やっと帰宅――できない
お昼には王都に戻って来ることができた。このまま半休で、また明日から仕事だ。
エヴァハルト伯爵家が王都の郊外にあるので、隊長は街の出入り口にある騎士隊の詰所の前で解散してくれた。
直帰をしたい人は、遠征部隊所属の従騎士に馬を預ける。彼らに任せておけば、騎士隊に連れて戻った上に馬の世話をしてくれるのだ。
ザラさんとウルガス、リーゼロッテは馬を預けていた。ベルリー副隊長と隊長は一度騎士舎に戻るようだ。
リーゼロッテは侯爵家からの迎えが待機していたので、ここで別れた。
ザラさんは背伸びをしながら言う。
「さて。エヴァハルト伯爵家にブランシュを迎えに行かなくちゃ」
帰り道はザラさんと一緒のようだ。とは言っても、馬車で十五分ほどの距離なので、歩くとなるとなかなか遠い。
『クエクエ、クエクエクエ』
「え、いいのですか?」
アメリアが二人乗りにしても大丈夫と言ってくれた。本当に、大丈夫なのか。
心配していたら、ステラがある提案をする。
『クウ、クウクウ!』
「え!?」
なんでも、ステラまでもが背中に乗っても良いと言ってくれた。
「だったら、ザラさんがアメリアに乗って、ステラに私が乗ってもいいですか?」
『クエ!』
『クウ!』
ザラさん抜きで決めてしまったけれど、良かったのか。お伺いを立てる。
「ということなのですが、大丈夫ですか?」
「ええ。というか、お言葉に甘えてもいいのかしら?」
「はい。大丈夫みたいですよ」
ちょっと前まで、男性陣にはお触り禁止と主張していたアメリアであったが、ここ最近は大人になったからか、いろいろ言わなくなった。きっと、思春期だったのだろう。
アメリアは伏せの姿勢を取って、ザラさんに騎乗を勧めていた。
一生懸命クエクエ話しかけているけれど、ザラさんには分からないからね。
「あの、アメリア、武器を鞍に積んでもいいかしら?」
『クエ!』
一言断ってから、戦斧を鞍に吊るしていた。
『クエクエ(どうぞ、アートさん)』
「あら、ありがとう」
『クエクエ?(乗り心地はどうですか?)』
「すごいフワフワ!」
『クエ~~(よかった)』
なんか、案外意思の疎通はできているかも。
私はステラに跨った。
「すごい、フワフワ!」
先ほど、ザラさんが言った言葉と同じ台詞を口にしてしまう。
ステラの毛皮は驚くほど柔らかくて、手触りはなめらか。うっとりしてしまう。
『クウクウ』
「あ、はい」
立ち上がると言われ、首にしがみ付く。鞍がないので、ちょっぴり不安定。
『クウクウ?』
「え、そんな」
耳を持っていいと言われ、困惑する。ちょっと可哀想な気が。
『クウクウクウ』
握っても問題ないらしい。
「で、では、お言葉に甘えて」
ステラの両耳をむぎゅっと掴む。耳もフワフワ~~。
さて帰ろうか。
ザラさんと視線を見合わせていると、地面から声が聞こえた。
『ア、アルブムチャンモ、連レテ行ッテ~~!』
帰りは誰に引っ付いていたのか。アルブムが私をじっと見上げていた。
手を伸ばしてやると、ぴょこんと飛んでくる。
「アルブム、帰りはどこにいたのですか?」
『弓ノ少年ノトコ』
「ああ、ウルガス……仲良しですね」
『ウン。弓ノ少年、オ菓子クレルノ』
餌で釣っていたのか、ウルガスよ。なんか、ちょっとだけアルブムが重たくなったような気がする。減量させなければ。
アルブムは首に巻いて、家路に就く。
『クエクエクエ!』
『クウックウ!』
お姉さんについて来なさい、はいわかりました、的な会話が繰り広げられている。
すっかり年長者としての貫禄が付いているようだ。
タタ、タタッと軽快にエヴァハルト伯爵邸に繋がる森を進んで行く。
前を走るアメリアに跨るザラさんは、初めての騎乗にしては乗りこなしているように見えた。私は慣れるまで時間がかかったけれど。
その辺は生まれながらの才能なのか。
ピクン! と、ステラの耳が動いた。
握っている中で動いたので、少しくすぐったくて笑いそうになったけれど。
『クウ!』
「え?」
