丸芋の薄焼きパン~猪豚の角煮を包んで~
『クエクエ、クエクエ?』
「うっ、それは……」
アメリアはザラさんの家に泊まったら? というけれど、今から行ったら迷惑になるだろう。それに、ザラさんの家にアメリアとステラは入れないので、屋根で待機してもらうことになる。
春とはいえ、夜は冷え込む。私だけ温かい室内で眠るなんて、とてもできない。
王都の宿で、アメリアやステラなどの大型幻獣を受け入れられる店はないと思われる。
騎士舎は仕事以外での使用は禁止だ。
よって、本日は野宿一択だろう。
『クエクエ?』
「リーゼロッテの家もダメです。これ以上、迷惑はかけられないので」
『クエクエ、クエ?』
「アメリアとステラは野宿して、私だけ宿に行けって? もっとダメです!」
幸い、私は遠征部隊の任務のおかげで野宿に慣れている。こんなこともあろうかと、魔物避けの聖水も先月自腹で購入していた。アメリアやステラの報告書を提出して得た報酬で買った品である。
それに加えて、もしも魔物がやって来たら、耳の良いステラが気付くだろう。
「そんなわけなので、みんなで野宿しましょう!」
『クエ~~』
『クウ……』
二人は乗り気ではないけれど、仕方がない。他の人に迷惑をかけるわけにはいかないし。
エヴァハルト伯爵邸の敷地から出て、森の中へと分け入る。
この辺は魔物を見かけたという話は聞いたことがない。たぶん、安全だ。
少し開けた場所を発見したので、そこで野宿する。
アメリアの光魔法で光った羽根三枚を、角灯の中へと入れる。
周囲はぱっと明るくなった。
まず、聖水で円陣を描く。アメリアとステラを入れるために、大きめに描いた。
高価な聖水が、どんどん減っていった。安全確保のため、ぐっと我慢する。
「さて、まずは火を焚きますか。アメリア、ステラ、かまど用の石を集めてきてくれますか?」
『クエ!』
『クウ!』
すぐに取りに行ってくれたけれど、アメリアが振り返って言う。「聖水の円陣から出たらダメだからね!」と。
わかっております。
まさか、食材探し禁止令が出るとは……。
今日、リーゼロッテの家に行く前に買い物をしてきたので、食材は豊富に妖精鞄ニクスの中に入っていた。
調味料もまとめ買いをしたので、味付けも問題ないだろう。
鞄の中身を確認する。
衣類に仕事関係の道具、食材、勉強道具、寝具などなど。これだけ大量に詰め込んだら、ニクスの喉も詰まるだろう。
ゆっくりしている暇はない。食事の準備をしなければ。
円陣の外にある大きな葉っぱへ手を伸ばす。まな板代わりに使いたい。
「うっ、よっ……ぎゃっ!」
つま先立ちで取ろうとしていたら、体の均衡を崩して転んでしまった。円陣の外に出てしまう。
『クエエエエ~~』
低い鳴き声と、鷹獅子の影に気付く。
振り返ったら、嘴をカタカタと鳴らしながら目を細めるアメリアの姿が。
「あ、アメリア……いや、なんていうか……」
『クエエエエエエエ~~!』
「はい、すみませんでした」
聖水の円陣から出てしまったことを、深くお詫びし、反省の意を示した。
アメリアとステラが拾って来てくれた石を並べ、簡易的なかまどを作る。
くべる枝とかも拾って来てくれたようだ。なんてできる子たちなの。嬉しくなる。
さっそく、点火させた。
まず、大量に買ってしまった丸芋を取り出す。春採れの新鮮な野菜だ。
水はアメリアとステラ用に持ち歩いていたものを使う。
皮を剥いてぐつぐつ煮込み、湯切りして鍋の中で潰した。途中で細かく切ったチーズと、塩胡椒を追加する。途中から、小麦粉とバターを加えてよく練った。
続いて、香辛料で下味を付けた猪豚を角切りにして、牡蠣ソースを絡めつつ煮込む。
それを、平たくした丸芋の生地に包み込んだ。早く焼けるよう、薄く伸ばして焼く。
裏表、生地が膨らみ、焼き目が付くまでしっかり火を通した。
「よし、でき上がりました!」
題して、『丸芋の薄焼きパン~猪豚の角煮を包んで~』の完成だ。
野宿で気分が侘しくなっているので、せめて料理名だけでも高級な感じにしてみた。
先ほど採った葉っぱの上に盛り付ける。
すると、端のほうにステラがどこかで摘んできたと思われる小さな白い花を添えてくれた。
「わっ、可愛い! ステラ、ありがとうございます!」
『クウ』
お皿に見立てた葉っぱに花を飾ってくれるなんて。素敵な感性だ。私も今度遠征の時にしてみよう。隊長は「食えない物を皿の上に置くな!」とか文句を言いそうだ。ザラさんあたりなら、この可愛らしさを理解してくれるに違いない。
