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契約

 幻獣、妖精、精霊との基本的な契約は、自らの血を以て持ちかけること。

 強制力がある上に、魔力を消費することはない。しかし、機会は一度きりで、たまに契約拒否されることがあるとか。

 二つ目の契約方法は名付け。相手に名を与えることにより契約を結ぶ。絶対的な強制力があるが、魔力を大量に使って相手を押さえつけるように契約をするので、大変危険なものとされている。

 三つ目は、幻獣、妖精、精霊が契約に応じてくれる状態での名付け。

 これは、魔力の消費なしに確実に契約が結ばれる。私とアメリアはこれだった。


 黒銀狼はどうするべきか。

 一応、契約に応じてくれるらしいけれど。


 黒銀狼の黒い瞳と目が合う。尻尾を振りながら、小首を傾げていた。


「侯爵様、この子との契約はどのような形態がいいですか?」

「念のために、血の契約のほうがいいかもしれん」

「ですよね」


 一級幻獣に振り分けてもいいくらいの上級幻獣だ。もしも、契約を失敗したら、魔力をごっそり奪われてしまう可能性もある。

 そういうことをするように見えないけれど、用心に越したことはない。

 私はナイフを取り出し、手袋を外して歯を食いしばると、手のひらをちょびっと切りつけた。傷口より、じわりと血が滲んでくる。


「えっと、メル・リスリスです。よろしかったら、契約してください」


 手を差し出しながら言う。

 なんか、求婚するみたいになったけれど、まあいいか。


 黒銀狼は立ち上がってそろそろと近付いて来る。クンクンと手のひらに鼻先を寄せ、ゆらゆらと尻尾を振った。


『クウ?』

「ど、どうぞ?」


 いいの? と訊かれた気がしたので、答えてみる。すると、黒銀狼は遠慮がちに、私の手のひらを舌先でペロっと舐めた。

 その刹那、パキンと音が鳴り、腹部に痛みが走った。これは、契約印が刻まれたのだろう。あとで確認をしなくては。


『クウ、クウ!』


 黒銀狼が話しかけて来る。こうべを垂れながら、「契約をしてくださり、ありがとうございます」と。

 この子、敬語なんだ。


『クウ、クウウ』

「あ、いえいえ、こちらこそ」


 ふつつかものですがと丁寧に挨拶され、私も会釈を返す。


「名前、決めなきゃですね~」


 ウルガスの言葉を聞いて、ハッとなる。そうだ、名前を考えなければ。


「リスリス衛生兵、どうするんですか?」

「そうですね~~……ポチ、とか?」

「却下」


 侯爵様に速攻で反対される。まあ、女の子だから、ポチは微妙かな。


「よし! 今回もガルさんに決めてもらいましょう!」


 アメリアの名付け親であるガルさんにお願いしてみることにした。


「ガルさん、あの子、なんて名前がいいと思いますか?」


 突然の話にもかかわらず、名前を考えてくれると快く了承してくれたガルさん。顎に手を当て、しばし考える仕草を見せている。

 ガルさんの腰ベルトに固定されたスラちゃんが、ドコドコと瓶の蓋を叩いていた。

 応援をしているのか……? 謎だ。


 しばらくすると、ガルさんの伏せられていた耳がピコン! と立った。尻尾もまっすぐに伸びている。

 何か思いついたようだ。


 ――ステラ。古代語で、星を意味する。


 彗星のごとく現れたので、ステラと。確かに、暗闇で見る黒銀狼の瞳は、夜空に瞬く星のようだ。


 侯爵様もうんうんと頷いていた。ポチはダメだけど、ステラは問題ないらしい。


「というわけで、あなたの名前はステラです」

『ク~~ウ!!』


 伏せの姿勢で、お尻だけ上げて尻尾をブンブンと振る。どうやら、ステラという名前がお気に召した模様。良かった、良かった。


「ガルさん、ありがとうございました」


 お安い御用だと言ってくれる。なんて良い人なのか……!


『クエクエ!』

『クウ、クウ』


 アメリアとステラが挨拶を交わしている。

 黒銀狼と鷹獅子が話しをする様子なんて、貴重なのではないか。

 侯爵様とリーゼロッテが、食い入るように見ていた。二人共顔が怖い。


『クウ~』

『クエクエ~~』


 ステラはアメリアのことを「お姉様」と呼んでいた。まさかの姉妹設定!

