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ふわふわパンケーキ

 早朝。途中で偶然出会ったザラさんと仲良く出勤をしていたら、見知らぬ騎士に絡まれる。


「よう、お前が第二部隊の衛生兵だな」


 声を掛けてきたのは二十歳前後の若い騎士。ザラさんよりも背が低い。小柄な青年だ。

 こちらの反応などいっさい気にも留めず、質問を私ではなくザラさんへと投げかける。


「おい、どうした? フォレ・エルフだと聞いていたから、お前がそうなんだろう?」


 騎士は引き続き、ザラさんに絡み続けていた。

 もしかして、フォレ・エルフ=絶世の美人=ザラさんという思考なのか。

 ほうほう、納得――すると思うか~~!!


 なんでザラさんの耳がとんがっていないことに気付かないのか。

 なんで隣に耳のとんがった私がいることに気付かないのか。


 ぐぬぬと、奥歯を噛みしめる。

 どうせ、フォレ・エルフにしては背が低くて、顔も地味で、魔力もなくて嫁のもらい手もないですよ!! って、自分の評価を思い出し空しくなってきた。悲しい。

 そんなことはどうでもいいとして。

 ザラさんはどうするのだろうか。ちらりと見上げる。目を細め、騎士を見おろしていた。

 誤解を解くのかと思いきや、思いがけないことを言い出した。


「私に何か用?」


 ザラさんの低い声にぎょっとする騎士。男装の麗人だと思っていたのだろう。女装姿を知っている私からすれば、騎士の制服姿は立派な男性に見えるけれど。

 でも、山賊な隊長と並んだら、華やかだし、華奢に見える。着やせする人なのだろう。

 まあ、戦闘中は大きな戦斧をぶんぶん振り回すお兄さんなんだけどね。


「フォレ・エルフは、男でもこんなに綺麗なのか……!?」


 それはどうだか。

 女の人は美人が多いけれど、男性は狩猟もするし、林業を生業にする人も多いから、がっしりした体型が目立つ。

 一方で、王都にやってくるフォレ・エルフは学者肌のひょろひょろな青年ばかりで、一族全員美人説が噂となって広がったのかもしれない。


 騎士の青年は目を見開き、ザラさんを上から下まで見ている。

 そうなる気分もわかるけれど。


 ザラさんは重ねて、なんの用事だと訊いていた。

 声が低くなっているので、微妙に怒っているのだろう。


「あ、よ、用事は、うちの隊長が、話をしたいって」

「話?」

「はい。なんか最近、新しい衛生兵が来てから、実績が伸びたって話題になっていて、よかったら、転属でもしないかって」

「お断りするわって、答えておいて」

「で、でも、うち、第十七遠征部隊で――」


 遠征部隊は全部で十七ある。

 部隊の数字が多いほうが、隊の規模は大きい。

 能力の高い騎士は主に、十七、十六、十五部隊に配属されるのだ。

 一方で、うちは第二遠征部隊。

 初めは少数精鋭かと思っていたけれど、お察し水準の粗末な装備しか与えられない、遠征部隊の左遷先とまで呼ばれている部隊だった。

 そんな感じなので、第十七部隊からの引き抜きは大出世だろう。

 けれど、転属するつもりなんて毛頭ない。

 ザラさんはちらりと私に確認するように視線を送る。

 隊を異動するなんてとんでもないと、首を横に振った。

 ザラさんはコクリと頷き、騎士の青年に向き直る。


「結構よ。帰って。話にならないわ。隊長にも伝えてちょうだい。今後一切、こういう交渉を直々にしてこないでって」

「は、はい、隊長に、そう伝えておきます。……えっと、その、すみません」

「いいの。わかってもらえれば」


 最後に、にっこりと威圧感のある笑顔を浮かべていた。

 なんていうか、あしらい方が慣れているな、という印象。

 騎士の青年はすたこらさっさと帰って行った。


 ザラさんは大きな溜息を吐いている。

 私のせいで、とんでもないことに巻き込んでしまった。


「あの、すみませ」


