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兵糧:ドライアップル

 ガルさんと共に騎士舎へと戻って来る。

 いつもは、ウルガスと両手に荷物を抱えてヒイヒイ言いながらなのに、妖精鞄ニクスのおかげで楽々だ。お礼を言って撫でると、ぐにゃぐにゃと動いて喜んで(?)いた。

 ニクスの妙な動きを見たガルさんは、再度毛をぶわりと膨らませていた。

 スラちゃんは興味津々のようで、瓶の蓋をドコドコと叩いている。

 あとで遊ばせてあげるからね。


 執務室に行き、戻って来たことをベルリー副隊長に報告する。


「問題は何もありません」

「わかった。ご苦労だったな」


 ベルリー副隊長は書類を捲っていた手を止めて、微笑みながら返事をしてくれた。

 一方、リーゼロッテは死んだ目で書類の計算をしている。使っているのは算盤アバクスという、高次方程式を解くための補助道具である。細長い箱に、玉の魔石がいくつも連なっていて、指先で弾いて使う。

 リーゼロッテは目にも止まらぬ速さで算盤の玉を上に、下にと動かしていた。

 視線を奪われていると、ベルリー副隊長が話しかけてくる。


「彼女は優秀な助手だ」

「な、なるほど」


 無理はしないでほしい。

 と、ここで部屋の隅から叫び声が聞こえた。


『終ワッタ~!』


 この声は、アルブムである。

 どうやら、隊長に頼まれていた、不要書類破りを真面目に頑張っていたようだ。

 革袋いっぱいの千切った紙を、私に見せにくる。


「アルブム、頑張りましたね」


 頭を撫でてやると、『エヘヘ~』と喜んでいた。

 ふと、手がインクで真っ黒なことに気付き、手巾で拭いてやる。お腹もちょっと黒くなっていた。いったい、どんな破り方をしていたのやら。

 毛皮に付いたインクはとれなかった。あとで丸洗いしなければ。

 ここで、ベルリー副隊長より、次なる指示が命じられた。


「リスリス衛生兵は兵糧作りを頼む。ガルはザラと訓練。私も書類作りが終わり次第合流する。ウルガスはそのまま幻獣の傍にいるように」

「了解しました」


 隊長は午後から戻って来るらしい。

 アルブムはじっと、ベルリー副隊長の顔を見上げていた。指示待ちをしているようだ。

 ベルリー副隊長もそれに気付き、ちょっと笑いそうになりながらも、キッと顔を引き締めて命じていた。


「アルブムは、リスリス衛生兵の手伝いをしてほしい。その器用な手先を、存分に発揮してくれ」

『ウン、ワカッタ!』


 ピシッと敬礼しながら元気よく返事をしていた。

 スラちゃんも、私が預かることになる。


 アルブム、スラちゃんと共に、新しくなった台所を目指した。


「――わあっ!」

『スゴ~イ』


 私の住んでいた寮よりも広い。

 白い調理台に、白い棚、白い床に、白いかまど。全部白で統一されている。

 よくよく見たら、至る所に呪文が刻まれていた。


「アルブム、これ、なんの呪文かわかりますか?」

『ウ~ントネエ……抗菌、防火、防臭……、安全カツ、綺麗ニスルタメノ、呪文ミタイ』

「なるほど」


 呪文が刻まれているということは、これらは魔道具なのだろう。

 かまどは呪文を刻んだ火の魔石を入れるのではなく、高位結晶の魔力石で動くようだ。

 他にも、大小さまざまな鍋やボウルなどの基本的な調理器具に加え、石臼や骨抜き、礫石器、蒸し器など珍しい物まで揃えてくれている。

 侯爵様はとんでもなく豪華な台所を用意してくれたようだ。ありがたすぎる。


 見とれている場合ではない。さっそく、調理を開始する。

 まずニクスの中から取り出すのは、傷有りの森林檎。


「ニクス、森林檎を出してください」

『了解したよん』


 鞄の口から、ゴロゴロと森林檎が出てきた。

 今まで砂糖煮込みメルメラーダばかり作ってきたけれど、今回は別の物を作ってみようと思う。


『パンケーキノ娘ェ、コレ、ドウスルノ?』

「乾燥森林檎にするんです」


 森林檎は豊富な栄養素が含まれているが、乾燥させることによって生で食べるよりも高い栄養素を吸収できるのだ。

 これならば、甘い物が苦手な隊長も食べられるに違いない。

 そのままパリポリ食べるのもいいけれど、お湯に蜂蜜と乾燥森林檎を入れたものもおいしいだろう。


『何日クライ、乾燥サセルノ?』

「乾燥森林檎と言いましたが、焼いて水分を飛ばすのです」

『ヘエ、ソウナンダ』


 太陽の下で乾燥させると、天候にもよるけれど、結構な日数がかかる。

 しかし、鉄板の上で焼いたらすぐに完成させることが可能だ。

 さっそく、かまどの魔道具を利用させていただく。


「では、作りますか!」

『は~い』


 まず、ナイフで森林檎の芯をくり抜く。なかなか力がいる作業だ。

 アルブムも一個目は苦労していたようだが、三個目くらいからはコツを掴んだようで、器用に芯をくり抜いていた。

 その作業はアルブムに任せる。

 スラちゃんは瓶の中から応援してくれた。可愛いなあ。

 応援に応えつつ、私は芯をくり抜いた森林檎を皮ごと切り分けた。このままでは変色してしまうので、塩を溶かした水にさらしておく。これをすることによって、仕上げの色も綺麗になるのだ。


