挑戦、長粒米料理!
帰宅後、さっそくパエージャに挑戦してみた。
まず、長粒米を軽く水で洗い、乾燥させる。
次に、魚介のスープ。貝類や甲殻類を鍋で煮込み、酒と塩胡椒で味を調えた。
鍋で細かく刻んだ野菜をオリヴィエ油で炒め、火が通ったら粉末蕃紅花と長粒米を投入。長粒米が透き通るまで炒める。
白米同様、モクモクと湯気が上がった。ちょっと癖はあるものの、ウッとなるほどではない。こう、なんと表現したらいいものか。穀物っぽいとか?
白米の匂いよりは、ぜんぜん平気だ。
その後、魚介スープをたっぷりと入れて、水を吸い出したらスープを追加。米に火が通る寸前に出汁を取った魚介を並べ、蒸し焼きにする。
十分前後で『魚介たっぷりパエージャ』の完成だ。
作り終わった頃には夕食の時間になっていた。
鍋ごと部屋に持ち込み、アルブムと二人でいただく。
『オイシソウダネ~』
「ええ、初めてにしては、なかなか上手くできたかなと」
長粒米は黄色く染まり、魚介を盛り付けると、彩も美しい。
皿にパエージャを装う。ふわりと、蕃紅花の香りが漂う。なんだか上品だ。
神様に祈りを捧げ、いただきます。
恐る恐る匙で米を掬い、食べてみる。
「お!」
『オオ~~!』
口の中いっぱいに広がる魚介の風味。米一粒一粒に、出汁がしっかり染み込んでいる。
モチモチしていて甘味のある白米とは違い、長粒米はパラパラしていて、食べ応えがある。
「魚介スープの旨味を余すことなく食べられる感じで、おいしいです!」
『アルブムチャンモ、好キ~~』
長粒米は安価で、魚介も、流通が盛んな王都ならば安い。製作費は安いので、どれだけ食べても罪悪感はない。
しかし、しかしだ。
このおいしいパエージャにはいくつか問題がある。
一つ目は、香辛料の蕃紅花が少々高価なこと。香りもおいしさの要素の一つなので、外せないだろう。代用品は残念ながら思いつかない。
二つ目は、遠征先で魚介の確保をしなければならないこと。
いくら妖精鞄ニクスの保存機能があっても、日持ちしない魚介類を買い置きしておくわけにはいかないのだ。
三つ目は、調理過程が微妙に面倒くさい。基本的に、一つの鍋でば~っと作れる物が好ましい。
「……ですので、これは家庭で作るのに適した料理ですね」
『エエ~~』
今度、ザラさんを呼んでパエージャパーティーをしよう。
遠征先では、別の料理を考えなければ。
「なにか、良い料理がないものか……」
長粒米はやはり、味付けしておいしい食材だろう。しかし、炊き方を間違えると、おいしくなくなる。
もしかして、パッパと作れる料理を主とする遠征には向かない食材だったのか?
「う~~む」
『パンケーキノ娘、コレデ、パンケーキ、作レナイノ?』
「あ!」
そうだ。粉末にして、何か作れるかもしれない。
早速、厨房に移動して、石臼を借りる。
屋敷の料理人がエヴァハルト夫人の夕食作りで忙しそうにしていたので、邪魔にならない場所で長粒米を挽いた。
挽いた長粒米をふるいにかけ、きめ細かな粉末にした。
アルブムの言う通り、パンケーキを作ってみる。
卵、牛乳、砂糖を混ぜて、バターを敷いた鍋で焼く。
こんがりと焼けたパンケーキは、見た目は小麦粉で作った物と変わらない。
『ワ~イ、パンケーキ!』
「よかったですね~」
五枚ほど完成する。お腹いっぱいだけど、味見をするために食べてみた。
「あ、小麦で作るより、モチモチしていますね」
『オイシ~~! サスガ、パンケーキノ娘!』
「大袈裟ですね」
外はカリ、中はしっとりしていてモチモチ食感。粉はサラサラしていて、ダマになりにくく、混ぜやすかったのは良かった。小麦粉より、調理は楽かもしれない。
「しかし、遠征先ではもっとちゃっちゃと作りたいんですよね」
こう、スープにぽんと入れて完成! みたいな。
『エエ、パンケーキ、ダメ?』
「パンケーキは家で作りますので」
なるべく、ボウルを使わないようにして、洗い物を少なくしたい。遠征先で水は貴重なのだ。
『米ヲ、スープデ煮ルノハ、ダメナノ?』
「ええ、長粒米は水分を吸わせすぎると、おいしさが失われてしまうようです」
『ソウナンダ~』
できるならば、簡単でおいしい物を食べたい。
『ダッタラ、アレハ?』
「なんですか?」
『乾燥シテイテ、細長イ、アレ』
「ん?」
あまり出てこないが、みんなの食いつきがいい食材だと言っていた。
はてさて。なんのことか。
『アノ、チュルチュルット、食ベルヤツ』
チュルチュルだと? そんな食材――あ、あった。
「もしかして、乾燥麺のことですか?」
『タブンソウ』
乾燥麺は月に一度やって来るらしい商人から買っている食材だ。保存期間は半年と、なかなか優秀。小麦粉とでんぷん粉で打った麺を乾燥させて作っていると言っていたような。
おいしいけれどちょっと高めなので、たくさん買えないのだ。
米粉で作れるだろうか?
