てんやわんやな一日
朝から大忙しだった。
パンを焼いて、干し肉を作り、野菜のオイル漬けを仕込む。
ウルガスが食材を買いに行ってくれたので、助かった。
お昼前になったら、米粉麺の試食会をするので、スープを作る。
兵糧食作りで余った肉の切れ端や、野菜の皮などを入れてぐつぐつ煮込んだ。
「お姉ちゃん?」
振り返ると、ミルが目を摩りながらやって来る。
左手にはアルブムを持っていた。
「ミル、大丈夫?」
「うん、ごめん。なんか疲れていて……。妖精さんがあったかくて、ぐっすりだった」
どうやら、アルブムで暖を取っていたようだ。
「起きたら、なんかいい匂いがして」
スープの匂いにつられてやって来た模様。
ミルは鍋の中を覗き込む。
「わあ、お姉ちゃんのスープ!」
「もう少しでできるから」
「私も食べてもいいの?」
「もちろん」
その辺も、きちんと隊長に許可を取ってある。抜かりないのだ。
ここで、アルブムもハッとなる。今、目覚めたようだった。
『アルブムチャンノ、分ハ?』
「あります。食べてもいいですよ」
『ヤッタ~~!』
スープの入った鍋を休憩所へ運ぼうと思ったが――。
「わ~、お姉ちゃん、待って待って!」
ミルに止められた。
「その鍋、重いでしょう? ちょっと隊長さん呼んでくるから、お皿とか用意していて」
「え、別にあれくらい大丈夫だけど?」
「危ないからダメ! ああいう大きな鍋は、家ではお兄ちゃんかお父さんが運んでたでしょ?」
「あ、はい」
「隊長さんにお願いしてくるから!」
先ほどは強面の隊長を見て怖がっていたくせに、今は大丈夫らしい。
休憩所の机に皿を並べ、鍋敷きを敷いて準備をしていると、廊下からミルの声が聞こえる。
「隊長さん、こっちこっち! お鍋が重くて持てないの!」
「分かったから、腕を引っ張るな」
……すごい。ミルってば、隊長をあんな風にこき使うなんて。私にはとてもできない。
隊長は休憩所に鍋を持って来てくれた。
「わ~い、ありがと! 隊長さん、すっごく力持ちだね!」
ミルからお礼を言われた隊長は、別に気分を害したようには見えなかったのでホッ。
「じゃ、私、他の隊員さん呼んでくるね!」
そう言って、ミルは休憩所から飛び出して行った。
なんだろう。私よりも馴染んでいる感じは。
「あ、隊長、スープの鍋、ありがとうございました」
「いや、別に構わないが。お前、いつも無理して重たいもんとか運んでいるんじゃねえだろうな?」
「まあ、少しだけ」
「危ないから、今度から俺かガルに言え」
「ありがとうございます」
びっくりした。隊長からこんな優しい言葉をかけてもらうのなんて、初めてだ。
私が今まで頼らなかったせいだろうけれど。
そっか。頼っていいんだ。
目から鱗がポロポロと零れるような大発見である。
ここで、他の隊員達がやって来る。
出て行って五分も経っていないような気がしたが。
「え、ミル、すごい!」
たまに、こうやって休憩所で食事を取ることがあるんだけど、全員集めるのに十五分以上かかってしまう。
ベルリー副隊長とガルさん、ザラさんはすぐ見つかるんだけど、ウルガスとリーゼロッテは思いがけない場所にいて、捜すのに毎回ひと苦労しているのだ。
執務室に全員いたのかと訊いたら、ミルは首を横に振った。
「魔力の流れを辿って見つけただけ」
「え!?」
なんと、個人によって魔力に色が付いているらしい。
「あのね、隊長さんは白、副隊長さんは深い青、ワンちゃ……ガルガルさんは橙、ザラお兄さんは紫、リーゼロッテちゃんは赤、ウルガスは緑だよ」
その色を追って捜し出したのだとか。
「へえ~~便利なって、ウルガスを呼び捨てにしてはいけません!」
呼び捨てにされたウルガス本人はヘラヘラしていた。
「まあまあ、リスリス衛生兵、いいじゃないですか」
「ほら、ウルガスもああ言っていることだし」
「ダメ!!」
ミルのほっぺをむぎゅっと引っ張る。良く伸びる頬だった。
「ウルガスにごめんなさいは?」
「ごめんなさい……ウルガスじゃなくて、ジュン君」
「いいですよ~」
ウルガスが良い奴で良かった。
気を取り直して、昼食の時間にする。
ザラさんと二人で、米粉麺入りのスープを装った。
「長粒米が、まさかこんな麺になっているとは思わなかったわ」
