ドライフルーツとナッツのシリアルバー
会議から帰ってきた隊長の表情が浮かない。
休憩室に来るなり、はあと盛大な溜息を吐く。
私はガルさんと一緒に、山胡桃などの木の実を棒で粗く砕く簡単なお仕事をしていた。
話を聞く暇はなく、忙しくしていたので放っておいた。
部屋の中には木の実を叩く音だけが聞こえる。その中に、またしても隊長のため息が。
私とガルさんは木の実の入った袋に、木の棒を叩き込む。カリカリに炒った物なので、なかなか硬いのだ。
「ガルさん、雨が降りそうですね」
二人で窓の外を眺める。
洗濯していた手巾など、取り込まなければならないだろう。
のろのろと立ち上がれば、憂鬱な顔をした隊長と目が合った。このまま無視などできない。
どうやら洗濯物はガルさんが取り込んでくれるらしい。目と目で会話をして、お願いしますと頼んだ。
こうして仕事もなくなった私は、嫌々話しかける。
「隊長、どうかしたのですか?」
「明朝より、急な任務が入った」
「あちゃあ、それはがっかりですね」
なぜかと言えば、明日は休日だったのだ。
「仕方がないですよ。上からの命令ですし」
「……」
励ましてみたが、不満を口にした隊長の表情は晴れない。
そんなに皆に言いにくいのか。私が他の隊員にも知らせて来ましょうかと言えば、首を横に振る。終礼の時に報告するのでいいとのこと。
ならば、どうしてそんな憂鬱そうにしているのか。
「まだ何か、憂い事でも?」
「……なんだ」
「はい?」
小声でぶつぶつ言うので聞き取れなかった。耳を近づけ、もう一度聞いてみる。
「隊長、聞こえなかったので、もう一度言って下さい」
「明日は、メリーナの誕生日なんだ」
「うわぁ……」
それを聞いた途端、隊長と同じ表情になる。
メリーナさんは隊長の婚約者だ。美人だけど、かなり気が強い性格。
あのビビり方だと、相当尻に敷かれているに違いないと思った。
誕生日なので、お出かけやお食事の約束をしていたに違いない。きっと、「わたくしとお仕事、どちらが大切なのよ!」と問い詰められるのだろう。
他人のことながら、ガクブルと震えてしまった。
「俺は……どうすればいいのか……なあ、リスリス衛生兵、こういう場合、どうすれば、許してもらえる?」
「いや、私に聞かれましても」
村では働く夫を妻は必死になって支える。
森に行って獣を狩り、行商人に毛皮や肉を売る。それから、木を伐採して商売をする。
毎日の労働と引き換えに、なんとか生活を送っているのだ。
仕事以上に大切な物などない。森に住む私達は、働かなければ暮らしていけないからだ。
なので、約束をしていたのに急に仕事が入ったと言われても、「あ、はい」としか言いようがないのだ。
まあこれは、森に住むフォレ・エルフの事情である。
けれど、街で暮らす人達――特に貴族である隊長やメリーナさんは働かなくても生きていける。
よって、今回の件は隊長にとって、一大事件なのだろう。
ちなみに、「わたくしとお仕事、どちらが大切なのよ!」という台詞は、村で流行っていた騎士とお嬢様の恋愛小説にあった印象的な一言。
フォレ・エルフの常識で言えば「仕事より大切な物などナイナイ!」なんだけど、王都に住む人達はこういうことで喧嘩になったりするんだな~と話題になったりした。
まさか、目の前でそんな場面に出くわすとは。さすが、王都。
項垂れる隊長に、ちょっとした助言をしてみる。
「ザラさんに相談したらどうですか?」
「ザラに?」
「はい。一番女子力が高いので、何かいい案が聞けるかもしれないですよ」
隊長は腕を組み、わかったと返事をする。
そんなことよりも、気になっていた件について質問してみる。
「そういえば、任務って?」
「駆け落ちした貴族の片割れを、雪山に探しに行かなければならん」
「また、過酷なやつですね」
山登りなので、装備は最低限にしなければならない。
それに寒いので、栄養価の高い保存食を準備しなければ。
寒い場所は、ただそこにいるだけで活動力を消費してしまうのだ。
ちなみに、行方不明になったのは某大貴族の息子さんで、駆け落ちする中、逃げ込んだ雪山で離れ離れになってしまったらしい。
女性は早々に保護されている。
「しかし、なんで雪山なんかに」
「結婚を反対していた家の者に追われていて、逃げていたようだ」
「なるほど」
遠征部隊の隊員達が交代で捜索に行っているとか。
今日で二日目らしい。
「それって生きているのでしょうか?」
「さあな。だが、遺体が見つかるまで探すだろうよ」
「ええ、そんな……」
私達の雪山での捜索時間は半日らしい。
「滑落なんてしていたら、見つかるわけないのに」
「やるしかないだろう。上の命令だ」
今日、ガルさんと一緒に砕いていた木の実はビスケットの生地に混ぜて焼こうと思っていたけれど、作戦変更だ。
「隊長、ちょっと買い出しに行ってきてもいいですか?」
「ああ。終業までには帰って来いよ」
「了解です」
雨が降る前に行って帰って来られたらいいな。そんなことを考えつつ、一応、傘を借りて出掛ける。
