衝撃の事実
どうやら、エヴァハルト夫人は静養の時期を早めるようだ。
息子と権利について揉めたことが、症状の悪化に繋がっていたらしい
そんなことになっていたとは、思いもしなかった。
「それで、お祖母様はお父様に話し合いを任せると」
「みたいだ」
ノワールも侯爵家に預けることになるらしい。
言ってくれたら、私が面倒を見たのに。って、ただの下宿人にそんなこと頼むわけないか。
しかし、侯爵家の家庭の事情を、私が聞いてしまってもいいのか。
それにしても、侯爵様は面倒事を押し付けられているようだ。でもまあ、ノワールがやって来て、嬉しそうでもあるけれど。
ここで、紅茶が運ばれてくる。
残念ながら私の分もあった。親子のだけならば、どうぞ水入らずでお過ごしくださいと部屋から出て行きたいところだったけれど。
侯爵様の執務室でもあるので、余計に居心地が悪い。
会話が途切れたタイミングで、物申してみる。
「あ、あの、私、席を外したほうが?」
「別にいいわよ」
「気にするな」
いや、私が気になるのですが。
お家騒動の最中なので、空気が暗い。
そんな中で、ノワールが侯爵様のいる長椅子にぴょこんと跳び乗って、『にゃう!』と何か一生懸命話しかけている。
『にゃう、にゃうにゃう!』
「うむ」
『にゃうにゃう』
「なるほど」
ノワールの鳴き声に律儀に返事をしている侯爵様。話しかけられてもらって嬉しいのか、珍しく口元が緩んでいる。
あの厳格な侯爵様が、ノワールに向ける優しい笑顔。面白すぎる。
しかし笑いたいのに笑えない、この苦行。
大笑いできたらどんなに幸せだったか。
「あ、そうだ。お父様。メルがお父様のために、お菓子を作ったのよ」
リーゼロッテはこのタイミングでお菓子を勧めてくれた。
「私に、菓子を作ったと?」
「はい、すみません……じゃなくて、そうです。よろしかったら、召し上がっていただけたらなと」
甘い物好きは隠しているらしい侯爵様は、鋭い目付きを向けてくる。
お礼はアメリアから抜けた羽根とかのほうが良かったか。それとも、ステラの肉球スタンプがよかったか。
ここで、ノワールの目がきらりんと光った。
『にゃうにゃ~う!』
ノワールが「よかったねえ!」と言わんばかりに、全力で侯爵様に身を寄せる。
さすがの侯爵様も体長一メトル半もある幻獣の体当たりに近いすり寄りを受けたら、体が傾いていた。
「お父様、食べましょう。メル、とっても料理が上手なのよ」
ここで、リーゼロッテがハードルをぐっと上げてくれた。本当にありがとうございますと言いたい。
侯爵様は無表情で白胡麻蒸しケーキの載った皿を手に取る。
フォークを滑らせ、口に運んでいた。
もぐもぐと、表情を変えることなく食べている。相変わらず、おいしいのかまずいのか、よくわからない。
「お父様、どう? おいしいでしょう?」
リーゼロッテが身を乗り出し、お口に合ったかと直接質問してくれた。
「まあ、悪くない」
うむ、なかなか良い評価だ。舌が肥えていて、甘い物好きを隠している侯爵様からの、最大の褒め言葉だろう。
私はそう思っていたが――。
「お父様、酷いわ。悪くないって。そんなふわっとした感想ではなくて、もっとちゃんと言って!」
リーゼロッテよ、なんて怖い物知らずなのか。
詳しい評価なんて、訊かなくてもいいのに。
しかし、追及は止まらない。
「お父様がそんなだから、お母様は慈善事業の旅に出てしまうのよ!? 本当は寂しいくせに!」
リーゼロッテは侯爵様の弱みを、グサグサと見えないナイフで刺していく。
娘の暴言に対し怒鳴り返すと思いきや、意外や意外。侯爵様はしゅんとしていた。
ノワールは気の毒に思ったからか、侯爵様の膝に顎を乗せて、上目遣いで見ている。
その頭を、現実逃避するように侯爵様は優しく撫でていた。
「お父様はだいたい――」
「リ、リーゼロッテ、その辺にしませんか?」
「え? ああ、そうね。ごめんなさい。つい、ここぞとばかりに普段から思っていた不満が出てしまったわ」
