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メルの妹、ミル

 私と同じ茶色の髪を頭の高い位置で二つに結び、服は茶色の外套にズボン……。

 ダサじゃなくて、立派な山歩きの装いで妹、ミルは王都に参上していた。

 列から離れて、私のほうへと駆けて来る。


「お姉ちゃ~ん!」

「ミル!」


 久々の再会に、人目も憚らずに抱擁する。少し、背が高くなった。大人っぽくもなっている。数ヶ月でずいぶんと成長したようだ。今年で十二歳だったか。


「ミル、どうしてここに?」

「みんな、心配していて」

「心配?」


 涙目で私を見上げ、とんでもないことを言ってくれた。


「騎士をしているって言っていたけれど、お姉ちゃんに騎士が務まるわけないし、でも、たくさん仕送り送ってくれるから、悪い貴族のおじさんの愛人になっているかもしれないって!」


 まさかの勘違いに、白目を剥きそうになった。


「私のどこに貴族の愛人になれる器量があるの?」

「だって、エルフは貴族に人気があるって」

「それはただの噂話! 王都には、私以外のエルフはいないから!」

「そ、そうなの? でも、あんな金額……」

「報奨金だと書いていたでしょう?」

「でも、薬草集めをしていたお姉ちゃんが、騎士様だなんて」


 抱きしめていたミルを離し、手を広げて騎士隊の制服を見せた。


「お姉ちゃん、本当に騎士様だったんだ! すご~い!」

「ま、まあ、ね……」

『クエクエ?』


 ここで、アメリアから「ザラさんが待っているよ」と声をかけられてハッとなる。


「あ、そうだ。お姉ちゃんにばかり気をとられていたけれど、その幻獣どうしたの? 鷹獅子と黒銀狼なんて、レア中のレア幻獣じゃん!」


 ミルが覗き込むと、アメリアは困惑の表情でいる。

 ステラは、私の後ろに隠れていた。

 いや、あなた、体大きいから、隠れるのは無理かと。


「お姉ちゃん、魔力ないから、幻獣と契約できないでしょう? どうして?」

「あ、うん。ちょっと事情があって……話せば長くなるんだけど」

『アルブムチャンモ、イルヨ!』

「うわ、妖精まで!」


 首に巻いていたアルブムがミルに挨拶をする。

 ますます、こんがらがってきた。

 肩から提げていた鞄までも、パクパクしだす。


『ニクスだよん』

「え、その鞄、妖精なの!?」


 一瞬にして、収拾がつかなくなった。

 とりあえず、それらは無視する。


「ミル、ここへは誰と?」

「一人で来たけれど?」

「ええ!?」


 なんで、一人で王都に来ることになったのか。これもまた、ワケアリだろう。

 しかし、ここでゆっくり話をしている暇はない。


 ちらりと横目でアメリアを見る。すると、彼女は意を汲んでその場に伏せてくれた。

 私はミルを持ち上げ、アメリアに乗せた。


「え、ひゃあ!」

「ミル、そこで大人しくしていて」

「な、これ、うっわ、すっご~い!」


 アメリアが立ち上がり、歩き出してもミルは怖がる様子はない。それどころか、キャッキャと喜んでいた。


「すごい、すご~い。伝説の鷹獅子に乗れるなんて! 真っ白で綺麗だし、なんか良い匂いがする~!」


 ミルが褒めるので、アメリアは誇らしげだった。良かったね。

 一方、ステラはビクビクしながらミルを見ている。


「ステラ、大丈夫ですよ。あの子は私の妹です。悪さはしません」

『クウ……』


 ステラは私にぴったりくっついて歩いていた。大きな体をしているのに、驚くほど臆病なのだ。

 一方で、アルブムは興味津々のようだった。


『ネエネエ、アレ、パンケーキノ娘ノ、妹?』

「そうですよ」

『パンケーキ、作レル?』

「さあ、どうでしょう?」


 ミルは一族きっての天才魔法使いで、村でも一、二を争う高い魔力を持っていた。

 だから、昔から勉強に明け暮れていて、料理なんてする暇などなかったと思われる。


『ダッタラ、パンケーキノ妹ダネ!』


 その呼び方はどうなんだ。そもそも、私のパンケーキノ娘もおかしい。

 まあ、名前に関しては、気軽に呼べないのだろう。個人の名前には、力が籠っている。

 妖精や精霊はむやみに口にしない。相手の魔力を奪ったり、逆に奪われたりするからだ。

 名前には、そういう力がある。


「お姉ちゃん、私、検問通らなくてもいいの?」

「ええ、大丈夫。騎士の家族は、特別に騎士用の門から出入りできるから」