 謝ろうとしたらぎゅうっと抱きしめられた。力強すぎて、「ぐえっ」と声が漏れてしまう。


「あっ、やだ、メルちゃん、ごめんなさい」

「だ、大丈夫です」


 改めて、ザラさんに謝罪とお礼を言った。


「いいの、ぜんぜん。でも、私のメルちゃんを引き抜こうだなんて、絶対に許せない!!」

「あ、はい」


 なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がしたけれど、いちいち指摘したら負けだと思ってそのままにしておく。


 ザラさんはずっと怒っていた。

 朝礼で、隊長に報告してしまうくらいに。


 隊長は「ははは」と笑って終了と思ったけれど、カッと目を見開いて、山賊的な怖い表情を浮かべている。髭がなくても顔怖いんですね。

 いや、そうじゃなくって。


「引き抜きだと!?」


 そうなんですと答えれば、舌打ちをしていた。

 反応を示したのは隊長だけではない。


「なんてことだ。そんなの、絶対に許すわけにはいかない!」


 ベルリー副隊長は私の肩を掴んで、転属などさせないと言う。

 ウルガスとガルさんもコクコクと頷いていた。


「そういえば、前も女子寮から歩いて来ていたところを絡まれていたな」

「ちょっと前にも声掛けられたって言っていましたよね」

「え、やだ、メルちゃん、なんて声掛けられたの?」

「あ、いえ、お菓子をあげるから、食堂でちょっと話さないかって」

「なんてことなの!?」


 騎士が持っていたのは可愛い包み紙にくるまれた焼き菓子だった。王都のお菓子は大変魅力的だったけれど、知らない人について行ってはいけないと両親から注意されていたので、お断りをしたのだ。


「寮からの道のりをどうにかしなくては」


 隊長とベルリー副隊長が、何やらぶつぶつと話し合っている。


「だったらメルちゃん、うちで一緒に暮らしましょうよ。職場まで毎日一緒に行けるし!」

「え?」


 それはちょっと悪いような――と言おうとすれば、隊長がその案を採用してしまった。


「ええっ、そんな、急に言われましても」

「うちの隊としても、衛生兵が引き抜かれると困る」


 最終的な人事権は隊長にあるのではと指摘をすれば、そうではないというご回答が。


「人事部に言われたら、反対することもできない。それよりも大変なことは、お前自身が希望を出すことだ」

「いや、出しませんよ」

「わからないだろう」


 たとえば、好条件を提示されて、私がうっかり誘われた場で承諾するとか、そういうことを危惧しているらしい。


「私のこと、信用していないってことですか?」

「違う。ここの部隊の扱いが酷いから言っているのだ」


 他の隊の待遇を聞いてしまったら、誰だって心がぐらつくだろうとのこと。


「正直、引き止めるのはこちらの我儘かもしれない。リスリスのことを思えば、他部隊に行ったほうが負担も少ないだろう。しかし、俺達には、リスリスが必要なのだ」

「隊長……」


 村で、こんな風に認めてもらうことなんてなかったから、正直に言えばかなり嬉しい。

 改めて、私を受け入れてくれた、必要だと言ってくれた第二部隊で頑張りたいと思った。

 そのことをしっかりと伝えようと思っていたら――


「だから、ザラを虫除けに使う。出退勤に勧誘されたら困るから、一緒に住め」

「はい?」


 ザラさんは笑顔で任せて! と言っていた。

 いやいや待ってくださいよと止めても聞きやしない。


「うち、二階建てだから、二階部分の空いている部屋を使えばいいわ。私は絶対に上がって来ないから」


 なんと、朝食と夕食もザラさんが作ってくれるらしい。なんという好待遇なのか。


「あの、どうしてそこまでしてくれるんですか?」

「心配だから」


 けれど、男の人と二人きりで住むのはちょっとなあと思ったが、他に同居人もいるらしい。


「他に同居してる女の子もいるから、心配しないで」

「はあ……」


 まあ、他に女の子もいるのならば、大丈夫かな? 

