米を求めて……
白米がおいしかったので、ぜひとも遠征の兵糧食に採用したいと思った。
さっそく、ザラさんと市場に行くことに決めた。
「一回ブランシュを家に置いてからでいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
エヴァハルト伯爵家から、一頭立ての馬車を借りるらしい。
「いつもは伯爵邸の使用人と二人で乗って、帰りは持って帰ってもらっていたの」
「なるほど」
だったら、今日は私が同乗したら、帰りは伯爵邸まで操縦すればいい。
「頼めるかしら?」
「ええ、任せてください」
今すぐ出発したいところだけれど――騎士の制服から着替えたい。
「そうね。騎士の装いだったら、騒ぎが起きた時に駆けつけなければいけなくなるし」
「ですね」
そうなればちょっと面倒くさい。
「私、ここに仲の良い使用人がいるから、服を借りることができないか声をかけてくるわ」
「それがいいかもしれません。私も着替えます」
ザラさんが部屋から出て行ったあと、私は部屋のチェストを探る。
行先は市場なので、動きやすい恰好がいいだろう。
詰襟のワンピースの下に、ズボンを穿く。
『クエクエ、クエクエ?』
全身鏡の前でおかしなところがないか確認していたら、背後より気配なく佇んでいたアメリアより、無慈悲なお言葉を受ける。「ダサ……いや、色気、無さすぎじゃない?」と。
アメリア、今、ダサいって言いかけた。酷いじゃないか。
そんなことよりも、行先が行先なので、ご意見に対し言い訳を述べる。
「市場に行くのに色気は必要ありません」
私は鏡越しにアメリアへと訴えた。
『クエ、クエクエ?』
「ウッ!」
せっかくザラさんとのお出かけなのに、本当にそれでいいのかと訊かれた。
「き、綺麗なワンピースは、市場でもみくちゃにされますし、汚れたら嫌ですし」
『クエクエ、クエクエ』
「あ、そうですね」
結構前に買った麻のワンピースならば、皺になりにくい上に、紺色なので汚れも目立たないだろうという助言を受けた。
丈が長いので、下に穿いたズボンも見えないと思われる。
紺のワンピースは春になったら着ようと言ってそのまま忘れていた。
買った時に見せびらかしたので、アメリアはきちんと覚えていたようだ。
さっそく着替える。
『クエ、クエクエ』
「なるほど」
アメリア曰く、ワンピースに太めのベルトを巻いたら、オシャレになるのではと。
言われた通りにしたら、可愛くなった。
『クエクエ』
「ど、どうも」
髪型もいつもとは別にするように言われる。
なんていうか、アメリアの女子力すごい。
左右の髪をロープ編みにして、ピンで留めた。簡単だけど、可愛く見える髪型だ。
「アメリア、どうですか?」
鏡越しでなく、振り返ってから確認する。
『クエ~~!』
翼がバサリと広げられる。
問題ないらしい。合格をもらえてホッ。
『パンケーキノ娘、ドコカニ行クノ?』
「ちょっと市場まで」
『アルブムチャンモ、行ク!』
「別に、いいですけれど」
アルブムをニクスの中に入れようとしたら嫌がったので、仕方ないので肩を貸してあげた。日中は首に巻くと、ちょっと暑いのだ。
ニクスを肩にかけて部屋から出ようとしたら、またしても私に声をかける者が。
『クウクウ?』
「ウッ……!」
ステラだ。どこかに行くの? と聞いてくる。なんとなく、置いて行かれるのが分かっているからか、涙目であった。
「ごめんなさい。人の多い場所なので、ステラは連れて行けないのですよ」
「クウ」
人混みは苦手なのでいいですと、トボトボ下がっていく。
アメリアの隣で、丸くなってしょぼんとしていた。
「あの、何かおいしい物を買ってきますので」
そう言えば、二人共尻尾を軽く二回ほど振る。
食べ物には特につられない、アメリアとステラであった。
部屋の前で待っていると、ザラさんがやって来る。
緑の詰襟の上着に、黒のズボン姿であった。手には、縄に繋いだブランシュを連れている。
「まあ、メルちゃん。とっても可愛いわ」
「ありがとうございます」
鷹獅子コーディネートですと言ったら、驚かれる。
「アメリアって、すごいのね」
「ええ、本当に」