なんだろう、このなんともいえない空気は。
侯爵様って、実はそんなに怖くないのではと思ってしまう。
むしろ、不憫だ。
そんな中で、侯爵様は二口目を食べる。
「……うまい」
ぼそりと、聞こえるか、聞こえないかくらいの低い声でうまいと言っていくれた。
きっと、嘘を言うような人ではないので、本当においしかったのだろう。
「あ、ありがとうございます。良かったです」
お口に合ったようで何よりだ。頑張って作った甲斐がある。
リーゼロッテも笑顔になった。
「お父様、これ、美肌効果があるのですって!」
その情報は侯爵様に必要だったのか。眉間に皺が寄って、怖い顔になったではないか。
気まずいお茶会は続く。
◇◇◇
笑ってはいけないお茶会が終わったあと、私の魔力について調べてもらうことにした。
お風呂から上がってきたアメリアとステラも見守っている。
二人共、大きなリボンを首に結んでもらって、上機嫌であった。
「魔力に封印がかけられていると言ったな?」
「はい、どうやらそのようで……」
侯爵様は逃げの姿勢を取っていたアルブムを掴み上げ、杖を出すように命じる。
「お前、太ったな?」
『エ、アルブムチャン、太ッタ!?』
衝撃を受けているようだが、食っちゃ寝を繰り返していたら、太ってしまうだろう。
「少し、減量をさせる。しばらく、この家にいるように」
『エエ~~ヤダヤダヤダ!』
「うるさい」
『パンケーキノ娘ェ』
「……」
アルブム、ごめん。私も太っていると思ったから、侯爵様のところで減量に励んでください。
きっと、一緒にいるだけでげっそりとなりそうだ。しばしの我慢だと、応援する。
『ウウ、アルブムチャン、パンケーキノ娘ト一緒ガ、イイノニ』
「いいから杖を出せ」
『ハアイ』
アルブムはしぶしぶと、魔法で侯爵様の杖を出す。
一見して紳士用のステッキのような、渋い杖だ。
まず、魔力測定の魔法をかけてもらう。
目の前に魔法陣が浮かび上がったが、パチンと霧散した。
「低位の魔法では、弾かれてしまうようね。お父様、もう一段階上げてはいかが?」
「そのつもりだ」
もう一度、侯爵様は詠唱を唱え、杖を揮った。
すると、先ほどよりも大きな魔法陣が私の前に浮かぶ。
白く発光した円陣であったが、じわじわと端から赤く染まっていって、最終的にはすべて真っ黒に染まる。それは時間が経って変色した血の色のようだった。
「これは――!」
「メル、どうして!?」
親子の呟きが聞こえたのと同時に、魔法陣は弾けてなくなった。
「あの……何か問題でも?」
返事の代わりに、侯爵様は深い溜息を吐く。
リーゼロッテは私のもとへと駆けてきて、ぎゅっと体を抱きしめた。
アメリアとステラもやって来て、身を寄せる。
「メル・リスリス。お前の魔力量は、歴代の勇者に匹敵するほどのものである」
「へ!?」
勇者とか、童話の中の存在なのでは?
その質問に対し、侯爵様は首を横に振った。
「幸いにも、魔力は封じられている。しかし、それが解けてしまったら、使いどころがないので、体を蝕むことになるだろう」
多過ぎる魔力は、所有者の体の害となるらしい。
幸い、私のなかにある魔力は高位魔法で封印されているとか。
「なかなか面白い封印術だ。条件があって、一部使えるようになっているらしい」
「あ、それ、ミル――妹も言っていました」
今のところ幻獣の使役と、魔棒で食材を作り出すことに限って使えるようだ。
「ただ、お前の中で、魔力はどんどん生成されている状態だ。封印がいつまで保つのか……」
恐ろしいことを口にする。
「も、もしも封印が解けたら、私はどうなるのですか?」
「死ぬ」
「メル、死んじゃやだ!」
『ヤダヤダ! パンケーキノ娘、死ナナイデ!』
私よりも先に、リーゼロッテやアルブムが反応する。
いや、死ぬとかびっくりしたけれど。
「いったいどうすれば……」
私の呟きに、侯爵様は答える。
「竜と契約すればいい」