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エノク第二部隊の遠征ごはん  作者: 江本マシメサ


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王都名物、白葱煎餅

 昨日、買い出しで大量の森林檎メーラを手に入れた。今が旬で、甘酸っぱくて美味しいのだ。

 三分の二は砂糖で煮込んで果物の砂糖煮メルメラーダにした。

 他に、森林檎メーラ飴絡めキャラメリゼに、薄く切って焼いた森林檎メーラチップス、お酒と蜂蜜で煮込んだ森林檎メーラの煮物などを作る。

 完成した物は、煮沸消毒させた瓶に詰めて保存庫で保管。

 剥いた皮も捨てないで利用する。お酒を作るのだ。

 まず、瓶に水と森林檎メーラの皮、砂糖、柑橘汁を入れ、酵母を投入。

 あとはしばらく放置。二週間ほどでお酒が完成する。

 森林檎メーラ酒は遠征中、料理と隊長の夜のお供にしてもらう。

 十本くらい作れたので、完成が楽しみだ。


 午後からは森林檎メーラ飴絡めキャラメリゼ果物の砂糖煮メルメラーダを使って焼き菓子を作った。全部で十本。これは三ヶ月くらい保つ優秀な保存食なのだ。


 気が付けば、甘い物を大量生産してしまった。

 保存庫の中は甘い香りで包まれている。

 隊長は思いっきり顔を顰めながら言った。


「これ、干し肉に匂いが移るんじゃねえの?」

「そ、それは……!」


 つい、遠征先で甘い物がほしくなってしまうので、調子に乗って作ってしまった。

 反省しなくてはならない。

 どうしようか考えていると、背後で話を聞いていたザラさんが素敵な提案をしてくれる。


「執務室にある、クロウの酒貯蔵庫に入れたらどう?」

「は!? お前、なんで知っているんだ」

「絨毯に捲れた跡があったから」

「……」


 勤務中に飲んでいたわけではないと主張する隊長。

 しかし、若いのにどうしてこんなにお酒が好きなのか。


「そうよねえ、おじさん臭いわよねえ」

「ですです!」


 最近髭を剃って脱山賊をした隊長だけど、中身が山賊では意味がない。

 しっかりと騎士らしいふるまいと、騎士らしい環境の中で職務についてほしいと思った。


「でも、執務室にお酒があるって、監査部にバレたら、クロウ、あなたまた、悪い噂が広がるわよ」

「……」


 というわけで(?)、隊長のお酒は一部保管庫に移動し、残りは家に持って帰ってもらうことにした。

 平和的解決である。


 終業後、ザラさんに屋台街に行って食べ歩きをしようと誘われた。

 ウルガスとガルさんも一緒。ベルリー副隊長は婚約者とお食事らしい。


「そっか、ベルリー副隊長、婚約者がいたんだ」


 なんだろう、この切ない感じ。

 仲が良かった親戚のお姉ちゃんが、結婚してしまう時に感じた気持ちに似ている。

 私の他に、切ない表情を浮かべる若者が。ウルガス青年である。


「ベルリー副隊長、マジですか」

「ウルガスは今知ったんですね」

「はい……」


 若干涙目の私達を、背後からザラさんが抱きしめてくれる。


「二人共、落ち込まないで! 今日は美味しい物を、私が奢ってあげるから!」

「マジですか!」

「やった!」


 落ち込みモードから奇跡の復活を果たすウルガスと私。

 ガルさんはゆったりと尻尾を振りながら、しようもないやりとりを眺めていた。


 ◇◇◇


 王都には夜にのみ営業する屋台街がある。

 仕事帰りの人達でごった返すとか。

 勤務時間以外に騎士隊の制服姿でうろつくのは微妙なので、私服にて集合する。

 髪型は三つ編みを解いて、高い位置で一つに結んだ。

 服装はこの前ベルリー副隊長にもらったシャツの襟にリボンを結んで、下は自分で作った紺の長いスカートを穿いた。

 全身鏡で姿を確認する。


 ――うん、垢抜けない。


 おのぼりさんっぽさはなかなか抜けないだろう。これ以上、オシャレすることなど即座に諦める。

 肌寒いかもしれないので、騎士隊の外套を纏う。

 集合時間になりそうだったので、部屋を飛び出した。もちろん、お財布が入った肩掛け鞄も忘れない。


 騎士隊の門の前には、目立つ三人組がいた。

 長身の狼獣人、ガルさん。黒革のジャケットが渋い。

 ガルさんよりもわんこ感があるウルガス青年は、紺の詰襟の上着に、黒いズボン姿。ウルガスのくせに、なかなかオシャレだった。

 最後にザラさん。本日は完璧な女装。髪は三つ編みにして後頭部で纏め、裾の長いワンピースとモコモコの外套を纏っている。言うまでもなく美人でオシャレだ。


