルブムチャン食ベナイ?』

「お前の肉など、不味そうで食べたいと思わない」

『ソッカ~~ヨカッタ~~』


 昨日の塩と薬草を揉み込んだのは、減量作戦の一つだと知らされる。塩の効用で血行促進させ、脂肪を燃焼させる効果があったようだ。


『アルブムチャン、下ゴシラエサレテイルノカト、思ッタヨオ~』

「そんなわけないだろう」


 ひと安心することができた。


 そのまま食堂に連れて行かれる。


 食堂にはアルブムの分の食事も用意されていた。

 侍女が首元に、ナプキンを結んでくれた。


『エ、アルブムチャン、食ベテモイイノ?』

「そうしないと、生きていけないのだろう?」

『ウ、ウン、ソウダケレド』


 アルブムは食料の中に含まれる魔力を吸収して生きている。

 しかし、たいていの妖精は大気中に漂う魔力を自ら摂取する能力がある。

 食料の中にある魔力は微々たるもので、アルブムのように食料から魔力を得る妖精は珍しいのだ。


 てっきり食事は抜かされると思っていた。しかし、リヒテンベルガー侯爵はきちんと用意してくれていた。


『ゴ主人様、アリガト』


 お礼を言いかけたが、目の前に配膳された食事を見て、言葉に詰まった。

 それは、真っ黒なゼリーだったのだ。


『アノ、コレ、何?』

「魔石を砕いて作ったゼリーだ」

『エ?』

「減量食だ。心して食べろ」

『エエ~~!!』


 アルブムは涙目になる。

 目の前で、リヒテンベルガー侯爵は焼きたてのパンにたっぷりとバターを塗っていた。

 パンの熱で溶けたバターが蜂蜜色になっていく。それを、おいしそうに食べていた。

 いつものとおり無表情であったが、空腹状態のアルブムにはおいしそうに食べているように見えたのだろう。


『アア、アアアアア!』

「うるさい。いいから食べろ」


 続いて、野菜がトロトロになるまで煮込まれた澄ましスープを飲む。ゴクリと喉が動く様子まで、アルブムは見届ける。

 フォークに刺した厚切りベーコンは脂が滴っている。

 半熟に焼かれた目玉焼きは、きっと濃厚な味わいだろう。


 普段だったら食べられるはずの料理を、リヒテンベルガー侯爵は次々と食べていった。


「痩せない限り、魔石ゼリーだ」

『ウウウ……!』


 涙目でアルブムは魔石ゼリーを食べた。

 案外おいしかったのでおかわりをしたいと言ったが、リヒテンベルガー侯爵に睨まれたので冗談ということにしておいた。


 ◇◇◇


 今日、リヒテンベルガー侯爵は幻獣保護局の本部に行くらしい。


『ジャ、アルブムチャンハ、イイ子デ、オ留守番ヲ……』

「お前も行くに決まっているだろう」

『へ!?』


 すばやく首輪を付けられ、散歩紐のようなものを繋がれる。

 そして、アルブムはリヒテンベルガー侯爵に引かれて幻獣保護局の本部に向かうことになった。


 幻獣保護局の本部は王城の一角にある。

 建て増しして造った施設のようで、とても綺麗だった。

 廊下には幻獣の肖像画が飾られている。


 局長室の前には、竜の置物があった。


『ヒエエエエ~~』


 ド迫力の像を見上げ、アルブムは慄く。


「局長、おはようございます」

「ああ」


 やって来たのは局長の秘書を務める男性であった。年頃は三十代前後で、髪は七三にキッチリと分けて眼鏡をかけるという、生真面目そうな外見である。


「おや、そちらが契約した妖精ですか」

「そうだ」

「今日はどうして?」

「減量をさせている」

「減量、ですか」


 リヒテンベルガー侯爵は執務中もアルブムが減量できるように、回し車を持って来ていた。

 さっそく机の上に設置して、走るように命じる。


『ウウ……』

「いいから早くしろ」

『ワカッタ』


 今日も三時間ほど、回し車を使って減量した。


 こうした生活を一週間ほど続けた結果、アルブムはすっきりとした体形を取り戻す。

 アルブムがどうしてもと熱望するので、その身柄は再度メル・リスリスに託された。


「あ、アルブム」

『パンケーキノ娘エエエエエ、会イタカッタヨオオオオ!!』

「なんて大袈裟な……」


 メルの胸に頬をスリスリとさせていたら、隣にいたザラに体を持ち上げられる。


「アルブム、メルちゃんに甘えていたら、また、侯爵様のもとで減量作戦が始まるからね」

『ヒッ!』


 ザラにそう言われ、戦慄を覚えた。

 これからは、三分の二は大気中から魔力を得て、三分の一を食事から魔力を得ようと思う。


 アルブムはそう、強く心に誓ったのだった。


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