なんちゃってパングラタン
「わ~、山猫ちゃんだ」
『にゃう~~』
好奇心旺盛なノワールがミルを気にしないわけがない。
そう思っていたが、予想は的中した。
タタッと走って来て、ミルの周囲をぐるぐる回り、くんくんと匂いを嗅いだあと遊んでくれる? と言わんばかりににゃうにゃう鳴いていた。
「山猫ちゃん、玉遊びしよう」
『にゃう、にゃう!』
ミルは疲れていないのか、庭でノワールと遊んでいる。
その様子を眺めつつ、私は繕い物をしていた。
月明かりが庭を明るく照らしていた。その中をミルとノワールは追いかけっこをして遊んでいる。
「元気ですね~」
『クエ!』
『クウ』
私の呟きに、アメリアとステラが返事をしてくれた。アルブムはすでに眠っているらしい。
『クエ、クエ』
「あ、はい」
実は今、明日ミルに着せるワンピースの寸法直しをしていたんだけど、仕上げにリボンとレースを付けてあげようと布地を選んでいたら、アメリアより「その色じゃなくて、そっちの色がいいよ」と助言をいただいたのだ。
「えっと、アメリア、どうですか?」
『クエ~!』
今度の組み合わせは合格らしい。
たしかに、私が選んでいた物よりも、かなり可愛くなった。
服屋に行く時は、アメリアを連れて行ったほうがいいなと思う。
そろそろ眠らなければ。はしゃぎ回っているミルとノワールに声をかける。
『にゃう~~』
足の裏に泥が付いたノワールの肉球を拭いてやる。太く長い尻尾をびたん、びたんと動かすので、顔や首すじに当たってくすぐったい。
足に付いた葉っぱも取ってあげる。
ミルには、私の寝間着を貸してあげた。小さなミルの鞄の中には、生活に必要な物がほとんど入っていなかったのだ。
「お姉ちゃんの寝間着、ちょっと大きい~」
「今日は我慢して。明日、帰りに買いに行くから」
「やった!」
寝室に移動すると、アメリアとステラが飛び乗った。
「わ、大きな寝台だ。幻獣と一緒に眠るんだね」
「まあね」
アルブムは真ん中を陣取り、手足を広げて眠っていた。
地味に邪魔なので、天蓋から吊るしているアルブムの巣の中に入れて寝かせておく。
横たわると、アメリアとステラが私の隣で眠る権利を譲り合っていた。片側はミルが眠るため、生じた問題であった。なんという素晴らしい姉妹愛……。
「アメリアちゃんとステラちゃん、お姉ちゃんの隣で寝てもいいよ。私は端っこでいいし」
『クエ~』
『クウ』
お言葉に甘えるようである。お礼を言っていた。
アメリアとステラに囲まれ、アメリア側にミルが眠る。
「アメリアちゃんフワフワ~」
『クエクエ~』
「お喋りはまた明日」
「は~い」
『クエ~』
灯りを消して、眠る。
果たして、明日はどうなることやら。溜息と共に就寝した。
◇◇◇
朝、昨日の余りのミルクスープとパンを貰った。来客の予定があったらしいけれど、急遽キャンセルされたので残ってしまったらしい。ありがたくいただく。
パンは少し硬めのものだった。朝なのでゆっくり咀嚼している時間はない。
少しだけ、アレンジさせてもらう。
ミルクスープを温める間、深皿に切り分けたパンを敷き詰める。
その上にパンがひたひたになるまでスープを入れて、中まで染み込むようにぐいぐい匙で押して馴染ませる。
最後に、チーズを振りかけてかまどで焼いた。
チーズが溶けて、焼き目が付いたら『なんちゃってパングラタン』の完成だ。
盆の上にグラタンを置いて、部屋まで運んだ。おまけに貰った茹で卵も並べる。
まだミルは起きていないようだ。
寝台の上を覗き込むと、アルブムを抱きしめて眠っている。まだ、暖を取っていたようだ。
「ミル、起きて。朝食を準備したから」
「う~~ん」
ダメだ。この子、兄妹の中でも一番朝が弱かったような気がする。
耳を強く引っ張っても起きない。
「そんなんじゃ、騎士になれないよ」
「ハッ!」
騎士に反応してパッと目覚め、すぐに起き上がった。
「お姉ちゃん、私、騎士になる!」
「分かったから、早く着替えて」
