衝撃の事実 その三
売家とか、どうして!?
エヴァハルト夫人が来たと聞いた時には、そんな話なんて出てなかったのに。
「ええ、なんで? 嘘っ……」
屋敷のほうを覗き込んだら、一階部分は灯りがついている。
「使用人がいるの?」
『クエ?』
アメリアが「私の背中に乗って門を飛び越える?」と聞いてくれる。
「あ、ありがとうございます。ステラは――?」
この暗闇の中に置いて行くのは心配だ。
「ステラ、この門を飛び越えることができますか?」
『クウ!』
問題ないらしい。頼もしい子だ。
アメリアに跨り、声をかける。
「では、行きますよ」
『クエ』
『クウ』
アメリアが地面を蹴り、翼をはためかせて飛翔する。ふわりと門の上を飛んで、ゆっくりと着地した。
振り返ると、ステラがひと息で門を飛び越える。
「わっ、ステラ、すごいです」
褒めたら耳をピンと立てて、尻尾を振って嬉しそうにしていた。
鞄からアメリアの羽根を取り出す。これは最近灯り代わりに使っているもので――。
「アメリア、光魔法お願いします」
『クエ~~』
アメリアが呪文を唱えると、白い羽根が光を帯びる。角灯の中に羽根を入れて、アメリアの首から吊るした。すると、前方は明るく照らされる。
アメリアやステラは夜目が利くけれど私は見えないので、対策をさせてもらった。
庭を駆け、エヴァハルト伯爵邸の玄関に到着。アメリアから降りて扉に手をかけるが、鍵がかかっていた。
「ええっ、なんで……?」
ここで、屋敷の内部からバタバタと数人分の足音が聞こえる。それから、男性の怒号も。
『クエクエ!』
『クウ!』
アメリアとステラから、隠れたほうがいいと言われる。私もそう思った。
慌てて灯りを消してアメリアに跨り、屋根まで飛び上がる。ステラも一階と二階の露台を踏み台にして跳び乗って屋根にやって来た。
ふうとひと息吐いた瞬間、バン! と玄関の重厚な扉が開かれた。
「つべこべ言うな!! ここは、伯爵家の管理する屋敷だ。お前達が口出しする権利はない!!」
屋敷の中から飛び出してきたのは、エヴァハルト夫人の執事と侍女さん、それから下働きの人が数名。
何やら、追い出されているように見える。
いったい、何があったのか。
「まったく、誰もかもおかしなことを主張して。誰がなんと言おうと、母が死ぬまえにここは売る!」
エヴァハルト夫人のことを母と呼ぶこの声は、現伯爵なのだろうか?
先ほど侯爵様が権利関係で揉めていると話していた。
もしかして、屋敷の管理をザラさんに任せることに伯爵が反対をしているのだろうか?
そして、エヴァハルト夫人が出て行った間に、占拠及び屋敷を売りに出したと?
ありえない。
きっと、エヴァハルト夫人は知らないのだろう。
そんなの、横暴すぎないか。怒りがふつふつと沸き上がる。
使用人の方々は裏口から出て行ったようだ。
私は……どうしよう。
部屋に私物を置きっぱなしだ。取りに行きたいが、大丈夫だろうか。
「アメリア、ステラ、どうしましょう?」
『クエクエ、クエクエクエ、クエ』
『クウ』
「なるほど」
今取りに行くのは危険だと言われる。ステラも同じ考えらしい。見つかって盗人だと言われたら、そうではないと証明するものは何もない。
エヴァハルト夫人と交わした契約書も、部屋に置いてある。
「でも、騎士隊の制服や装備も部屋にあるんですよね」
魔棒グラも、部屋の隅に立てかけたままだ。
そういえば、魔力を刺激しないよう、グラの使用は侯爵様に禁止を言い渡された。
あれは、洗濯竿として使うしかないだろう。
『クエクエ、クエクエクエクエ』
「あ、そうですね」
早朝忍び込んで――という表現もおかしいけれど――誰もいない隙に取りに行くしかないようだ。
とりあえず、屋敷の敷地内から脱出する。
「おっと!」
屋根から地面へ降りようとしたら、馬車と人影があったので一旦停止する。
車体にはエヴァハルト伯爵家の家紋が付いていた。本家の使用人だろうか。
耳をすませると、何かを話していた。
「しかし、驚いたな。大奥様に多額の借金があったなんて」
「慈善事業はビジネスだというけれど、ありゃやりすぎだ」
エヴァハルト夫人が、慈善事業をして借金を抱えている?