「なんか、ほっこりしました」
『クウ』
尻尾を振って嬉しそうにするステラの顎の下を撫でる。
アメリアとステラ用に、葉っぱの上に果物を並べた。
食事の準備は整った。
「すみませんね、こんなことになって」
『クエ~』
『クウクウ』
二人共、平気だと言ってくれた。なんて、優しい娘達なのか……。
「ニクスも、ありがとうございました。おかげさまで、大事な物はすべて持ち出せましたし」
『いいよん』
お礼として、薄焼きパンを一枚あげた。
『……はふっ、はふっ、むぐっ。おいしいねん!』
「よかったです」
食べたものはいったいどこに行くのか。謎過ぎる。気にしたら負けだということにした。
私も食前の祈りを捧げて、戴くことにする。
安売りの丸芋でかさ増ししたパンはどうだろうか。
「むっ、熱っ……!」
冷まさずに食べたからか、口の中を火傷しそうになった。熱い角煮のソースが、とろ~りと出てきたのだ。
ふむ。やはり、発酵させていないので、少々物足りない食感だ。モソモソしているというか。もうちょっと水分を増やしたら、モチモチ食感になるかもしれない。
しかし、中の角煮の味が濃くて肉に甘辛い牡蠣ソースがしっかり絡んでいるので、一緒に食べたら生地の完成度の低さは気にならなくなった。
むしろ、淡白なパンだからこそ、相性が良いのかもしれない。
うむ。なかなかおいしかった。
お腹がいっぱいになると、心の不安もいささか薄くなった。
アメリアとステラも、食欲はあるようでホッとする。
こういう時、お気楽なアルブムがいたらいいなと思った。だが、減量も大事だ。
よくよく考えてみると、体重増加の悪影響は私にも及んでいた。
ここ最近の首の違和感はアルブムが原因だろう。寝違えたのだと決めつけていたが、体重が増えたアルブムを首に巻いていたから痛めたのだろう。
……襟巻代わりにしていた私も悪いんだけどね。
食事が終わったら、寝床を作る。
下宿先から回収してきたシーツを地面に敷いて、毛布に包まった。
そんな私を、アメリアとステラは覗き込んでくる。
「二人共、早く眠るのですよ」
『クエ~』
『クウ』
私もぎゅっと目を瞑る。
ザワザラと、木の葉が揺れている。ビュウビュウと、強い風が通り抜けた。
こうして寝転がっていると、再び不安感が押し寄せる。
なんだろうか、この心のざわつきは。嫌な予感とか、そういうのではなくて。
遠征の時はすぐに眠れるのに、どうして?
任務の時は動き回って疲れているから、熟睡できるのか。
寝返りを何度も打っていたら、温かいものに囲まれた。アメリアとステラだ。
「わ……二人共、ありがとうございます」
温かくて、ふかふかで、なんだか落ち着く。これから、眠れそうだ。
ここで私は違和感の正体に気付く。
いつも遠征先でぐっすり眠れるのは、第二部隊のみんながいるからだ。
遠征先では毎回交代で夜通し見張りをして、魔物との戦闘に備えている。
それに比べて、今日は一人だ。だからきっと、心配で眠れなくなっているのだろう。
「明日も仕事なので、寝なくちゃいけませんね」
アメリアとステラの温もりの中で眠る。
夜中、何度か目覚めてしまったけれど、そこそこ睡眠は取れたと思う。
朝、昨日の残りを食べて、騎士隊の制服に身を包み、元気よく出勤!
ちょっとよれよれ感があるのは許してほしい。
アメリアとステラと共にザラさんの家に向かう。
ザラさんは今日も家の前で待っていてくれた。
「あ、メルちゃん、おはよ――え!?」
出会いがしら、ザラさんに両手で頬をぐっと掴まれる。
「どうしたの、この目の下のクマは!?」
「あ、ちょっと事情がありまして」
「事情って?」
「エヴァハルト夫人の家が売り出しになっていて、締め出されてしまい――」
「なんですって!?」
野宿をした旨を話すと、ザラさんは頭を抱えて悲鳴をあげていた。
「メルちゃん、なんで私のところに来なかったの!?」
「ザラさんの家に、アメリアとステラは入れないので」
「リヒテンベルガー侯爵家は?」
「いや、これ以上迷惑をおかけするのもどうかと思い」
ザラさんは私の体を突然抱きしめる。
「メルちゃん、無茶はしないで。他人に、甘えることを覚えて。お願いだから……」
今までにないくらい真面目な声で懇願される。
甘えることはなかなか難しい。私にとって、大きな課題かもしれない。
とりあえず今は、ザラさんに心配をかけさせないよう、頷いておいた。