まさか、ファッションチェックから、コーディネートまでしてくれるなんて。なんという圧倒的な女子力。驚きの一言だ。
「老後は、アメリアと服の店を開いてもいいかもしれません」
「鷹獅子コーディネートが売りの?」
「そうです」
たぶん、幻獣保護局の人達が常連になってくれるだろう。
「私もそこで働きたいわ」
「ええ、一緒にお店を開きましょう」
「よろしくね」
「はい!」
そんな会話をしつつ、馬車に乗りこんで市場に向かった。
◇◇◇
お昼を過ぎた市場は閑散としていた。
「あれ、今日って特別少ないですね」
「ええ。たぶん、港での荷卸しの日だからだと思うの」
「なるほど」
商人達は港に行く日なので、いつもより店数や客は少ないと。
焼きたてパン屋の前を通り過ぎ、菓子の香りを我慢しつつ、本来の目的である米を売る店を目指した。
途中、アルブムはずっとソワソワしていて、最終的に私のワンピースに涎を垂らしたのは絶対に許さない。
飴を買ってあげたら満足したようで、大人しくなった。
「ここみたいね」
「ですね」
市場に一つだけある、唯一の米専門店。
「いらっしゃい。今日は白米が入荷しているよ」
ついさっき、入ってきたばかりだと言っていた。きっと、先ほど救助した商人が卸したものだろう。
「なんと、一袋金貨一枚だ」
「へ、へえ~」
全身鳥肌が立つ。
金貨一枚って、私の一ヶ月分の給料と変わらないではないか。
「この白米は、西にある村でのみ栽培されていて、年に一度しか入荷しない、稀少な米なんだよ」
私はそんな高価で貴重な白米を、一気に使い果たし、二杯もお代わりして食べてしまった。
想定以上の高級食材だったようだ。
「今日、私達は普通の米を買いに来たの」
ザラさんの言葉を聞いた商人は白米の売り込みを止めて、お手頃な値段の米を紹介してくれた。
「こちらは、長粒米という品種で、煮て食べるのに適した種類でね」
麻袋から出されたのは、細長い米。水で炊くのではなく、スープなどに生のまま入れて、煮て食べるようだ。
一袋銅貨五枚と、かなり安い。一部地域で、大量生産が行われているらしい。
「もう一種、こちらは中粒米。生産量はやや少なく、長粒米よりも高価なんだよ」
中粒米は長粒米と白米の中間くらいの大きさだ。
お値段を聞いたら、銀貨一枚とそこそこ高価。
「う~む。遠征部隊での予算から考えたら、長粒米一択ですね」
「そうね」
とりあえず、五袋ほど買ってみた。
会計後、ザラさんが店主に質問する。
「あの、前に食堂で米を食べた時、上にかかっていたソースと一緒に食べたらおいしかったんだけど、米単体では微妙で……」
ちなみに、長粒米だったらしい。
「もしかしたら、白米みたいに洗っているからかもしれないなあ」
この、長粒米は白米のように洗わなくてもいいらしい。さっと、すすぐ程度でいいんだとか。
「洗い過ぎると、香りや栄養素も落ちてしまう」
「調理を間違ったら、旨味もなくなってしまうのね」
「そうだろうなあ」
ちなみに、長粒米を炊く際には、穀物特有の甘い匂いがするようだ。よって、白米のように、苦手に思う人も少ないらしい。
「炊き方も白米とは違う。沸騰した湯に入れて煮込み、火か通る前に火から下ろし、湯切りする。その後、米を鍋に戻して弱火にかける。パチンパチンと音がするようになったら火を止めて、蒸らすんだ」
「へえ、また、ずいぶんと違うのですね」
「一番うまいのは、壺で炊くことだな。熱効率が良くて、ふっくら香ばしく仕上がる」
「壺!」
壺はスープ作りなどにも適しているらしい。味が染みわたり、おいしい物ができ上がるとか。
「長粒米はなんといっても、パエージャがうまい。ぜひとも試してくれ」
パエージャというのは、米と魚介類や肉を蕃紅花という香辛料と一緒に炊き上げる料理らしい。
さっそく、試してみたい。
帰りがけに魚介類と野菜を買って、夕食として試すことにした。
「パエージャ、私も挑戦してみたかったけれど……」
「もしも成功したら、遠征の時に一緒に作りましょう」
「ええ、そうね」
ここで、ザラさんと別れる。
アルブムは私の首元に巻き付いて、呑気に眠っている。
気付けば夕方になっていた。早く帰らなければ。アメリアとステラが私を待っているだろう。