人の悲鳴が聞こえたらしい。慌ててザラさんに報告する。
「人の悲鳴ですって!?」
「もしかして、魔物でしょうか?」
「いえ、王都の郊外は結界があるから、近寄れるわけ――いいえ、とにかく悲鳴の聞こえたほうまで向かいましょう」
「わかりました。ステラ、わかりますよね?」
『クウ!』
もちろんと。良い返事だ。
ステラは私を振り落とさないような速さで、森の中を駆けていく。
少し走った先は、崖になっていた。
悲鳴はこの辺で聞こえたようだが、人の気配はない。
木々が生い茂っており、アメリアは翼が引っかかってしまいそうなので、入って来られないようだ。ザラさんだけがこちらへとやって来る。
ステラに降りるように言われる。くんくんと地面の匂いを嗅いでいた。
崖の下を覗き込み、『クウン!』と鳴いた。
すると、崖下から「ぎゃ~~、でっかい犬が~~!」という悲鳴が聞こえた。
ザラさんが覗きに行くと言う。
「誰かいるの!?」
「あ、き、騎士様ですかい!!」
「ええ、そうよ」
「す、すみません、用を足していたら、崖下に転がっちまって」
「……」
「……」
魔物絡みではないようだ。ホッとした。
商人を名乗る男性は、幸い崖下に突き出していた岩棚に着地して、事なきを得たようだった。
商品を入れた鞄を背負った状態で用を足していたので、うっかり後方へと転がってしまったらしい。ちなみに、商品は無事とのこと。
ザラさんが商人に向かって縄を落とす。
「それを腰にしっかり巻いて、終わったら、引き上げてあげるから」
「はい、すんません、騎士様」
商人は自らの腰に縄をぐるぐる巻きにしていた。しっかりと結んで、準備はできたと声をかける。
「ねえ、荷物は無理よ」
「すんません! 中には、大事な商品が入っているんですよお! これを失くしたら、路頭に迷います!」
「だったら、荷物とあなたと、二回に分けて引き上げるから」
「無理なんです。服に、鞄を縫い付けてあって」
「なんてことなの?」
それほどに、大切な物なのか。
移動だけではなく、食事の時も、眠る時も、ずっと荷物と共にあったらしい。
一瞬たりとも、手放すことができない商品なんだとか。
「我が子と同じように、大切に育てた商品なんです。お願いします、どうか!!」
「……わかったわ」
まさか、荷物ごと引き上げるなんて。力持ちのザラさんでも、無理があるのでは?
「じゃあ、行くわよ」
「はい、お願いします」
ぐっ、ぐっと、ザラさんは商人を引き上げる。
本当に大丈夫なのか。
私は崖に近付くなと言われているので、見守る他ない。
「ステラ、商人さんの体型ってどんな感じでしたか?」
『クウ~』
小太りか。ますます、心配になる。
ここで、まさかのトラブルが。
「ああっ、騎士様、縄が!!」
やはり、成人男性と重たい荷物を一緒に持ち上げるのは無理があったようだ。
「ステラ!」
『クウ!』
私が命じたのと、ステラが動いたのは同時だった。
ザラさんが引いていた縄を銜え、一気に引き上げる。
「わあ!」
「くっ!」
縄が千切れる前に、商人は崖の上に戻って来る。
「はっ、はっ……」
「よ、よかったあ~~」
腰を抜かす商人と、肩で息をするザラさん。
私は近寄って、商人に声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、はい、大丈夫、です。すんません」
商人の背には、大きな背負い鞄があった。いったい、何を運んでいたのか。
続いて、ザラさんに声をかける。
「体とか、痛めていないですか?」
「ええ……平気よ」
よかった。胸をなでおろす。
そういえば、ステラは?
振り返ると、アメリアの背後に隠れるようにして、こちらを覗いていた。でっかい犬と言われたのを気にしているのか。
おそらく、商人を救助したのと同時に、後退して行ったのだろう。
「あの、騎士様、どうか、こちらをもらってください」
商人は私達に背中を向け、中から商品を取り出してほしいと言う。
背負い鞄の中に入っていたのは――。