モッチモチのキャロットパンケーキ
とりあえず、森大熊の焦げた爪を持ち帰ることにしたらしい。
ナイフのように鋭くて、これに隊長の腕が裂かれてしまったのだと考えると、ゾッとする。
森大熊の亡骸はリーゼロッテの魔法で焼いた。
灰となったそれを埋めようとしたら、ある発見をした。
「これは……」
「魔石だわ」
森大熊の体の中に、魔石があった。怪しく光るそれは、大量の魔力を帯びたものだった。
侯爵様が手の甲に魔法陣が刻まれた手袋を嵌めて、魔石を手に取る。
「なるほどな。これのせいで、森大熊は凶暴化し、魔法防御力も高まっていたと」
これほどの魔石がこの辺に落ちているのはおかしいことらしく、これは人工的に魔石を与えられた可能性があると言っていた。恐ろしい話だ。
「この件は、私が預かっておこう。上に報告はするな」
隊長は追及せずに、「了解した」と、短い返事を返していた。
その理由は、私にも分かる。
魔石といったら、魔法研究局が思い浮かび、魔物といったら、魔物研究局が思い浮かぶ。
もしも、どちらかの機関がこの件に関わっていたとしたら、報告しても揉み消されてしまう可能性があった。
侯爵様はきっと、どちらも信用していないのだろう。
「ああ、そうだ。リスリスとウルガスには伝えていなかったな」
隊長に手招きされて呼ばれる。
いったい何事かと思えば、幻獣に関してのお話だった。
「さっきの森大熊だが、腹部に爪痕のような傷を受けていた」
「そ、それは……」
「も、もしや……」
私とウルガスの震えた声による問いかけに対し、隊長は頷く。
「想像にある通り、黒銀狼の爪痕だ」
「ひえっ!」
「そ、そんな~!」
なんと、この獰猛な森大熊に対し、黒銀狼は一撃を食らわせていたらしい。
幻獣は大人しく、攻撃的ではないと言われているけれど、一部例外もあるようだ。
これより、侯爵様から黒銀狼に出遭った際の対策と注意事項を受ける。
「黒銀狼は、幻獣の中でも特別神経質で、縄張り意識が強い。また、獰猛でもある。過去に、人と契約した記録はなく、また、発見情報も一世紀に一度あるかないか」
本来ならば、人とは契約できない第一級に入れるべき幻獣ではあるが、どうせ遭遇することもないだろうからと、第二級に入れられているらしい。なんて適当な。
「その辺を決めたのは国であり、幻獣保護局は関係ない」
「で、ですよね~~」
考えていることが読まれたのか。だったら怖すぎる。
そんなことはさておいて、本題に移った。
「もしも、黒銀狼に出遭った時は、攻撃を与えず、声も出さず、目を合わせないようにしてゆっくりと後退し――逃げろ」
…………はい?
今、実にシンプルな対処法が聞こえたけれど、気のせいだろうか?
「おそらく、森の外までは追って来ないだろうから、それまで全力疾走するように」
やっぱり、逃げろとか、そういう単純な対策法のようだった。なんてこった。
私なんて、一番にパクリと食べられてしまいそうだ。
誘拐犯達は、いったいどうやって黒銀狼を捕まえたのか。侯爵様に聞いてみた。
「奴らの中に箱庭魔法を使う者がいたのだ」
箱庭魔法とは異空間を作り出し、その中に対象を捕えるという魔法らしい。
さすがの黒銀狼も、高位魔法の前ではなす術がなかったようだ。
話は以上。捜索を再開させる。
草木をかき分け、風を読み、森の雰囲気に気を付けながら先に進んでいく。
あと二匹、幻獣を捕まえなければならない。
火蜥蜴に、恋茄子。
どちらも、小型の幻獣らしい。
「火蜥蜴は陽当たりの良い場所を好む。逆に、恋茄子は湿気の多い場所を好むので、二手に分けて捜したいところではあるが――」
黒銀狼がいるかもしれない状態なので、二手に別れて捜索するのは危険だと侯爵様は判断したらしい。
森大熊の戦闘から三時間。陽当たりの良い場所と湿気の多い場所を行ったり来たりしたが、幻獣は見つからない。
そうこうしているうちに、陽が落ちていく。
夜になったら、魔物が活発になる。そうなれば、幻獣が襲われる可能性がぐっと高くなるのだ。
人に慣れた幻獣は魔物に対する警戒心が薄いので、大変危険な状態になる。
しかし、焦っても仕方がない。本格的な夜になる前に、隊長は一回休憩を入れることにしたようだ。
みんな、真剣な面持ちで武器や防具の手入れをしている。魔物と出遭った時のために備えているのだろう。
侯爵様は腕を組み、目を閉じて瞑想(?)していた。