 あとは、鉄板に並べて焼くだけ。

 魔石かまどは初めてなので、ドキドキだ。鉄板を中に入れて、かまどの表面に刻まれている呪文をさする。

 すると、ボッと点火した。小さな丸と中くらいの丸、大きな丸があり、それを押しながら、火の量を調節するらしい。

 薪の準備が不要なので、かなり便利だ。手入れも簡単だろう。


 続いて、パン生地を用意する。

 計量し、捏ねて、発酵させた。

 そうこうしているうちに、森林檎が焼けたようだ。甘い匂いが部屋いっぱいに広がっている。

 森林檎は良い感じにカラカラな状態になっていた。

 私は一枚手に取って、ふうふう冷ますと、アルブムと半分こにして味見してみる。


「熱っ……あ、おいし」

『ウン、オイシ~ネ!』


 乾燥森林檎は大成功だった。


 ここで、昼食の時間となる。

 執務室にいるリーゼロッテとウルガスを誘って、食堂に行く。もちろん、アメリアやブランシュ、スラちゃんも一緒だ。

 訓練をしているザラさん、ガルさん、ベルリー副隊長は、たぶんお風呂に入ってから来るだろう。


 リーゼロッテはいまだ、元気がなかった。

 ブランシュやアメリアは、心配して、両脇に付き添っていた。


「あなた達、優しいのね」

『クエエ』

『にゃ!』


 知らない人について行ったらダメだと、言い聞かせていた。


「……メルも、気を付けてね」

「わ、私は大丈夫ですよ!」

「なんか、心配で」


 リーゼロッテの隣にいるアメリアが頷きながら、「すごくわかる」としみじみと同調していた。

 いやいや、私の心配はいりませんので。


 食堂はすごい人だ。ほとんどが男性なので、リーゼロッテといると注目を浴びる。


「うう……」


 なぜか、一緒にいたウルガスがうめき声をあげた。


「ウルガス、どうしたのですか?」

「いや、羨ましいって視線を一気に浴びるんです」

「ああ」


 リーゼロッテは美人だから、一緒に食事ができるウルガスが妬ましいのだろう。

 たしかに、よくよく見てみると、鋭い視線が向けられていた。

 気の毒だけど、耐えてほしい。


 端っこの席を確保する。

 騎士がみっちりいる空間なので、大丈夫だと思うけれど、ウルガスがアメリアとブランシュを見守ってくれるようだ。


「どうぞ、先に食事を取りに行ってください」

「ありがとうございます」


 やはり、ウルガスは良い子だ。

 頭をガシガシ撫でてやったら想定外の行為だったようで、飲んでいた水をぶはっと噴き出していた。


「あ、うわ、ブランシュさんに、かかっ……すみません!」

『にゃ~~』


 ウルガスが噴き出した水は、ブランシュにかかってしまう。

 慌てて拭った。水に濡れたブランシュが嬉しそうにしていたことは不幸中の幸いか。


「っていうか、山猫って水は平気なんですね」

「ええ、そうよ。夏の間は、湖とかで泳ぐみたい」


 リーゼロッテの説明を聞きながら、私とウルガスは揃って「へえ~」と呟いた。

 この中央食堂は数ある騎士隊食堂の中でも一番大きな規模で、昼食時は忙しない雰囲気になる。

 なんと、騎士隊の登録幻獣と妖精であるアメリアとアルブムの食事までも用意されているのだ。ブランシュは一日二食らしいけれど、どうするのか。一応、果物を多めにもらっておく。

 大きなトレイに、アルブムの分と自分の食事、アメリアとブランシュの果物まで載せたら、結構な重量になった。持ち上げたら、ふらついてしまう。


 ここで、予期せぬ事態となった。

 背後からドン! と押されてしまう。


「ぎゃっ!」

「あ、すみません」


 謝罪の言葉はすぐに聞こえてきたが、私はそれどころではない。フラフラの状態だったので、転倒しそうになった――が、トレイを支えてくれる人がいて、なんとかふんばることに成功した。


 いったい、誰が助けてくれたのか。顔を上げると、強面のお兄さんの顔が。


「わっ、山賊だ!」

「誰が山賊だ!」


 隊長だと叫んだつもりだったのに、口から出てきた言葉は山賊だった。


「す、すみません」

「気をつけろ」

「はい、山賊じゃなくて、隊長と呼びます」

「そっちじゃねえ。いや、そっちもだが、持ちきれない量を持って移動するなってことだ」

「あ、そうでした」


 隊長は私の食事が載ったとトレイを、席まで運んでくれた。

 顔は山賊だけど、意外と優しい。


 リーゼロッテは依然として注目を浴びていたけれど、隊長がジロっと睨んだら、視線を感じなくなった。


 つくづく、頼りになる人だと思う。


 おいしい昼食を食べて、第二部隊の騎士舎に戻ることになった。


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