早足で出掛け、サクサクと買い物を済ます。
買ったのは禾穀類、乾燥果実。
禾穀類とは蒸した穀物を潰し、乾燥させた物。
食物繊維が豊富で、栄養価が高く、お手軽に食べられることから王都でも人気らしい。
この、禾穀類を使って、ある物を作る。
山を登る時は、「行動食」という栄養補給を目的とした食料が必要となるのだ。
簡単に食べることができて、栄養価の高い物を用意しなくてはならない。できれば、ポケットなどに入れて、歩きながらでも食べられるような物がいい。
そこで、禾穀類と乾燥果実、木の実などを炒め、蜂蜜で固めた棒状の食べ物を作るのだ。
普段だったら身震いするほど甘くて、太ってしまいそうな代物だけど、登山をする時はあっという間に疲れてしまうのだ。なので、お手軽に栄養補給できる食べ物が必要になる。
急いで買い物をしたつもりだったけれど、外は土砂降り。
外套の頭巾を被り、傘を差して雨の中、小走りで帰った。
隊長に戻った旨を報告し、すぐに調理に取りかかる。
まず、砕いた木の実と禾穀類、乾燥果実を入れ、塩を軽く振って混ぜ合わせる。
一度、炒って香ばしくした。
器に入れて、粗熱を取ったあと、蜂蜜を垂らし混ぜ合わせる。
材料が纏まれば、四角い鉄板に入れて、かまどで焼く。
しばらく焼けば完成。
焼き上がった物は棒状に切り分け、中まで冷えたら紙に包む。
全部で三十本ほど作ってみた。一人当たり五本。
任務は半日とのことで、十分だろう。あとはパンと干し肉、作り置きしていた焼き菓子にビスケットなどを持って行こうと思う。
あと、肝臓のパテとかも塩分が取れていいかもしれない。ビスケットやパンに塗って食べたら美味しい。
朝早い時間に出発するらしいので、準備をしておく。
休憩室に戻れば、頭を抱え込んだ隊長と、足を組んで座るザラさんの姿が。
「お、お疲れ様です」
「メルちゃんも、お疲れ様」
気まずい雰囲気なので、そのまま出て行きたかったが、ザラさんが隣をポンポンと叩くので、嫌々座ることになった。
「メルちゃん、聞いた? 隊長の世にも不幸なお話」
「あ、はい」
「可哀想よねえ」
ザラさんに相談したところ、宝飾品を贈ればいいという話になった。
「しかし、店はもう閉まっているだろう」
「あら、天下のルードティンク家のお坊ちゃまが来たら、開けてくれるでしょう」
「だが、俺には女がどんな物を欲しがるのか……」
ザラさんと隊長が同時に私を見る。
「いや、私もわからないですよ。森暮らしですし、宝飾品なんて、見たことないですから」
ザラさんのほうがわかるのではないのかと、言ってみる。
「クロウと二人で宝石店に行くなんて、悪い意味でゾッとしちゃう」
「奇遇だな。俺もだ」
そんなわけなので、三人で仲良く宝石店に行くことに。
「外、雨ですよ」
「いいから向かおう」
かなり乗り気ではない私。隊長は早く済まそうと、そわそわしている。
ザラさんはちょっと楽しそう。
宝石店はやっぱり閉まっていた。けれど、無理矢理……じゃなくて特別に開けてもらった。
店内はキラキラ綺麗な首飾りや耳飾り、胸飾りなどが芸術品のように陳列されていた。
ザラさんと隊長はあれではない、これではないと二人で真剣に選んでいる。
なんか、後ろから見ていたら付き合いたての恋人同士に見えなくもない。
店員さんも同じことを思っているのか、生温かい目で見守っていた。
じっくり選び、最終的に首飾りを買った模様。緑色の宝石がついていて、とても綺麗だ。
結局、私は一緒に来ただけで、何もしなかった。
でも、宝石を見ることができたので、得した気分。
胸飾りくらいだったら、一つくらい持っていてもいいかななんて思ったり。いつか購入するために、頑張らなければ。
ぼんやりと眺めていたら、ザラさんが手招きをする。
「ねえ、メルちゃん、隊長が胸飾りを買ってくれるそうよ」
「え!?」
まさかのご褒美が。
いいですと遠慮をしたけれど、ザラさんも買ってもらうらしい。
見せてもらったのは、お花とうさぎと星と鳥と。どれも可愛い。
「おい、お前はうさぎがいいんじゃないのか?」
隊長の言葉は無視する。
でも、迷うなあ……。
やっぱり、私には相応しくないし、買わなくてもいいかななんて思っていれば、隣にいたザラさんが花の胸飾りを指差す。
「メルちゃん、このお花にしたらどう? きっと、似合うと思うの」
「そうでしょうか?」
「ええ、そうに決まっているわ」
私達の会話を聞いた隊長が、花の胸飾りを買うと店員に言った。
「私のはメルちゃんが選んでくれる?」
そんな、責任重大な。
けれど、せっかくそんな風に言ってくれたので真剣に選び、最終的に猛禽類の鳥を模った胸飾りを選んだ。
「やだ、渋いのを選んでくれたのね」
「お前にぴったりだろう。肉食だから」
「あら、うふふ」
謎のやりとりをするお兄さん達。
店員さんが胸飾りの入った包みを持って来てくれた。
まさか、こんな素敵な物を贈ってもらえるなんて。
明日から、またお仕事を頑張ろうと思った。