白胡麻蒸し饅頭
第二部隊の適性試験に不合格となったミルは落ち込んでいたものの、すぐにやる気は復活したようだった。今度は騎士隊の試験を受けると言って、飛び出していく。
体力がなく運動神経はいささか不安があったものの、魔法適性があることと隊長の紹介状のおかげか、見習い騎士として採用されたようだ。
見習い騎士という役職は即戦力としては難しい者に与えられるもので、数ヶ月の訓練を積んでから正式な騎士となる。
やはり、現状のミルでは、騎士として任務に就くことは難しかったようだ。
馬の乗り方から、体力作り、集団行動などさまざまなことを叩き込まれるらしい。
素晴らしい点は、少額ではあるものの給料が支給される点だろう。
「初めて給料もらったら、お姉ちゃん、好きなものを買っていいから!」
そんなことをミルは言ってくれた。
これから二人で暮らしていくものだと思っていたのに、寮から通うと言って出て行ってしまった。
「――それで、寂しそうだったの」
「え!?」
リーゼロッテに指摘されて驚いたが、ああそうかと腑に落ちた。
心にぽっかりと穴が空いたような気分になっていたのは、ミルがいなくなったからだろう。
「不思議ですね。王都では数週間しか一緒にいなかったのに」
「精一杯お世話していたからじゃない?」
「そうかもしれません」
そんなわけで、私は再びエヴァハルト伯爵邸で幻獣や妖精に囲まれる毎日を過ごしている。
引っ越して来るかもしれないと言っていたザラさんであったが、ノワールとの再契約や屋敷の管理問題について、エヴァハルト夫人の息子さんと少しだけ揉めているらしい。
まだ時間がかかるかもしれないとのこと。
「みんな、大変なのね」
「まあ……」
今日はリーゼロッテの家に遊びに来ていた。
メインは私の魔力を侯爵様に視てもらうことだけど。
『ハア、ナンカ緊張スル……』
ここに来ると食欲がなくなると言って、アルブムは五枚目のクッキーを齧っていた。
アメリアとステラは侯爵家の侍女さん達がお風呂に入れてくれている。
体が大きいのと、仕事が忙しい関係で最近は一週間に一度くらいしか洗えていない。だから、二人共喜んでいた。
「っていうか、一人で幻獣二頭を世話するの大変じゃない?」
「大変ですけれど、母の務めと言いますか」
「使用人を雇ったら?」
「とんでもない」
幻獣のレポートで報酬をもらっているけれど、もしものためのお金だと思って貯めている。騎士の給料だけでは、とても人を雇えるような余裕はない。
「だったら、うちに住めば?」
「う~~ん」
アメリアとステラのことを考えたら、それが一番だろう。
鷹獅子と黒銀狼、二つの上位幻獣と契約を交わしているということは、普通のことではない。何かあった時に、侯爵家の庇護下にあると対策が取りやすい。
しかし、甘えても良いのかとか、侯爵様が怖いとか、とかいろいろ考えてしまう。
「ああ、その前に、侯爵様にお礼をしないと」
「何かあったの?」
「いえ、ステラの契約許可証をすぐに準備してくれたり、騎士隊で活動できるよう資料を提出してくれたり、骨折りしてくださって」
ステラは特に許可の下りにくい第二級の幻獣だ。
基本的に幻獣は国に申請して契約の許可を取る。幻獣の主人として不適切であったら、国内での飼育は許されない。
今までも、第二級の幻獣の契約申請をした人がいるみたいだけれど、悪用の可能性ありという素性調査結果を突きつけられて、許可が下りなかったらしい。
「意外と、審査が厳しいんですよね?」
「そうね。幻獣の力は大きいから……」
過去、謀反に幻獣が使われたことがあったらしい。
「まあ、その時は竜だったんだけど。以降、幻獣に対する目は厳しくなったのよ」
「仕方がない話ですよね」
私が騎士隊に所属していることも、許可の下りやすさの理由だったのかもしれないと言っていた。
「その点に関しては、結構貢献しているというか」
「何がですか?」
「メルが騎士であるということ」
ここで、思いがけない事実が発覚する。
「幻獣保護局の局員のほとんどが、不労収入を得て暮らしている、まあ、暇な貴族なんだけど」
「ほうほう」
幻獣の飼育自体、金持ちの道楽だろう。そのおかげで、この国の幻獣は保護されているんだけれど。
「で、ひと目でもアメリアやステラを見たいって局員が、騎士になっているの」
「ええ!?」
守衛や巡回など、さまざまな部隊に配属され、騎士としての務めを案外真面目に果たしているんだとか。
「もうね、チラッと一瞬見ただけでも幸せなんですって」
「はあ」
「私なんか、コネ入隊だったでしょう? だから、妬まれているの」
「それは、大変でしたね」
知らなかった。そこまで、幻獣保護局の方々に影響を及ぼしていたなんて。
「武芸に精通していたり、魔法使いが多かったりするから、幻獣保護局の局員の入隊は大歓迎みたいで」
「そんなこともあって、ステラの許可も取りやすかったと」
「ええ。また十人ほど、入隊したそうよ」
国の騎士不足は深刻な問題らしい。地方からもどんどん引き入れているらしいが、それ以上に退職者が多いのだ。