私は張り切って、夕食の準備に取りかかる。
腕まくりをしていたら、アルブムが何かを持って来た。
『パンケーキノ娘~、森人参発見シタヨ~』
「わっ、すごい! ありがとうございます!」
なんと、その辺に生えていたらしい。まったく気付かなかった。
アルブムの頭を撫でたあと、森人参を受け取る。
森人参とは森に自生する根菜類で、市場で売っている人参よりも太く、長いのが特徴。
アルブムの体長よりも長い物を、三本も掘ってくれたようだ。
「さて、夕食はなんにしましょうかね~」
『パンケーキ!!』
アルブムは両手を挙げて提案する。
君、パンケーキ本当に好きなんだね。
そういえば、今度作ってあげると言って、忙しくて作っていなかった。
「わかりました。パンケーキにしましょう」
『ワ~イ!』
というわけで、夕食はパンケーキに決まった。
森人参は皮を剥いて輪切りにしたあと、茹でる。
その間、ボウルに小麦粉、粉末凍み芋、砂糖を入れて、牛乳、卵を追加で投入。よく混ぜる。
保冷効果のある妖精鞄となったニクスのおかげで、要冷蔵な食材も持ち歩けるようになった。おかげで、こうして遠征先でパンケーキが作れる。
ここで、鍋の様子を見ているアルブムより報告が入った。
『森人参、煮エタヨ~』
「了解です」
茹でた森人参は湯切りして潰す。それをパンケーキの生地に混ぜ合わせると、鮮やかな橙色に染まった。
熱した鍋にバターを敷き、生地を焼いていく。
ふんわりと、甘い空気が漂う。同時に、お腹がぐうっと鳴った。
森人参を生地に入れたパンケーキは、綺麗な色で焼き上がっていた。
アルブムはキラキラした目で、パンケーキが焼ける様子を眺めていた。
あんまり近づくと、君も焼けてしまうからね?
「アルブム、先に食べていてもいいですよ?」
現在、生地は五枚ほど焼き上がった。ほかほかと、湯気が上がっている。
アルブムは私の提案に、首を横に振った。
『イイ。ミンナデ食ベタホウガ、オイシイカラ』
「そうですか」
その返事を聞いてアルブムも変わったなと、しみじみとしてしまった。人が持つ食料を狙っていた悪戯妖精とは思えない。
手のひら大の大きさのパンケーキを、一人二枚焼いた。お好みで、蜂蜜をかけたり、果物の砂糖煮込みをかけたりしてほしい。
付け合わせはチーズに、炒り卵、厚切りベーコン。
甘い物としょっぱいものの組み合わせは至高なのだ。
焚火を囲み、夕食の時間となる。
みんなに、森人参のパンケーキと付け合わせの載った皿を配った。
飲み物は滋養強壮効果のあるちょっぴり苦い薬草茶にした。これを飲んで、疲労回復してほしい。
「わ~、おいしそうですね~」
アルブムだけでなく、ウルガスもパンケーキを喜んでいた。
隊長やガルさんはパンケーキだけでは足りないだろうから、パンを食べてお腹を膨らませてほしい。
神に祈りを捧げ、いただきます。
まず、荷物を運んでくれたニクスに、パンケーキを与えた。
嬉しそうにモグモグと食べてくれる。
『ありがとねん』
「いえいえ~」
ご満足いただけたようで、何より。
私は森人参のパンケーキに、蜂蜜をたっぷりとかけた。
侯爵様も、私に負けず劣らずの量の蜂蜜をかけていた。それを見たリーゼロッテが「え、そんなにかけるの!?」と信じられないような視線を送っていたことは、見なかったことにする。
侯爵家の親子を気にしている場合ではない。限りある休憩時間だ。食事に集中しなければ。
ナイフでパンケーキを一口大に切り、パクリ!
粉末の凍み芋を入れたからか、生地はモッチモチ!
森人参はほんのり甘く、パンケーキの生地によく馴染んでいた。
隊長はパンケーキにチーズと炒り卵、燻製肉を挟んで食べていた。あれもおいしそうだ。
アルブムは尻尾をブンブンと振りながら、千切ったパンケーキを両手で持って頬張っている。
大満足の夕食だった。が――。
『クルルルルルル!!』
突如、聞こえて来た唸り声。
こ、これは、まさか!?
『エノク第二部隊の遠征ごはん』、GCノベルズにて8月30日に発売が決定しました。
イラストレーターは赤井てら先生です!
上のイラストは表紙になります。
山賊な隊長
美人なベルリー副隊長
モッフモフなガル
おでこ全開で可愛いウルガス
美人でイケメンなザラなど
他のメンバーも素敵に描いていただきましたので、どうぞご期待ください(∩´∀`)∩
また発売日が近くなりましたら、お知らせいたします。