布団の上に、今日ミルが着る服を用意していた。
白いワンピースの襟にレースを付け、薄紅のリボンを胸に付けたもの。私が王都に来た時、最初の給料で買った服だ。
アメリアの助言のおかげで、想像よりも可愛く仕上がっていると思う。
ミルはどんな反応を示すのか。ドキドキしながら見ていたら――。
「わっ、これ、すっごく可愛い!! どうしたの、お姉ちゃん!?」
「昨日、ミルの体に合うように、仕立て直したんだけど」
「え、じゃこれ、私が着てもいいの?」
「もちろん」
「やった~~」
想像以上に喜んでくれたようだ。
いそいそとワンピースを着込み、全身鏡の前に行って確認している。
「やっぱり可愛い!」
そうなのだ。うちの妹はとても可愛い。と、姉馬鹿をしている場合ではない。朝食を食べなければ。
「アルブムも起きてください。グラタンが冷めますよ」
『ハッ!』
アルブムはこれで一発だった。
寝室から居間に移動し、食卓を囲む。
先に起きていたアメリアとステラも、待っていてくれたようだ。
「すごい……!」
「今日はスープとパン、茹で卵を貰ったから、いつもより豪勢なだけだよ」
「そうなんだ」
お喋りしている暇はない。とにかく食べることに集中せねば。
食材に感謝を捧げ、いただきます。
一応ナイフも持って来たけれど、パンは匙で掬えるくらいふやふやになっていた。
ああいう硬いパンを朝急いで食べたら、口の中怪我しちゃうんだよね。
中はアツアツなので、冷ましてから食べる。
「んっ、おいし!」
パンにスープが染み込んでいる。中に厚切りの燻製肉が入っていたりして、口の中は幸せいっぱいになった。
やはり、手間暇かけて作るスープはおいしい。
「お姉ちゃん、これ、お店で食べる味だ!」
「お貴族様の料理人が作ったスープだからね」
「うう、貴族の人が羨ましい」
昨日、私のスープは世界一だと言っていたような気がしたが……?
まあ、いい。そう思ってしまうことも不思議ではないくらい、おいしいスープだった。
食事が終わったら、身なりを整えて出勤となる。
◇◇◇
本日も昨日同様に、街中でも騎士隊の中でも注目を浴びてしまった。
ミルは第二部隊のみんなとすっかり仲良くなったようで、私以上に打ち解けている。
始業前に、私は隊長に話を訊きに行った。
「あの、隊長、お話が」
「どうした、大リスリス」
「……」
大リスリスって……。ミルが仔リスリスなので、比べて大きいって意味だろうけれど、ぜんぜん可愛くない。
普段から散々山賊呼ばわりしているので、何も言えないけれど。
「ミルの推薦入隊についてお聞きしたいなと」
「ああ、本人が騎士になりたいって言っていたから、提案してみたんだが」
「本気ですか?」
「本人が望むならば」
騎士は十一歳からなれる。よって、ミルが騎士を志すことはなんら問題ない。
しかし、だがしかし、本当にいいのかと思ってしまうのだ。
「まあ、一度、適性を見させてもらうが」
「適性、ですか」
「ああ。馬に乗れるか、遠征について来ることができるか、戦闘に参加できるか」
「あの、ミルの場合、入隊後はどういった職種になるのでしょう?」
「リヒテンベルガーと同じ、魔法兵だな」
騎士隊には回復を専門にする騎士もいるらしい。彼らは衛生兵ではなく、魔法使いの括りになるらしい。
「衛生兵で回復魔法を使える者もいるが、初級の簡単なもので、すり傷を治す程度らしい。一方で、回復術師は骨折や裂傷などの大怪我も治せる。どこの部隊も、喉から手が出るほど欲している」
「な、なるほど」
もちろん、ミルに騎士の適性がなければ、入隊を認めないと言う。
「早ければ休み明けくらいに、演習に行けると思う」
「演習、ですか」
演習とは魔物が出そうな場所に赴き、実戦を想定した訓練をすることを言う。
「あの、私の時は演習しなかったですよね」
「仕方がないじゃないか。任務が入ってしまったんだから」
「はい」
泣きながら不味い干し肉を齧った日が、遠い記憶のように思える。