「そんなわけだから」
「納得です」
しかし、侯爵様が裏で奔走してくれたのは紛れもない事実だろう。
「でも、苦手なんですよねえ」
あの、威厳たっぷりの侯爵様を目の前にすると、ついつい萎縮してしまう。
そんなに怖い人ではないと分かっているのに、その、やはり、初対面の印象が良くなかったからか。体が拒絶反応を示すのだろう。
「それは、仕方がないわね。わたくしにとっては、普通の父親なんだけど」
「普通の……父親……」
普通とは、いったい。
「あ、そうだ。直接言いにくいのであれば、何かお菓子でもあげたらどう?」
「私の手作りお菓子なんか、侯爵様は喜ぶのでしょうか?」
「喜ぶわよ。お父様は甘い物が大好物だから」
「そうですね」
舌が肥えていそうな気がするけれど、こういうのは気持ちだ。そう言い聞かせていく。
「分かりました。お菓子を作りましょう」
その言葉に、今まで大人しくしていたアルブムが反応する。
『アルブムチャンモ、手伝ウ!!』
目をキラキラと輝かせながら言った。
「なんか、下心の見えるお手伝いさんですが」
『ゼンゼン、完成品ヲ食ベタイトカ、考エテナイカラ』
怪しいけれど、やる気を無下にできないのでお願いすることにした。
「わたくしも手伝うわ」
「ありがとうございます」
というわけで、リーゼロッテとアルブムと三人で侯爵様のためにお菓子作りをすることにした。
◇◇◇
リーゼロッテと一緒に市場に買い物に行って、厨房に立つ。
「それにしても、ビックリしました」
「何が?」
「侍女さんがたくさんついて来たので」
リーゼロッテに日傘を差す係。鞄を持つ係、人除けをする係、ただ侍る人と、全員で八名ほどいただろうか。
「あんなの、普通よ」
「お嬢様の普通ってすごいです」
気を取り直して、調理に取りかかる。
侯爵様の健康を考えて、体に良いお菓子を考えてみた。
「珍しい食材を買っていたけれど、何を作るの?」
「白胡麻蒸しパンです」
「胡麻って、初めて聞くわ」
胡麻はフォレ・エルフの村で栽培していたものだ。
東の大陸でよく食べられている物らしく、商人を介して種が持ち込まれた。
「わりと良いお値段で買い取ってもらえたので、みんな作っていましたね」
「ふうん、そうなの」
野菜に和えたり、スープの風味付けに使ったりと、用途はいろいろあった。
「王都の市場には東の大陸から持ち込まれた胡麻が売っていたので、さすがだなと」
市場には世界各国の食材が集まっている。見て回るだけでも飽きない。
「その胡麻を、お菓子に使うと?」
「はい。香ばしくて、おいしいのですよ。しかも、美肌効果があって、血液を綺麗にしてくれるんです」
顔色が若干悪い侯爵様にぴったりなお菓子だろう。
美肌の話に、侍女さん達の顔付きが変わったのがちょっと怖かったけれど。
「では、始めましょう」
これは、祖母が得意としていたお菓子だった。
まず、中に入れるクリームを用意する。この前拾ったハシバミの実をニクスの中から取り出した。
「その木の実、まだ持っていたの」
「はい。休憩時間に、ミルと拾ったやつです」
このハシバミの実で団子の中に入れるクリームを作るのだ。
使用人の手を借りて殻を割り、さらに身を砕く。アルブムもその辺で拾って来た石で殻を割ってくれた。そのあとは、乳鉢で細かくする。
続いて、鍋に砂糖と水を入れて、木べらで混ぜてキャラメル状にする。そこに、粉末になったハシバミの身を入れて、白っぽくなるまで火を通したらハシバミの実のクリームの完成だ。
リーゼロッテとアルブムに味見をしてもらった。
「香ばしい上にコクがあって、おいしいわ」
『ホドヨイ、甘サガイイネ』
ハシバミの実のクリームは好評だった。
「次は、生地を作ります」
小麦粉、バター、砂糖などの材料を混ぜ、生地がまとまってきたらしばし休ませる。
一時間後。
生地を切り分け、薄く伸ばして中にハシバミの実のクリームを入れて丸めたあと、周囲に胡麻をまぶす。
「これを蒸すんです」
「お菓子を蒸す? 珍しいわね」
「はい。異国の商人から、習ったお菓子だそうで」
「ああ、だからなのね」
水を張った鍋を二段に重ねて、生地を蒸す。
十五分ほど蒸したら完成となる。
鍋の蓋を開けると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
生地はふかふかに膨らんでいる。
「いいですね!」
大成功みたいだ。
侯爵家の綺麗な陶器の皿に置いたら、高級なお菓子に見えなくもない。
さっそく、侯爵様のもとへと持って行く。
「お父様、メルがお菓子を作ってくれた――」
扉も叩かず、侯爵様の執務室の扉を開けた。
「よしよし、良い子だ」
床にしゃがみ込んで機嫌良くノワールを撫でる侯爵様の姿が。
どうやら、ノワールと楽しい時間を過ごしていたようだ。
「あら、お父様。なんでノワールがいるの? もしかして、お祖母様が来ているの?」
「まあ、そうだ」
シンと静まり返る。
侯爵様のお楽しみを見てしまい、なんとも気まずい雰囲気になってしまった。