話を聞いた瞬間、バクンと胸が大きく鼓動を打つ。
この屋敷を売ったお金で、返済するつもりなのか。
「っと、旦那様のおこしだ」
「いつもより機嫌が悪いから、発言には気を付けろよ?」
「了解」
裏口から一人の男性が出て来る。暗いのでよく見えないけれど、黒い外套を纏った大男だった。容貌まではわからない。
伯爵様らしき人が乗ったあと、馬車は動き出す。閉鎖されていない裏門から出るのだろう。
まだ、心臓が早鐘を打つように忙しなく鼓動していた。
『クエクエ?』
『クウ?』
「あ、はい。大丈夫、ではありませんが、落ち着くように努めます」
私の様子がおかしいと、アメリアとステラが心配していた。
だって、いきなり下宿先が売家になっていて、エヴァハルト夫人に多額の借金があったなんて……。
もう、ここには住めないのだろう。
「あ、そうだ。荷物を取りにいかなきゃ」
屋敷の灯りは消されて暗くなっている。もう、誰もいないだろう。
「問題は、どこから忍び込むか、ですね」
三階建てのこの屋敷の、一階部分のひと部屋を借りている。私の部屋は戸締りはきちんとしているので、侵入できないだろう。
『クウ!』
「ん?」
『クウクウ、クウ』
「本当ですか!」
二階部分の端にある部屋の窓より、カーテンが風で揺れていると。
ってことは、窓が開いているということになる。
「そこから侵入しましょう」
『クエ!』
『クウ!』
喜んで移動したけれど、そこは私一人が入れるくらいの小さな窓だった。
「えっと、では、荷物を取って来るので、アメリアとステラは私の部屋の前あたりで待っていてくれますか?」
『クエ』
『クウ』
はあと、溜息を吐く。
アメリアに乗って窓のあるあたりまで行ってもらい、半開きになっていた窓を足で蹴って全開にした。
あまり、アメリアが屋敷に近付けないので、跳んで中に侵入しなければならない。
正直に言ったらかなり怖い。しかし、ここ以外開いている場所はないのだ。
ステラが隣の露台に跳び移り、頼もしい言葉をかけてくれる。
『クウクウ! クウ!』
「ありがとうございます」
もしも落ちたら、受け止めてくれるようだ。返事をすると、ステラは地面に下りて行った。身軽なのが羨ましい。
「よし、行きます!」
『クエ!』
どうか、成功しますように。
息を大きく吸い込んで。アメリアの背中に中腰で立ち、意を決し窓に向かって跳ぶ。
「ぎゃあああ!!」
私の体は窓枠を通り抜けた。華麗に着地できたら良かったのだけれど、ゴロゴロと床の上を転がっていく。絨毯が敷かれた部屋で良かった。
『クエクエ~~?』
アメリアの「大丈夫!?」という声が聞こえた。慌てて起き上り、窓から顔を出す。
「アメリア、着地成功です」
『クエ!』
「ステラも、安心して下さい!」
地面から二階にいる私を見上げるステラは、尻尾を振っているようだ。
ゆっくりしている暇はない。さっさと私物を回収して、脱出しなければ。
ニクスの中からアメリアの羽根を取り出し灯りの代わりに持つ。
「アメリア、呪文を――」
光魔法を頼もうと思っていたのに、アメリアとステラは私の部屋の前に向かったようだ。行動が早すぎる。
幸い、月明かりが差し込んでいるので、真っ暗というわけではないけれど。
満月に感謝した。
着地した部屋は物置のようだった。
少し埃っぽく、美術品などが雑多に置かれている。それらには、差し押さえの札が貼られていた。もしや、私の部屋の家具なども差し押さえになっているのでは?
そんなの、困る。
しかし、侵入したさいに美術品を壊さなくて良かった。今になって無鉄砲なことをしたのだと、気付くことになる。
部屋に角灯があったので、借りることにした。ニクスの中に入れていたマッチで火を灯す。
部屋の扉を開けると、ギイイ~……という不気味な音が鳴った。
廊下は真っ暗。薄気味悪くて、こんな中を進みたくない。でも、行かなければ。
早足で進む。途中、甲冑の置物があって、悲鳴を上げてしまった。
夜の屋敷は、本当に不気味なのだ。
やっとのことで部屋に辿り着く。
窓からアメリアやステラの姿を確認できて、ホッとした。
気になる私の部屋は――元々あった家具にだけ差し押さえの札が貼られていた。
まあ、私が買ったのは中古の安い家具なので、当り前だろうが。
急いでニクスに服や生活雑貨を詰める。
「すみません、ニクス」
『いいよん』
魔棒グラに騎士隊の制服、私物にアメリアとステラの果物。作り置きしていた保存食も詰め込んだ。
『ウッ……!』
大量に入れたので、喉(?)を詰まらせてしまったようだ。
「ごめんなさい。もう少し入れます」
『だ、大丈夫だよん』
ニクスのおかげで、なんとか荷づくりは完了した。机や椅子などは諦めよう。
窓から外に出る。
「さて、私達もここから脱出をして――」
ここではたと気付く。
今晩はどこに泊まればいいのかと。
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