 どうしてもと言うので、お世話になることになった。

 引っ越しはまた今度ということで。


 ◇◇◇


 午後からの休憩時間。朝、隊のみんなに迷惑をかけてしまったので、お詫びも兼ねてお菓子を作って配ることにした。

 食堂で材料を購入する。卵と小麦と三角牛のお乳にバター。

 作るのはパンケーキ。

 隊舎の簡易台所のかまどに火を入れる。

 まずは、卵黄と卵白をわけた。卵黄は小麦粉と溶かしバター、三角牛のお乳を混ぜ、卵白は砂糖を入れて泡立てる。

 卵白がふんわりとなったら、卵黄と小麦粉を攪拌させた物と合わせ、さっくりと木べらで混ぜ合わせる。


 熱したフライパンにバターを一匙落とし、匙で掬った生地を入れる。

 じゅわじゅわと焼ける音を聞き分け、頃合いを計ってひっくり返した。

 綺麗な焼き色が付いている。

 めいいっぱい卵白を泡立てたので、ふわふわの分厚いパンケーキが完成した。

 お皿の上に三枚重ねて盛り付ける。結構な量だけど、ふわふわの軽い食感なので問題ないだろう。

 甘い物好きなザラさん、ベルリー副隊長、ガルさん、ウルガスにはこの前作った森林檎メーラ砂糖煮メルメラーダを添える。

 甘い物が苦手な隊長には黒胡椒を振った目玉焼きを上に載せた。


 各々仕事をしていた皆を休憩室に呼ぶ。

 完成したパンケーキを見て、驚いていた。


「わあ、リスリス衛生兵、どうしたんですか?」

「いえ、朝からみなさんにご迷惑をかけたので」


 お詫びのパンケーキですと言ったら、目を見張るウルガス。


「メルちゃん、迷惑だなんて、ぜんぜん思ってないから」

「そうだ。仲間の心配なんて、迷惑に入らない」


 ザラさん、ベルリー副隊長……。

 隊長はぽんと背中を叩いてくれた。

 ガルさんも気にするなとばかりに、首を横に振っていた。


「みなさん、ありがとうございます」


 でもまあ、せっかくなので食べてほしいと思う。

 どうぞどうぞと勧めれば、皆、ちょうど小腹が空いた頃と言って、喜んでくれた。


 席につき、いただくことにする。

 パンケーキにナイフを入れたら、ふわっとした触感が。森林檎メーラ砂糖煮メルメラーダを上に載せて一口。


「う~~ん」


 我ながら美味い。

 生地のほのかな甘みと、森林檎メーラの甘酸っぱさが実によく合う。

 口の中でしゅわりと溶けてなくなる生地も良い。


「凄い、こんなふわふわなパンケーキ、食べたことがないわ!」


 実は、少しでも満腹感が味わえるようにと開発された物なのだ。弟妹が多いと、こういうことばかり思いつく。


 ウルガスは三段に重なったパンケーキを、嬉しそうに頬張り、感想を述べる。


「リスリス衛生兵、これ、自分が食べたパンケーキの中で一番美味いです!」


 その言葉に、ベルリー副隊長やガルさんも頷いてくれた。お口にも合ったようで何よりだ。

 ウルガスは隊長の卵の黄身絡めも美味しそうだと呟いていた。


「ちょっと絡めてみるか?」

「うわ、ありがとうございます!」


 ウルガスは喜んで生地に黄身を絡めて食べていた。これも、お口に合った模様。

 甘い物を食べたあとのしょっぱい物はたまらないよね。


 のんびりと過ごす、午後の話であった。

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