「へえ、そうなんだ~。すご~い」


 出入り口に守衛騎士がいて、敬礼してくれる。私も返した。

 ミルのことは説明せずとも、仕草で中へどうぞと通してくれた。

 王都をぐるりと取り囲む城壁の中にある、騎士専用の通路には出勤と退勤する騎士が行き交っていた。

 今日はアメリアだけでなく、ステラも連れていたので、すれ違う人達にぎょっとされていた。

 まず、ステラとミルについて話をしなければ。

 事務所には、三十代くらいの女性騎士が窓口に座っていた。


「あの~、すみません」

「メル・リスリス衛生兵ですね? 幻獣保護局より知らせが届いています」

「ど、どうも」


 さすが幻獣保護局。仕事が早い。


「あと、この子なんですけれど」

「妹さんですか?」

「はい」


 旅券を見せたら、あっさりと滞在許可が出た。


「もう一点、妹の騎士隊の入場許可証を発行していただきたいのですが」

「用途は?」

「見学です」


 一人で私を訪ねてきた以上、待たせるわけにもいかない。騎士舎に連れて行って、少し話をしたいと思った。もちろん、隊長が許してくれたらだけど。


「お待たせいたしました」

「ありがとうございます」


 入場許可証もあっさり発行してもらえた。


「こちら、有効なのは一日だけなので、翌日も見学を希望される場合は、部隊の隊長か副隊長に申請してください」

「分かりました」


 もう一度、お礼を言って騎士隊専用の王都通路門を通り過ぎた。


「わあ~~!」


 天を突くような高い時計塔に、白亜の王城、石畳みの道に、賑やかな市場。

 王都の街並みを見たミルは頬を赤く染めて、嬉しそうにしていた。

 私も、最初に王都を見た時はおのぼりさんみたいになったことを思い出す。


 今日はステラもいるし、ミルもいるので、目立ってしまう。なるべく早足で通り過ぎた。


「お姉ちゃん、この先を行ったら、騎士隊の駐屯地があるの?」

「ここよりもっと先なんだけど」


 とりあえず、ザラさんの家へ向かう。


「同僚の人と落ち合うので」

「まさか、彼氏!?」

「ち、違うから!」

「じゃ、好きな人なんだ~~」

「ミル、そういうの、どこで覚えてくるの?」

「お姉ちゃんの部屋の本」

「……」


 そういえば、商人から買った恋愛小説の古本、処分していなかった。

 まさか、からかわれる種を自分で残していたとは。


「『悪辣執事のなげやり人生』の二巻は?」

「あ、先月買ったから、私の部屋にあるよ」

「やった~」

「言ってくれたら、送ったのに」

「だって、お姉ちゃん忙しそうで……」


 たしかに、家族への手紙は簡単な内容になっていた気がする。衛生兵をしているということすら、書いていなかったようだ。

 ゆっくり話をしなければ。そんなことを考えていたら、ミルの意識は別のものへと移っていた。


「うわ、あの人カッコイイ! さっすが、王都! お姉ちゃん、見て見て」


 アメリアに乗っているミルには、遠くに佇む男前が見えたらしい。どれどれ……じゃなくて。


「ミル、人をジロジロ見るのは失礼ですよ」

「え~、だって~」


 しかし、男前は気になる。

 私はミルの指差す方向を見てみた。


「あ、ザラさんだ。ミル、カッコイイ人って、あの金髪の騎士のお兄さん?」

「そう。あれ、お姉ちゃんの知り合いなんだ!」


 ザラさんはこちらに気付いたようで、手を振ってくれた。私も振り返す。


「メルちゃん、おはよう」

「おはようございます」


 ザラさんはミルを見て、驚いた顔をする。


「あの、この子は妹のミルです。突然連絡もなく押しかけて……」

「メルちゃんの妹さん? ミルちゃんっていうの?」


 ミルはザラさんを前に、恥ずかしそうにモジモジしていた。


「小さなメルちゃんみたい!」


 ほっぺたプニプニしてもいい? と聞かれ、ミルは恥ずかしそうに頷いていた。


「やだ、かわい~~!!」


 まさか、こんなにザラさんが喜ぶなんて。

 ほっぺたプニプニされているミルは、満更でもないような表情をしている。


『クエクエ』


 本日二度目の、アメリアからの「遅刻しますよ?」という注意をされてしまった。


「あ、そうだ。ザラさん、行きましょう」

「あら、そうね」


 アメリアにステラ、ミルにザラさんが加わり、私達は街中でさらに目立つことになった。


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