 呼ばれたアメリアは満更でもない模様。妹ができてよかったね。


 ステラは、妖精鞄のニクスにも挨拶に来てくれた。


『クウクウ』

『よろしくねん』


 ニクスは「ニクス様」だった。様付けとは……。


 最後に、ステラはいつの間にか私の肩にしがみ付いていたアルブムにも挨拶をする。


『クウクウ』

『ア、ドモ、アルブムチャンデス』


 まだ、ステラが恐ろしいのか、アルブムは及び腰で挨拶を交わしていた。

 そのうち仲良くなるだろう。


「あ、ちなみにアルブムは私と契約していませんので」

『パンケーキノ娘ェ……』


 なんだ、その、酷いことをみたいな言い方は。事実ではないか。

 ステラが怖いんだったら、私にしがみ付いていないで、侯爵様のもとへ助けを求めればいいのに。


『イヤ、アノ人ガ、一番コワイ……』


 気持ちは解らなくもないけれど、ね。

 ステラは伏せの姿勢を取り、神妙な面持ちで話し出す。


『クウクウ、クウクウ』


 黒銀狼は襲撃について丁寧に謝罪した上で、「みんなと仲良くしたいです」と言っていた。

 リーゼロッテの表情は歓喜に染まり、侯爵様も口元が嬉しそうに孤を描いている。

 リヒテンベルガー親子はステラと仲良くしたいらしい。微笑ましい光景であった。


 黒銀狼については無事に解決した。しかし、あと一匹、恋茄子の捕獲が終わっていない。

 侯爵様は契約者から預かった資料を読み上げる。


「恋茄子は人の膝丈くらいで、紫色の胴体に、緑の葉を生やしているらしい」

「紫か……」


 隊長が安定の山賊顔で呟く。

 この真っ暗闇の中では、発見しにくいだろう。


「まあしかし、捜すしかないだろうが」

「ですね」


 恋茄子が発見できたら帰れる。一晩で終わるとか、遠征最短記録を目指したい。なんて、無理だろうけれど。


 はあと溜息を吐いた瞬間、地面にペタリと顎を付けて座っていたステラが、突然顔を上げる。


「ステラ、どうかしましたか?」


 すっと立ち上がり、私の前に立つと、毛を逆立てていた。

 その少しあとで、ガルさんが叫ぶ。こちらに、魔物が向かって来ていると。


 まさかまさかの夜の戦闘である。

 侯爵様は杖を掲げ、周囲に漂っていた光球の光量を上げていた。アメリアも、羽根を光らせる。

 十分なくらいに、明るくなった。


 ガサガサと草が揺れ、飛び出してきたのは――紫色の茄子メリザナに似た生き物。


「あ、あれ、恋茄子だわ!」


 リーゼロッテが叫ぶのと同時に、すぐ近くにいたザラさんが魔導リングを投げた。

 見事、魔導リングは恋茄子を捕獲する。

 ベルリー副隊長の手によって、恋茄子は持ち上げられた。抵抗もせず、大人しくしている。


「リスリス衛生兵、恋茄子を頼む!」

「あ、はい!」


 ベルリー副隊長より受け取った。

 恋茄子はか細い声で鳴く。


『ナッスウ……』


 恋茄子は円らな目に、「3」の形の口をした、愛嬌のある幻獣だった。魔物に追いかけられていたのだろう。ブルブルと震えている。可哀想に。


「大丈夫ですよ」

『ナッス……』


 恋茄子の背中を優しく撫で、落ち着かせる。

 続いて、魔物がやって来た。


『グオオオオオオ!!』


 まさかまさかの、本日二体目の森大熊だった。

 しかも、一体目より一回り大きい。


『エエエ、ナンデエエエ』


 アルブムのその問いかけに答えられる者はいない。私は隊長の指示に従い、恋茄子を脇に挟んだ状態でアメリアに跨って後退する。


 隊長の大剣から放たれる一撃を爪で受け止め、弾き返す。続いて、ガルさんの突きを回避した。ガタイが大きいのに、案外素早く動き回れるようだ。

 ウルガスの放った矢は眉間に当たったものの、岩か何かに当たったかのように撥ね返す。続けてリーゼロッテは火の玉を放ったけれど、森大熊はバクン! と一口で食べた。ひええ……恐ろし過ぎる。あれも、魔石で強化された魔物に違いない。


『グオオオオ~~!!』


 森大熊の咆哮は耳をつんざくほどビリビリと響き、木々や地面を揺らす。


 一瞬の隙ができてしまったのか、森大熊は隊長に突進した。なんとか回避したようだが、陣形が崩れる。


『グオオオオ~~!!』


 もう一度、凄まじい大声で鳴く。

 今度は先ほどよりも威力が大きい。ぎゅっと目を閉じて、耳を押さえてしまった。

 それに加え、立っていられないほど地面が揺れる。アメリアは伏せの姿勢を取っていた。


「リスリス衛生兵!!」

「メルちゃん!!」


 ベルリー副隊長とザラさんの叫び声が聞こえた。

 目を開けたら――森大熊が眼前に迫っていた。


「――え!?」


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