「お口に合えばいいのですが」
食前の祈りを捧げ、いただきます。
ちゃっかりザラさんの隣を陣取ったミルは、スープの入った器を覗き込んでいる。
「ミルは米粉麺、初めてだよね?」
「うん、楽しみ。いただきます」
「はい、どうぞ」
フォークに麺を絡ませ、食べる。麺にスープが馴染んでいておいしい。
麺はツルツルしていてのど越しが良く、肉系の出汁にもよく合う。
「これ、麺の乾燥はアメリアがしてくれて」
「ええ、そうなの!? アメリア、天才ね!!」
リーゼロッテが前のめりで大絶賛する。
「お父様にも食べさせてあげたかったわ」
「でしたら、今度、侯爵様の分も作りますね」
いつもお世話になっているし。自腹で作ってもいいかもしれない。
石臼での作業も手伝ってもらおう。
「お父様、食べずに部屋に飾りそうだわ」
「食べてください……」
今日も、幻獣保護局関係者の愛はすごい。
「でも、アメリアに関係なく、おいしいわ」
「良かったです」
ミルはどうだったか。ちらりと横目で見てみたら――。
「わっ、お姉ちゃんのスープの味!」
それから、黙って食べ続けている。
「ミル、おいしい?」
「うん、おいしい! やっぱり、お姉ちゃんのスープは世界一だね!」
ミルの感想を聞いて、嬉しいやらくすぐったいやら、不思議な気分になる。
他所の家やお店の味を知らないので、こんなことを言ってくれるのだろう。
みんなの視線が私とミルに集まる。
「あ、すみません。この子、森から出たことがないので、おいしい物を知らなくて……」
「私も、メルちゃんのスープは世界一だと思うわ」
「ザラさんまで、ありがとうございます」
まさか、ザラさんも世界一と評してくれるなんて。
顔から火が出るほど照れてしまった。
ここで、とんでもない野次が飛んでくる。
「ヒューヒュー、もう、結婚しちゃいなよ!」
「ミル~~!」
またしても、ミルがしようもないことを言うので、頬っぺたをむに~~っと伸ばす。
「大人をからかってはいけません!」
「ごめんにゃひゃ~い」
ここで、誰かが噴き出す。
私とミルは、その人物へと目を向けた。
「なんだよ、お前達姉妹は! く、はは……!」
隊長が笑っていたのだ。
初めて見たかもしれない。私とミルのやりとりが面白かったらしい。
よくよく見たら、ベルリー副隊長も微笑んでいた。
うう、恥ずかしい……。
「リスリス衛生兵がお姉さんぶっているのは新鮮ですね」
「ウルガス、私はお姉さんぶっているのではなく、お姉さんなのです」
「すみませんでした。リスリスお姉さん」
分かればいいのだよ、分かれば。
ミルが加わって、いつもより賑やかな食事となった。
◇◇◇
一日、騎士隊の訓練を見学し、食堂や会議室なども見て回ったミルは大満足したようだ。
案内はウルガスがしてくれて、十二歳と十七歳とで年が近いからか、ずいぶんと仲良くなった模様。
「ジュン君、今日はありがと」
「いえいえ」
ウルガスはベルリー副隊長と共に、騎士隊の出口まで送ってくれた。
「では、ミルさん、また明日」
「え、私、明日も来ていいの?」
驚いた表情を浮かべるミルに、ベルリー副隊長より二日目の許可証が手渡された。
「予定がなければ、明日も来るといい」
「わあ、ありがとうございます!」
ミルはぴょこんと飛び跳ねて、喜んでいた。
「すみません、今日は突然お邪魔してしまって」
「賑やかで楽しかったよ」
ベルリー副隊長、優し過ぎる。
「あれ、そういえば、アートさんは?」
「今日は残って訓練をするようで」
「真面目ですねえ」
ガルさんと二人で陽が暮れるまで手合わせをするようだ。
たまに、こういう日もある。
ベルリー副隊長とウルガスとはここで別れた。
石畳が夕陽に照らされた道を、ミルと並んで歩く。
アメリアとステラも続いていた。
アルブムはミルが抱き抱えている。
「ミル、宿は取っていないよね?」
「うん、そうなの」
「だったら、下宿先に泊めていいか、聞いてみるから」
「ありがとう」
ダメだと言われたら、一緒に宿に泊まってあげてもいい。
たぶん、大丈夫だろうけれど。
「そういえば、ミルは何をしに王都へ?」
「家出」
「え?」
「家出してきたの」
とんでもない理由に、思わず白目を剥いてしまった。