 一方で、この私のダサさ。

 仕方がない。まだ給料をもらっていないので、服を買う余裕すらないのだ。

 ひょこっと出ていけば、即座にザラさんに見つかってしまった。


「メルちゃん、よかった。どこかでナンパされているのかと思った」

「ははは」


 そんなことありえない。適当に笑って誤魔化す。

 ザラさんは心配してくれるだけでなく、髪型も可愛いと褒めてくれた。


「寒くない?」

「いえ、大丈夫です」

「寒くなったら言ってね。抱きしめてあっためてあげるから」

「いえ、大丈夫です」


 こんな話をしながら、屋台街へと移動する。

 閑散としていた道をまっすぐに進み、中央街を通過。だんだんと人の通りが多くなる。

 角灯の橙色の光に包まれた通りが、王都夜の名物屋台街。


「うわあ、綺麗ですね」

「でしょう?」


 逸れてはいけないと、ザラさんが手を繋いでくれた。見た目は完璧な美女なのに、手はごつごつしていて理解が追い付かない。ちょっとというか、かなり照れてしまった。


 そんなことはさておいて、屋台街から良い匂いが漂っている。

 揚げパンに肉饅頭、焼き芋、三角牛の串焼きに、白葱煎餅、香草肉、肉餅、甘辛芋、などなど。屋台の看板の文字を追っているだけで美味しそう。

 皆、歩きながら買った物を食べている。村でははしたないと言われるけれど、屋台街ではそれが当たり前のようだ。


「凄い……凄い……」


 もうなんか、圧倒されて語彙力が死んでしまった。屋台を眺めながら、「凄い」としか言えなくなっている。


「メルちゃん、何を食べたい?」

「オススメとかありますか?」

「う~ん、一番は白葱煎餅かしら?」

「初めて聞きます」


 白葱煎餅とは、薄く伸ばした生地に、千切りにした白葱にひき肉タレを絡め、くるくると巻いた物らしい。


「へえ、美味しそうですね」


 ウルガスとガルさん(狼獣人だけど、葱は平気らしい)も同じ物を注文することにした。

 頼んでから作るらしく、私達は鉄板の上を眺める。

 まずは生地を落とし、匙の裏で薄く伸ばしていく。その上に卵を落とし、潰して混ぜる。空いているスペースに白葱を炒め、軽く火が通ったら、ひき肉タレを絡めて焼く。

 最後に、焼いていた生地の上に白葱を載せ、くるくると巻いたら完成。あっという間に完成した。

 鉄板は四枚あって、四人の店員さんが手早く作ってくれた。

 紙に包まれた白葱煎餅を受け取る。支払はザラさんがまとめてしてくれた。


「あ、お代」

「いいの、いいの。今日は全部、私の奢り」

「あ、ありがとうございます」


 立ち止まったら邪魔になるので、歩きながら食べる。

 心の中で神様へお祈りをして、白葱煎餅に齧り付いた。


「――わ、おいし!」


 生地は外はカリッ、中はもっちり。白葱がシャキシャキで、食感も良い。ひき肉は粗挽きなので、満足感がある。ピリ辛なタレが生地と白葱に合う。

 とても美味しい。ザラさんがオススメするだけあると思った。


 次は肉饅頭。ザラさんと半分こ。


「うわ、肉汁が、凄い」


 生地はふかふか。二つに割ったら肉汁が溢れ、手先にまで滴ってきた。ふわふわ漂う湯気も凄い。蒸したてあつあつなのだろう。

 お肉が肉汁を含んできらきらと輝いている。なんという事態なのか。

 口を大きく開いて、噛り付く。

 当然ながら、美味しい。もっと食べたくなる。魔性の食べ物だと思った。


 手巾で手を拭いていたら、ザラさんが何かに気付く。


「あら」

「どうかしました?」

「ウルガスとガルさんとはぐれてしまったわ」

「あ、本当ですね」


 最後に見た二人は、真面目な顔で肉饅頭をいくつ食べるか相談している姿だった。


「困りましたね」

「こんなこともあるだろうと、逸れたらその場で解散って言っておいたの」

「そうだったんですね」


 だったら、私達もここで解散か、と思いきや。


「さて、食後の甘味に移りましょうか」

「おお!」


 まさかの甘味付き! お隣には甘い物が売っている屋台があるらしい。

 砂糖がまぶされた揚げパンと、果物飴の串を買って食べた。

 甘い物は別腹。最後にクリームの入ったパンを買ってくれた。これがまた美味しかったんだ。


 お腹いっぱいになったところで帰宅。

 ウルガスとガルさんには、騎士隊の門の前で再会できた。


 門限まで残り数分だったので、慌てて解散。

 とても楽しかった。

 今度はベルリー副隊長や隊長も誘ってみようと思う。


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