試してみてもいいだろう。
エヴァハルト夫人の夕食の調理が終わったようなので、調理台を借りて作ってみる。
ボウルに米粉、でんぷん粉、塩、水を入れて、練り上げる。捏ねて、生地がまとまったら、丸めて一時間ほど休ませた。
生地を薄く伸ばして切った。茹でたあと冷水で冷やし、あとは乾燥させたらいいのか。
部屋に持ち帰ると、アメリアとステラが寄って来て、それはなんだと覗き込んできた。
『クエクエ?』
「あ、これ、外で乾燥させるんです」
『クエ~』
なんと、アメリアの光魔法で乾燥させてくれるらしい。さっそく、お願いしてみる。
敷物を敷いた床の上に、米粉麺を並べた鉄板を置いた。
アメリアは翼を広げ、『光よ!』と呪文を唱えた。すると、羽根の一本一本が光る。
「ウッ、眩しい」
『アルブムチャンモ、眩シイ』
『クウクウ』
ステラは平気のようで、アメリアとの間に入り、光除けになってくれた。
十分ほどで光は治まる。どうやら、乾燥が終了したようだ。
「アメリア、ありがとうございます」
『クエクエ』
「ステラも」
『クウ~』
アメリアの顎を撫で、ステラはお腹をわしゃわしゃしながら、お礼を言った。
乾燥させた米粉麺を確認してみる。
「しっかり乾燥されていますね」
これが、お湯で戻るかが問題だ。
暖炉に火を入れて、鍋を吊るした。水差しの中の水を入れて、沸騰させる。その中に、乾燥米粉麺を入れた。
グラグラと煮立つ湯を、見守る。数分後――。
湯切りした乾燥米粉麺は、しっかり元の状態に戻っていた。
「問題は味ですね」
もう一度台所へ戻り、先ほど作った魚介スープの中に米粉麺を入れた。
アルブムと二人で試食する。
食感はツルツル。スープが絡んでいて、おいしい。
「あ、いいですね。あっさりしていて、するする食べられます」
『アルブムチャン、コレ好キ~~』
アルブムよ。なんか、さっきと同じコメントのような気もするけれど……まあ、いいか。
小麦粉で作った物より食べ応えがあって、腹持ちも良いような気がする。
調理時間もパンより短いし、スープにポン! と入れるだけなので、簡単だろう。
「アルブムのおかげで、良い兵糧食ができました」
『ソウ? ヨカッタネ!』
ご褒美に、残りのパンケーキを進呈しよう。
そう言ったら、両手を挙げて喜んでいた。
◇◇◇
翌日、乾燥米粉麺を持って、出勤する。みんなに試食してもらわなければ。
今日はステラの登録と、第二部隊の食糧庫の整理とで忙しそうだけれど、頑張らなければ。
朝食は昨日のパエージャを食べ、元気に出勤!
アメリアに跨り、ステラを引き連れてエヴァハルト邸を出る。
颯爽と朝の森を抜け、ステラがいるので王都の門を通らなければならない。
王都に入るには、身分証や旅券が必要となる。騎士が外から来た人を、一人一人確認していた。ずらりと、長い列ができている。
一般の人とは違い、騎士隊の通路口があるので、検問の列に並ばなくても良い。
列の脇を歩いていたら、注目を浴びてしまう。今日はアメリアだけでなく、ステラも連れているからだろう。
「うわっ、なんだあれ?」
「幻獣よ」
「おか~さん、怖いよお」
「騎士様と契約しているから平気よ」
馬と同じくらいの大きさのアメリア。そのアメリアより、一回り大きなステラ。
二頭並んでいると、やはり迫力がある。
『クエクエ~』
『クウクウ』
実際のお二方は――「なんだか、羽根の艶がイマイチのような気がする」「わたくしには、とても美しい羽根に見えるのですが」と、女子力が高そうな会話をしていた。
ジロジロ見られるのが恥ずかしくなってきたので早足で歩いていたが、聞き覚えのある声に立ち止まる。
「うわっ、上級幻獣二頭と契約しているなんて、魔力大丈夫なの!?」
振り返った先にあった顔を見てぎょっとした。
見覚えがあり過ぎた。それは、相手も同じである。
「あれ、お姉ちゃん?」
「ミル、なんでここに!?」
列に並んでいたのは、私よりも頭一つ分小さなエルフ――ミル・リスリス。
末の妹である。